第2話 これが噂の異世界転移ちゃんですか?


 ぱーっと通った信号無視のトラックが。私を轢きずって鳴き叫ぶ。その直前に。コ・レ・ナンデスが光輝いた。私は寝ぼけまなこをさすって目を覚ます。ひゅおおおという風切り音。落ちている?


「うわああああ!? なにこれ夢!? 夢だよね!? し、死ぬ!? ぐへぇ」


 意外と低空だったようで草むらに叩きつけられる。私は目をくるくる回しながら辺りを見回す。いくつかのテーブルと椅子。そうそこはまるで。


「カフェだ。カフェテラスだ」


 さっきまで横断歩道の真ん中に居たのに。どういう事だろう。私は髪の毛を一本抜いてみる。うん痛い。栗色の髪の毛一本を視認するとぽいっと投げ捨て、立ち上がる。四方は壁で囲われており、その一面だけがテラス席になっており、上には四角く切り取られた空。


「おお、あそこから落ちてきたのか、我ながら器用な……」


 つまるところは此処は箱庭なのだ。四方をカフェの店内やキッチンで囲み、その中央にドーナツ状に穴を開け、庭を造りテラス席にした、と。


「なかなかオシャレだ。下北沢にこんな店あったかな?」


 私は下北沢南高校の一年生だ。北なのに南、ふふっ。そんなどうでもいいことを考えながら上を見ていると、何かが通り過ぎた。


「んあ?」


 私は思わず、目線で追いかける。というか、さっきから小さい点がいっぱい動いているような気がしないでもない。


「まさか、UFO? ゆー・えふ・おー!?」


 ははは、そんなまさか。と思いながらも、ずっと空を見ていると、今度は間近を通った。その黒い点の正体は――


「人だ」


 そう、人だった。箒に乗った人。空飛ぶ人。いわゆる。


「魔女の宅急便」


 後半要らなかったかな、なんて思いつつ。疑問は解決した。氷解した。そして新たな疑問が浮上する。


「どうやって浮いてんだろ」


 というか。


「箒で空飛んでる!?」

「さっきからうっさいわね! 一人コントか!」


 声のした方を見やる。金髪が目立つ、二つ結び、いわゆるツインテールというやつ。私は栗毛のボブカットなので対照的だ。外国人? だけど日本語が流暢だ。でもあれは絶対地毛だ。断言できる。色が綺麗過ぎる。染めてもああはならない。それかよほどいい染料を使ったか、だ。

 私はおずおず、と。


「は、ハロー?」


 と言った。すると金髪の少女は眉をひそめてこちらに顔を向ける。


「なんで旧国語? ここは日本国よ?」

「あっ、やっぱり日本語通じるんだ……あのお名前は……?」

「むっ、名乗るならまず自分から習わなかった?」

「あっはい! 私は世田谷区立下北沢南高等学校一年生! 笛吹芽流ふえふきめるです!」

「は?」


 しばしの沈黙、のちに。


「しもきたざわ……? なんでまた旧名?」

「きゅう……?」

「まあいいわ、名乗られたからには名乗ってあげる。私はノースウェイ大学相当の座学を履修してるハー・メルン・エトワールよ」

「外国人さんだー!?」

「日本人よ!」


 ぺちこん、と。頭をはたかれた。妙に良い音がしたな……。それに、あんまり痛くないや。てへぺろ、なんて私が笑っていると。


「で? どこで箒落としたの? 今時珍しい。安全機能セーフティぶっ壊すだなんて」

「箒? せーふてぃ?」

「……あんた本気で言ってる?」

「なにが?」

「本気で聞くけど、あんた箒に乗ってたのよね?」

「違うけど」


 またもや沈黙。この雰囲気嫌だなー。私はカバンを漁る。すると教科書掻き分けそこには確かにあった。私の財布。そこから千円札を取り出すと。


「コーヒーください!」


 と差し出した。すると手が伸びてきて。ぺちこん、と。小気味いい音が響いた。はて?


「どこの通貨だ!」

「嘘ぉ! ここ日本でしょう!? 渋沢栄一だよ!?」


 あっ、それは一万円札だ。まあいいや。


「誰だソイツ!」

「えー!! 理不尽!!」


 とても悲しい気持ちになりました。すると、どうだ。私の胸元が輝きだした。私は発光源を取り出す。ネックレスの先に付けられた立方体。


「……コ・レ・ナンデス」

「なにそのふざけたイントネーション」

「いやこれの名前『コ・レ・ナンデス』」

「なにそのふざけたネーミングセンス」


 私のお父さんの形見だぞ! とは言わないでおいた。言ったら悲しみそうだ。初対面だけど正直で真っ直ぐな子なんだなって感じがした。……どんな反応するか見てみたくなったな。私はよよよと泣いたフリをして。


「これ、お父さんの形見なのに」


 すると、どうだ、明らかに狼狽した少女はおどおどしながら。


「ごめんなさい、知らなくて……」


 と本気で謝って来た。ほらやっぱり良い子だ。そして私は試す用な事をする悪い子だ。ごめんなさい。謝らなくちゃ。そう思うとなんか胸元があったかい? ん? なんだこれ?


「あ、あんた! それ!」

「ほえ? これがってあっつ!」


 なんだこれ濡れてる……? 熱い……? 茶色い……? くんくん、この匂いは……。


「コーヒーだこれ!?」

「はぁ!? なんでお父さんの形見からコーヒーが出て来るわけ!?」

「知らないよ! 今までこんな事無かったし!」

「コーヒーを出す魔術なんて五式魔術の中にも無いわよ……無式魔術オリジナルかしら?」

「オリジナルブレンド?」

「だれがブレンドの話をしたー!」


 ぺちこーん! と今日一の良い音が響き渡った。


「とまあこんなところかなー」

『ふむ、そこから先は覚えているぞ』


 お父さんの回想ターン。


『む、ここは』

「え……」

「この声……」

『おお! その声は我が娘メル!』

「「お父さんパパ!?」」


 二人の声が重なった。私達は顔を見合わす。どういう事だ。私のお父さんの声だよ今のは。しかし向こうも「私のパパの声よ」と言わんばかりだった。まだ言われてないけど。威嚇がすごい。


『ちょっと待ってくれ二人共……今、記録を解析する……むむっ、そういう事か……』

「なにか分かったのお父さん?」

『ああ、だが何から説明したらいいか……』

「まずあんたらの素性を説明しなさいよ」


 ハーちゃん(今命名)がそんな事を言って来る。ちなみに元の名前は長くて忘れた。お父さんが輝く。瞬く。


『むっ、それなら簡単だ。この娘、笛吹芽流は君、ハー・メルン・エトワールの平行同位体だ』

「「へーこうどういたい?」」

『うむ、パラレルワールドの同一人物という事だな』

「だな、じゃないわよ! パラレルワールド!? そんなの信じろって言うの!?」


 並行世界パラレルワールド、考古学者のくせしてお父さんは「世界はどこから生まれたのか」を研究していた。それなら物理学とか行った方がいいんじゃない? とお母さんが再三言ったのだが「歴史的遺物にこそ真実がある!」と言って聞かなかった。

 そして見つけ出したのがコ・レ・ナンデス。これを私に託してお父さんは病で天国に行ってしまった。

 その事をハーちゃんに説明する。ハーちゃんは不承不承と言った感じで頷きながら。


「つまりそれは超古代の遺物で、その力で異世界からやって来たと」

『そういう事になる』

「私のパパの声が出てるのはなんで? ていうかどういう原理で喋ってるわけ?」

『なんらかの影響で私、笛吹圭吾ふえふきけいごの人格が転写されていたのだと思われる。そしてこのパラレルワールドに来た時点で、その機能を作動させるに足るスイッチが入ったのだ』

「そのふえふきけいごさんとうちのパパの関係は」

『平行同位体だと思われる』

「またそれか……」


 すると、そこに、からんころん、というドアベルの音と、きぃ、というドアが開く音が響き渡る。


「やぁ、帰ったよ、メル」

「パパ!?」

「おや、どうしたんだい? お友達かな?」

「あっ、どうもお友達の笛吹芽流です」

「誰が友達だっ!」

「あはは、メルがこんな仲の良い友達を連れて来るなんて珍しい。って、君も『める』と言うのか、紛らわしいな。いつも通り、お客さんの前のようにエトワールと呼ぼうか」

「そこまで気を回さなくていいから!」


 はははと笑う、金髪の男性、どことなくお父さんに似てる。お父さんは黒髪だったけど、私の栗毛はお母さんからの遺伝だ。お母さん心配してるだろうなぁ。

 

「そういえば、パパって五式魔術の世界系統に詳しかったよね? この子、パラレルワールドから来たって言うのよ!?」

「……へぇ、それは興味深いね、誰がそんな事を? この子が?」

『いえ、私だ。平行同位体の私』

「その立方体が喋ったのか!? 実に興味深いな、さらに平行同位体と来たか。なるほど、つまり君達、父娘はパラレルワールドの私達というわけだね? 姿形はずいぶんかけ離れているが」

「ちょっとパパ、納得するの!?」


 ハーちゃんのお父さんは、コートを脱ぎハンガーにかけ席に座る。その間に私とお父さんの自己紹介を済ます。そしてハーちゃんパパのターン。


「改めて自己紹介を、私の名前はハー・メルス・エトランゼ。五式魔術の五。世界に関する魔術の研究家をしている。笛吹圭吾さんと言ったかな、君が私の平行同位体と言うのなら考えは同じではないのかな?」

『考え、というと?』

「その立方体、それが原因で異世界転移が起きた。そこまではいいかな」

『ああ、なにせ娘の命の危機だったものでね』

「というと?」

『交通事故、と言っても通じないだろうな』

「いや過去の文献で読んだ事はある、動く鉄の箱、箒の普及と共にその存在は消えたという」


 すんなり話が通って、お父さんとハーちゃんのパパさんとの会話は進んで行く。そして小難しい話が小一時間済んだところで、ハーちゃんパパはこんな提案をして来た。


「どうかな、メルさん、君が元の世界に戻るまではこの家で暮らすと言うのは」

「いいんですか?」

「パパ!?」

「まあまあ、エトワール、彼女はこの世界じゃ身寄りが無いんだ。仕方ないだろう?」

「それはそうかもだけど……」

「事情を理解出来るのもウチだけ。つまりは選択肢は無いのさ」


 ぐぬぬ、と言った様子で、受け入れるハーちゃん。そう、こうして私は喫茶ハルモニアのウェイトレスとなったのだった。

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