第3話 ハーちゃんと五式魔術
私、ハー・メルン・エトワールは高校を飛び級して大学相当の座学を在宅で履修している。それで十分だと思った。友達付き合いなんてわずらわしかったし、必要ないと思った。だけど最近わずらわしいヤツが出て来た。そう出て来たのだ。常識知らずの
「ってなわけで、勉強会です」
「どんなわけ!?」
「はい口答えしなーい」
「ハーちゃんキャラが違う……」
『だが私もこの世界の技術体系というのには興味があるぞ』
コ・レ・ナンデスが喋る。うちのパパと同じ声だから気味が悪い。
「えーこほん、この世界に普及しているのは『五式魔術』、五段階に区分けされた魔術系統です」
「はいせんせー」
「はいはいなに?」
「なんでわざわざ区分けなんてしてるの? 全部『魔法!』でいいじゃん」
「このおバカ!」
ぺちこん、と。妙に小気味いい音が鳴り響く。此処は私の自室、整理整頓された家具に勉強机、立てかけられた箒に、クローゼット。ベッドは天蓋付き……ふふっ。
「なに笑ってんのハーちゃん」
「はっ! こほん、いい? 一から五の魔術には明確な違いがあるの。だからこその区分け!」
「ほえー」
「まずは一式」
私はクローゼットからホワイトボードを取り出すと線を描く。
「これが一式魔術」
「なに言ってるんだハーちゃん」
ぺちこん。
「今のは……痛かった……ペンで叩くのはダメ、ゼッタイ!」
「いい? 一式魔術っていうのは一次元的に干渉する魔術の事」
「一次元的?」
「そう物体を線で動かすとかね」
そう言って私はペンから手を離し、ホワイトボードの上を宙に浮いたまま滑らせる。デフォルメされた熊の絵が描かれる。こんなの旧時代の手品と変わりないけれど。手本にはなるだろう。
パチパチパチと拍手が聞こえる。メルだ。私もメルンだから名前が紛らわしい。主にエトワールと呼ばれる事が多いから気にしてはいないけど。
「こんなの初歩も初歩、これを無詠唱で出来るようになってやっと小学校卒業よ」
「ええー!?」
大げさに驚くメル。そんなに驚く事だろうか。これが常識として生きて来た私達にとってこれは当たり前の事だ。
「次に二式魔術、これは面で制圧する魔術の事」
「制圧!? なにその物騒な単語!?」
「……言葉の綾よ」
「何、今の間!?」
ホワイトボードに黒い球体をぶつける。ホワイトボードが黒く染まる。それは単に色が変わっただけではない。私はメルに白いインクのペンを渡す。
「書いてみなさい」
「えっ、さっきのくまちゃんの絵でいい?」
「……いいけど」
ホワイトボードがまるで新品のようにきゅきゅーっと音を立てていく。くまちゃんの絵が完成する。
「おお、新品の書き心地……インクで真っ黒なのに」
「いい? これはインクで染めたんじゃなくて魔術で干渉したの」
「えっ、さっきの黒い球、インクの塊じゃないの?」
「そういうこと」
私はブラックボードと化したホワイトボードへの干渉を解く、純白に戻る。さっきからメルがくまちゃんが現れ消える度に一喜一憂しているが気にしない。
「次に三式魔術、これは三次元的に干渉出来るわ」
「おおー、来たね三次元!」
「ほら立ちなさいメル」
「うわぁ!?」
私は三式魔術でメルに干渉して無理矢理立ち上がらせた。クッションから立ち上がらされ、直立する。なんかそういうおもちゃみたい。おっかしいの。
「なんか笑われてる」
「ごめんごめん、これが三式魔術、ここまで来ると私でも無詠唱は無理かな」
「え? ハーちゃん、詠唱なんかした?」
「ほら、今、『立ちなさい』って」
「それだけ!? 詠唱ってもっとかっこよくて、そう中二っぽい感じで!」
「中等部がどうしたのよ」
メルはたまに意味不明な事を言う。異世界語だろうか。中二。中等部二年相当。まあ多感な時期であるというところまでは察せられるが、それ以上はさっぱりだ。私は理解をすっぱり諦めて授業を続ける。
「で、四式魔術だけど――」
「はいせんせー!」
「……なによ」
「次は四次元ですね!?」
「残念、不正解」
頭を抱えてうずくまるメル、反応が過剰過ぎやしないか。
『ふむ、私もそう思ってしまった。魔術でも四次元的な干渉は不可能なのだね?』
「そうね、ナンデス、さん。四次元的な干渉は五式の中でも奥義みたいなものよ。今の人類では到達不可能とも、言われているわ」
「へー、なんだかすごいね」
「あんたが言うとすごそうじゃないな」
四式魔術の説明をするために私は壁に立てかけてあった箒を手に取り、それにメルを跨らせる。
「フロート・リ・ストラクチャー」
「あ、詠唱っぽい」
こんなんでいいのか、初歩的な旧国語の補助呪文だけど。すると箒が浮かび上がる。メルが「あわわ」と身体を揺らす。
「大丈夫よ
「組む?」
「そう、四式魔術は一式から三式の魔術を組み上げて理論構築したものを指すわ」
「りろんこうちく……」
メルが目をくるくる回して箒が逆さまになる。
「あっ、本当だ落っこちない」
「私の魔術は完璧よ」
「でもハーちゃんは乗れないんだよねー」
「うぐっ」
そう、私は高所恐怖症だ。だから箒に乗れない。だから通学にも苦労したし、それだけで私を落ちこぼれ扱いする学校にもうんざりして飛び級してやった。なにが「高等部にもなって箒に乗れないなんてかわいそう」だ。そっちは三式魔術しか使えないくせに。そう市販の箒には既に四式魔術がかけてあるのだ。決してあいつらが使っているわけではない。
私はメルの頬をつねりながら、昔のもやもやを解消していた。
「いひゃいいひゃい」
「ああ、ごめん、ムカついて」
「こっちこそごめんね……」
「気にしてないわよ、さ、最後の授業」
私はホワイトボードに大きな丸を描く。
「これが世界」
「……世界?」
私はその丸に線を引いていく。横線で丸を区切って断層のようにする。
「世界は多重構造になっているとされているわ」
「重なってるの? どことどこが?」
「例えば召喚獣のいる世界とか、魔術演算領域とか、後は下地世界とかね」
「なんか途中、すごい難しい単語が!?」
魔術演算領域の研究は私の得意分野なのだが、さすがに大学相当のお勉強を高等部一年のこのおバカにさせるのは酷だろう。
「とにかく、そんな多重世界に干渉するのが五式魔術。これは流石に実践は出来ないわね」
「なんで?」
「私もまだ勉強途中なのよ、五式魔術は大学相当なの」
「だいがくせー!」
目をキラキラさせるメル。私は呆れながらも。
「パパなら使えるけど、頼んでみる?」
「え、いいの!?」
『私もぜひお願いしたいな。世界に干渉出来るなら、私達が元の世界に帰る方法に繋がるかもしれない』
「うーん、あんたが言うと矛盾しているような……」
とりあえず部屋を出てカフェ店内へと出る。お客さんはいない。魔球が部屋を照らしている。もう夜だ。
「おや、どうしたのかな」
「パパ、今ね、メルに五式魔術の事を教えてたんだけど、五式のところは実践してあげられなくて」
「お願いします!」
『ミスター・エトランゼ。私からもお願いしたい』
「ははっ、構わないとも。だけど、五式というのは世界に干渉するといいながらその行為自体は地味なものだ」
そう言って、メモ帳を取り出すと、そこに魔法陣を描き出すパパ。そして手をかざす。
「我が呼び声に応えよ、宝石の申し子」
すると煙がたったかと思ったら、その中から、額に宝石をはめたリスが現れた。カーバンクルだ。
「かわいい~」
『ほう、これが召喚獣か、興味深い』
「まあ、私はこの程度の召喚獣しか扱えないがね」
「パパの専攻は下地世界だものね」
「下地世界、さっきも聞いたけど、なにそれ?」
そこで、ふむ、とパパが顎をさする。
「世界の根底、とでも言えばいいのかな、この世界が生まれる前に在った次元、と言うのが正確か」
『なに!? それは私の提唱するキャットバース理論と何か繋がるものが!?』
「そういえばあなたも研究者だったか、考古学者でしたね、そちらの世界は――」
『ええ、そうですとも、私の世界では――』
パパとナンデスが邂逅するといつもこうだ。何かしらの議論が白熱する、親馬鹿合戦だったり、こうした研究談義だったり。
「……部屋、戻ろうか」
「ねぇ、この子部屋持って帰っていい?」
カーバンクルを指差しメルがそんな事を言う。
「だーめ」
メルの服を引っ張り、部屋へと連れ戻すのだった。「りーすー」と嘆くメルはそれこそ目の前のどんぐりを取られたリスのようだった。
しかし、これで五式魔術のなんたるかを理解してもらえただろうか。……してないんだろうなぁ……。また明日もお勉強会だ。今度はテストを作って来てやる。
私はえいえいおーと手を振り上げた。片手にメルを引きずりながら。
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