第4話 ゾンビなお客様!?


「ゾンビパニックでも起きないかな」


 ぺちこぉん! トレイで叩かれた、痛い。


「あんたこの忙しいランチタイムに何言ってるのよ!」

「ハーちゃんも昨日、一緒に見たじゃん『マジカルハザード・ウェルカム・トゥ・ラグーンシティ』」

「だからなんだ……いいから働く! 二番席にコーヒー二つ!」

「あいあいさー」

「返事は『かしこまりました』だッ!」


 喫茶ハルモニアは今日は珍しく繁盛していた。いつもは閑古鳥が鳴いているというのに。私、笛吹芽流はそんな状況に頭を悩ませる。あちらこちらにメニューを配り、オーダーを聞き、品を運び、会計をする。忙しい、とても忙しい。幸い、レジ打ちとかは魔術で自動化されているから私がやる事と言えば品を運ぶ事くらいなのだが。テーブルを拭いたりだとか、とにかく忙しい。ゾンビ、来ないかな……。

 そんな「学校にテロリスト」理論を考えていると、からんころん、とドアベルの音と、扉の開く、きぃという音が鳴った。


「いらっしゃいま――」

「うーあー」

「……」


 あーはいはい。私、居眠りしちゃったんだな。これは夢の中。明晰夢というやつだ。昨日のゾンビ映画の影響受けちゃったんだなー。


「ねーねー、ハーちゃん」

「なによ! このクソ忙しい時に!」

「ゾンビのお客さん」

「またあんたそんな事言って……って、え?」


 あれ、ハーちゃんも固まってしまった。青肌にどこかの民族衣装を着たヒトガタ。人間……なのかな。というか夢じゃないらしいな。私は髪の毛一本を抜いて確かめる。うん痛い。栗色の毛を捨てる。


「うーあー」

「ええ、と、お客様?」

「うーあー!」

「おお背中ごと曲がった!?」


 どうやら首肯したらしい。九十度くらいのお辞儀だった気がする。


「えっとハーちゃん、空いてる席は……?」

「……無式魔術オリジナル、生命領域への干渉……?」

「ハーちゃん? それマジカルハザードの設定だよね?」

「あ、ええ、えっと、空いてる席、四番テーブル……」


 死番とは縁起が悪い。そんな事を想いながら、ゾンビさんをテーブルに案内する。すると関節の曲がらない腕でゾンビさんがメニューを器用に掴み、コーヒーを指差した。


「オリジナルブレンドですね?」

「うーあー」

「四番テーブル、オリジナルブレンド入りまーす」


 店の奥、キッチンから『かしこまりましたー』とマスターの声が聞こえた。マスターはキッチンで何をしているのだろう。覗くのは厳禁らしい。

 私は、帰るお客さんの会計に向かう。立ち会うだけなのだが、それも「立派な仕事」らしい。


「ありゃりゃとやしたー」

「こら、ちゃんと言いなさい」

「ありがとうございました!」

「よろしい」

「コーヒー出来たよー」


 マスターの声に私が「はーい」と返事をしてコーヒーを受け取る、トレイに乗せて四番テーブルまで運ぶ、ゾンビさんは椅子に無造作に座っており。


「うーあー」


 とだけ言ってコーヒーを受け取った。関節の曲がらない腕で器用に口まで運ぶ。どうやってんだろ。


「でもいるんだねー、ゾンビ、あの人、女の人っぽいね、意外と美人さんだ」

「っているわけあるかー!!」


 おお、火山大噴火。ハーちゃんが火を噴いた。キッチンの奥へと入って行く。


「ほら見てパパ! ゾンビよゾンビ!」

「キッチンには危ないから入るなと……っておや? ブルームさんじゃないですか」

「うーあー……十年振りか、メルス」

「「しゃべったー!?」」


 正確には喋れたんだ!? だ。 出来るなら最初からそうして欲しい。ハーちゃんはびっくりして泡を吹きそうになっている。


「ブルームさんは今までどこに?」

「ちょっと特異点にな……レッドクイーンの吸血鬼も居たから召喚獣の世界の一部だと思うのだが、なにせあの世界は広い」

「あまり五式の潜航ダイヴを多用すると身体に障りますよ?」

「もう半分死んでおるわ、ガハハ!」


 豪快な人だなぁ。あれ、ハーちゃんがいない。と思ったら、ブルームさんとマスターの所に居る。


「ブルームさんってあのブルームさん!?」

「おお、お前はメルンか、大きくなったの」

「五式におけるパパの先生じゃないですか!? どうして此処に!? っていうか『向こう側』に潜ったってどうやって!?」

「ま、いろいろとな、してそこな栗毛の子」


 む、ブルームさんが私を呼んでる。この魔術界は金髪とか銀髪さんが多くて私のような髪色は珍しい。ブルームさんは緑髪だったけど。髪型はショートヘア。


「なんでしょうか……?」

「ふむ、噂の異世界転移者か、珍しいところはない、とも言えんの、魔力反応が無い」

「それって?」

「お主は魔術的見地から、死んでおる。魔術的ゾンビじゃ」


 ゾンビさんからゾンビって言われた!? なんかすごくショック!? ていうか魔術的ゾンビってなに!?


「重症ですか、彼女は」

「マスター!?」

「メル……あんた……やっぱり前の世界の交通事故で……」

「ハーちゃんまで!? いや死んでない死んでない! 私まだまだピンピンしてるし! 足あるし!」

「足……?」


 足が無いのは幽霊か……いやそんな事はどうでもいい。私がゾンビだなんだという誤解を解かなければ。ええい、なんとかしてくれお父さん! 私は首元からネックレスを取り出した。出て来るボタンのいっぱいついた立方体を取り出す。コ・レ・ナンデス!


「む、むむむっ!? 魔力反応? その箱が魔力を吸い上げておるのか」

「へ? そうなのお父さん?」

『ん? ふあー……すまん寝ていたスリーブモード。なんの話かな』

「お父さん、私の魔力吸い上げてる?」

『こっちの世界に来てからはそうなるかな』

「って事は?」


 私はお父さんを一旦放り投げた。『娘よー!?』と叫んでいたが後で回収すればいい。そんなことより、だ。


「どうです!」

「おお、魔力反応じゃ、確かに、お主はこの世界に生きている人間じゃ」


 ゾンビことブルームさんにお墨付きをもらって私、笛吹芽流は生きた人間という事になりました。やったね。


「なるほど、オーパーツを媒介にして魔力行使を……」

「面白いものを見つけたなメルス」

「いえいえ、ブルームさんほどでは」

「昔のように先生と呼んでくれんかの」

「お戯れを」


 私はいそいそとコ・レ・ナンデスを回収する。テラス席にまで飛んでいた。


『芽流、どうしてあんな事を……』

「私の尊厳が掛かっていたのよお父さん」

『ううむ、なら仕方ない……のか?』


 どうやらブルームさんが帰るらしい。


「楽しかったぞメルス、またな」

「はい、ブルームさんもご無理なさらず」

「まだまだ若いわい!」


 ……確かに見た目年齢は若いのだが。青肌な以外は。しかし、五式の潜航ダイヴ。召喚獣の世界に行ける魔術。そんな魔術があるのなら。私の居た世界に帰る魔術もあるんじゃないだろうか? マスターに聞いてみよう。


「マスター、潜航ダイヴって何?」

「む、五式に興味があるのかな?」

「私にも魔力があるなら、使えますよね!」

「ちょっとメル?」

「まあ理論上はそうなるな、あのオーパーツを外さなければならないが、私にはオーパーツのがよほど便利に思える。転移や創造なんて魔術でも出来ないからね」


 それでも、だ。私もハーちゃんと同じ目線に立ってみたい。魔術を学び使い。この世界の住人として生きてみたい。その旨をマスターに伝えると、彼は我が子を見つめるかのように微笑んだ。


「確かに、今の君は宙に浮いているような状態だ。この世界で生きていくために地に足つけて生きたいという気持ちはよく分かる、でもそれなら覚えるべきは五式じゃないな、だろうエトワール?」

「え? 私?」

「ああ、今日から君がメルちゃんの先生だ」

「えー!? 私、自分の単位とかもあるんだけど!?」

「それも含めて、だ。他人に勉強を教えるのはいい復習になる。将来は魔術演算領域の博士号取得が夢だったね、それならば教壇に立つ事もあるかもしれない。現に私だってそうだった」


 不承不承、ハーちゃんが唸りながら、私を見やる。


「いい!? 私がやるからにはスパルタだからね!?」

「は、はい先生!」


 こうして私の、魔術を学び喫茶店で働く異世界生活が真の開幕、その音を告げるのだった。

 きっとそれはこんな音。ぺちこん。

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