第6話 チョコレートと四式魔術
季節外れの催しが開かれようとしていた。なんと魔術歴(?)ではこの季節の行事なのだとか、そう喫茶ハルモニアではバレンタインフェアを開催しチョコドリンクの提供を行っていた。すると珍しく、ハーちゃんがキッチンに入って行く。
「あれ? マスター、ハーちゃんが」
「ああ、いいんだよ。チョコ作りはエトワールの担当だから」
「チョコ、作るんですか?」
「ああ、四式のちょっとした応用さ」
「四式!?」
四式と言えばかなり上位の魔術じゃないか、それを使うチョコとはいったい……。
「あのマスター」
「? どうしたんだいメルちゃん」
「私もハーちゃんに友チョコをあげたいんですけど! 調理器具お借り出来ますか! あとチョコレート!」
「あ、ああ、それは構わないが、君、料理出来るのかね?」
「ふふふ、お母さんの手伝いを少々……」
「……そうか、君の世界では母親は健在なのか」
なんかしんみりとした空気になってしまった。と、友チョコの話に戻さなくては。
「カウンターの厨房使っていいですよね?」
「ああ、構わないが、どんなチョコを?」
「へ? そりゃチョコを湯煎して溶かして型にはめて……」
「……そうなるか」
なんか含むところがあるのだろうか、マスターは顎に手を当てている。私はテキパキと湯煎の準備をして板チョコを包丁で刻んで、ボウルに入れて、お湯をはったボウルに入れて、溶かす、へらを使いかき回す。なめらかになるように。
――一方その頃。
この季節は毎年忙しい、お客様に振る舞うチョコレートの四式魔術を構築するところから私の作業は始まる。
「構成の一から三を、修正……配分を甘さのテクスチャに張り替えて……駄目ね、甘くなりすぎる。却下」
魔術工房と化しているキッチンでは私が四式を組み上げている。……そういや、あいつの分のチョコレートも用意しなくちゃかな。なんて考える。いつもはお父さんの分を個人的に用意するだけでよかったのだが。
「……アイツの好み……カレー……」
辛いチョコレートでも用意してやろうかと思ったが自重した。私も意地悪じゃない。
「無難にチョコクッキーでいいか」
魔術演算領域に
「一式から三式までの継承安定。チョコクッキー生成っと」
魔術演算領域とのリンクを切る。どっと疲れる。こうして出来たのはなんお変哲もないチョコクッキー。
「あー……袋詰めしなきゃ」
キッチンの戸棚から一式魔術でビニール袋を取り出しチョコクッキーを入れてリボンで結ぶ。
「ま、こんなもんでいいでしょ」
そしてお客さん用のチョコを作る作業に戻る。
――またまた場面は変わり。
「後はハート型で固めてっと! あれマスター。冷蔵庫どこ?」
「れいぞうこ……? ああ、はいはい、今、冷却魔術をかけるから待ってて」
「そ、それは何式ですか……?」
「三式だね」
私には到底ついていけそうにない話だ。しかし魔術を学ぶと決めたからには頑張らねば。とはいっても今の私は毎日一式の練習をする日々なんだけども。杖無しでペンを動かすの難しい! ハーちゃん無しだとなおさら難しい! 呪文だけが頼りだが、いつの間にか、無詠唱を目指す事になっているから末恐ろしい。
まあそんなこんなでマスターが保冷魔術をかけてくれて、チョコは固まった。ハート型の感謝のしるし。友チョコにしては重いかもしれないけど、この世界唯一の友達だもん!
私はキッチンに向かってチョコを私に行こうとする、とマスターに制止される。
「今、エトワールは魔術演算領域に接続しているんだ。あまり集中力を途切れると危険だから、娘の作業が終わったらにしてくれるかい?」
「あっ、はい。分かりました」
なんだか小難しい話だが、どうやら大変な作業をしているらしい。マスターも普段そんな事をしているのだろうか。魔術演算領域……聞くだけで知恵熱が出そうだ。
――時は経って夕暮れ。閉店時間。
ハーちゃんのチョコ目当ての客もいなくなり、私達だけの時間だ。先に自室に戻っている事にする。
ワクワク、ドキドキ。
するとハーちゃんが入って来る。
「ふぁ~あ……あんたまだ起きてたの?」
「あのですね、大事な話があります」
「なに、もう寝たいんだけど?」
「これ、受け取ってください!」
手渡されるハート型のチョコレート。板チョコを湯煎で溶かして固めただけのなんの変哲もない友チョコだけど、気に入ってくれると嬉しい……なんて。
「へぇ、あんたチョコとか作れたんだ」
「……あれ反応薄い?」
「ほらお返し」
手渡される小袋、リボンで結ばれたそれにはチョコクッキーが入っていた。
「えっ、もしかして私のために?」
「お客さんに作る分のついでよ」
「ありがとー! ハーちゃん大好きー!」
「ええいくっつくな暑苦しい!」
チョコ交換は無事上手く行った。けれど私は知らなかったそのチョコクッキーに秘められた苦労も。私はただのチョコだった。でもそれを知るのは先の事になる。
魔術師として一歩を踏み出すその瞬間であった。
でも、その価値が分からなくても、そのチョコクッキーの味だけは忘れない。
――エトワールはと言うと。
ハート型!? なんで!? こわいこわい! いや怖くはないけど! なんかこう……重たい! でもあれか……居候の身だし、その分の愛……みたいな?
いやいや、それにしてもハート型はないって。私はよく冷静さを取り繕えたな!? 我ながら感心する。
「……ハートかぁ」
顔が赤い、それ以上の意味が無いとしても、意識せずにはいられない。火照る身体。これからどんな顔であいつに会えばいい? いつも通りでいい。それでいいはずだ。
私は枕に顔をうずめ、眠りに就く。
――芽流はといえば。
「えへへ、チョコクッキー♪」
ハーちゃんからのプレゼント、興奮して寝られない。うふふ。
「もったいなくて食べられないな」
チョコクッキーを抱きしめて眠る。記憶力のない私にとっては明日できっと三時のおやつになっているかもしれないけれど。今だけは大切な宝物。私は、いつの間にか眠りについた。
――夢を見た。
お父さんと遊ぶ夢、幼い頃の私。
「コ・レ・ナンデス?」
『ああ、ちょっと夢に干渉させてもらったよ』
「なんで?」
『ここでしか話せない事だ。まあ明日には忘れているだろうが』
なんだろう、小首を傾げながら、私は先を促す。
『この世界の魔術の解析とこのオーパーツの関連性が分かった。芽流と切り離されている間に色々と調べものが出来てね』
「ほえー」
『それでだが、これは判明していた事でもあるが、この世界はそもそも歴史の成り立ちから違うらしい』
「歴史の成り立ち?」
そこでコ・レ・ナンデスもとい若い姿のお父さんが言葉を区切る。
『キャットバース理論によるところのパラレルワールド、この世界は私達の世界と根底は同じものだ』
「そうなの?」
『ああ、そして分岐したのは、このオーパーツが起動してから』
「……? つまり?」
『この世界は、あの交通事故の日に生まれたんだ。歴史ごとね』
私は絶句する。この世界がこの前出来たばかりなんて信じられない。
『世界五分前仮説、と言っても芽流には分からないだろうな』
「うん、分かんない」
『ようするに、だ。世界が過去の歴史ごと、五分前に創られたという仮説だよ』
「でもでもハーちゃんは確かに今までの人生を生きて来ていて――そう! 下地世界ってのもあって!」
『そう、そこが問題だ。私達が居た世界とこの魔術界は下地世界で繋がっている。繋がってしまった。それにより「世界強度」が上がってしまった』
「せかいきょうど?」
お父さんは深く頷いて。
『世界を構成する要素が強く結びついているという事だ、と言っても分からないだろうね、これは詳しい説明も省こう。一つだけ言っておく事がある』
「なに?」
『魔術を行使し過ぎると、元の世界に戻れない可能性がある。それだけは覚えておいて欲しい。この世界との繋がりが強くなりすぎるからなんだ』
「……元の世界に戻るか、この世界に留まるか二択って事?」
『そうなる』
私は顎に手を当てる。
「お母さんは心配だけど、まだ決められないかな」
『早く決めないと、手遅れになるかもしれない』
「その時はその時考える!」
『……母さんにそっくりだ』
夢から覚めていく、お父さんが揺らいでいく。また会えるかな。目が覚める。チョコクッキーの甘い匂いがした。
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