第7話 現存する幻想種


 ハーちゃんいわく、『向こう側』の召喚獣達は太古に滅びた幻想なのだと言う。私達の世界で言う恐竜みたいなものだろう。そして、だ。そんな幻想に『生き残り』がいるのだとか。今日来るお客さんはそんな人(?)なのだとか。店を貸し切ってまで来る幻想とはいったいなんだろうか。からんころんとドアベルが鳴り、きぃとドアが開く音が響く。


「いらっしゃいませ、喫茶ハルモニアへようこそ!」

「わかっているわよ人間。今日、貸切ったのは私なのだから」


 ぺちこん、と。私の頭がはたかれる。ハーちゃんだった。


「すいません、ガンマさん、こいつ、メルは新人で……」

「ふん、ま、いいけどね。さ、いつもの」

「かしこまりました。注文入りましたー!」


 その一言だけでマスターには伝わったようで『かしこまりましたー』と厨房から声が飛ぶ。


「はぁ、やっと羽根を伸ばせる」


 ガンマさんからバサァと翼が生え、尻尾が生える。……ってええ!? 角も生えている!?


「なにあれなにあれ!?」

「ガンマさんはね、ドラゴンなの」

「ドラゴンなの!? めっちゃ人型!?」

「ふふっ、矮小な人間には分からないでしょうねぇ」


 ガンマさんは自慢げだ。私は彼女を見やり、質問を飛ばす。


「ガンマさんって何してる人なんです? というかなんなんです?」

「職業はアイドル」

「アイドル!?」

「存在の定義といえば『生ける四式魔術』に分類されるわ」

「魔術が、生ける?」

「ええ、魔導書なんかいい例かしら」


 私は話についていけず、小首を傾げる。ハーちゃんが助け船を出してくれる。


「四式魔術で身体を構成しているの、その完成度は人類史上類を見ないわ」

「ほえー、アイドルっていうのは?」

「老いる事も、朽ちる事も無い。完璧な偶像、アイドルユニット『デルタトライアングル』のリーダー」

「あんたもテレビで見たでしょ」

「あー!!」


 ファーストシングル『竜の流儀プライド』名曲だった……! ファーストシングルはチャート一位を掻っ攫い、華のデビューを飾った。

 その正体がまさか竜だったなんて。驚きだ。


「店を貸し切りにしたのは……」

「余計な混乱を避けるため」

「なるほど……! プロ意識!」

「フッ、褒めても何もでないわ、サインいる?」

「欲しいです!」


 サイン色紙をコ・レ・ナンデスから取り出し、ガンマさんへ差し出す。それに彼女は目を剥く。


「なに今の!?」

「あっ、これ『コ・レ・ナンデス』って言って」

「転移魔術!? 五式の奥義!? なんで!?」


 ドラゴンでも驚く事あるんだなぁ。なんてボーッとしている厨房から品が運ばれてくる。


「クワトロフォルマッジお待たせしました~」


 ピッツァが丸々一枚運ばれてくる。


「これを待ってたのよ! さっそくいただくわ! いいわね! メルス!?」

「ええ、どうぞ」

「いただきまーす! もぐもぐ……うんまーい!」


 ピッツァを口にくわえ、チーズを伸ばし、顔をほころばせるガンマ。


「これよこれ! これために生きてるわ!」


 尻尾をふりふりさせ、翼をばたばた羽ばたかせる。相当、喜んでいるようだ。


「お共にコーラはいかがですか?」


 私はコ・レ・ナンデスを使いコップにコーラを注ぐ。


「ますます興味深いわね、私が生ける四式魔術なら、それは物質化された五式かしら」


 ガンマさんは興味をさらに高鳴らせる。ドラゴンのお客様は、魔術に相当、造詣が深いらしい。


「お礼に私、ガンマ・フルバーストの歌を聴かせてあげる」

「いいんですか!?」

「じゃあ、聴きなさい『竜の流儀』」


 ――果てしなく、遠く、落ちる夕暮れ。

 ――ホライゾン・トゥ・ザ・ドラゴン。

 ――その吐息は炎は全てを焼き尽くす。

 ――全てを滅ぼすその日まで。

 ――私は歌い続ける。

 ――それが流儀、世界に定められた寿命。

 ――それを早めさせる役目。

 ――世界の終わらせるその日まで。

 ――私の流儀は止まらない。

 ――Ah END OF DRAGON


 拍手喝采、私、ハーちゃん、マスターの三人だけだが。コ・レ・ナンデスが口笛を吹いている。口無いけど。


「ドラゴンアイドルすごい!!」

「ま、こんなもんよね」

「おっとマズい」


 マスターがそんな事を漏らす、するとどうだ。店の外に人だかり。今の歌でガンマさんの存在がバレた!?


「メルン、認識攪乱の魔術をお願い」

「あっはい」

「テラス席から飛んで逃げるわ、二式魔術動画アニメーションも始まっちゃうししね」

「アニメーション?」

「はぁ、あんた知らないの? 神アニメ『竜だけど恋してもいいですか!?』を!」


 前の世界でも覚えがある、ガンマさんはアイドルにしてアニオタなのだ。きっと。


「ええい、詳しく布教したいところだけど、群衆が押し寄せて来る! いい! ジークフリード様がイケメン尊いって事だけ覚えておきなさい!」


 そう言って、テラス席の箱庭からマスターに認識攪乱の魔術をかけてもらったガンマさんが飛び出した。


 短いながらも濃い嵐のような時間だった。私は今日の事を忘れないだろう。ガンマさんにもきっとまた会える。そんな気がして。

 ガンマさんの後を追いかけ、テラス席から空を見上げる。そこには巨竜が居た。


「デカッ!?」


 ぺちこーん。と小気味いい音が鳴り響く。


「失礼でしょうが!」

「ごめんなひゃい……」


 ハーちゃんは厳しいなぁ。空に飛び立つ巨竜を見送る。


「ありがとうございましたー!」

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喫茶ハルモニアへようこそ! 亜未田久志 @abky-6102

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