喫茶ハルモニアへようこそ!

亜未田久志

第1話 喫茶ハルモニア


 私は笛吹芽流ふえふきめる! 華の女子高生! だけど今は喫茶店のアルバイター。学業休業中です。

 がらんとした店内、アンティーク調で揃えられた家具、木の匂い。コーヒー豆が自動で煎られていく音。箒が勝手に店の掃除をするのを眺めながら。ぽつり。


「暇だねえ」

「じゃないわよッ!」


 ぺちこん、と小気味いい音と共に私の頭がはたかれる。そこに居たのは。


「ハーちゃん!」

「誰がハーちゃんよ! その呼び方やめなさいよ! エトワール様とお呼びなさいな!」

「えー、ハーちゃんはハーちゃんだよ」

「どういう理屈よ……ほらテラス席のお客様から注文」


 ウェイトレスの私に注文、つまり『コレ』の出番だ。


「じゃじゃーん! コ・レ・ナンデス!!」

「あんたそれ出す時いつもそれ言うわよね」


 私の首元、服の中から引っ張り出されたネックレスは謎の立方体をぶら下げていた、いっぱいボタンとか付いてる。私は皿を一つ用意すると、ボタンを押した。


「出でよ! カレー!」


 するとどうだ、立方体からカレーが流れ出た。とろーりと、辛口である。


「うむいい出来」

「あんた何もしてないじゃない」


 冷ややかなハーちゃんのツッコミを無視して焼きたてのナンを用意して、テラス席のお客様の下へと運ぶ。


「お待たせしました~、カレーでーす!」

「ありがとう、早かったわね?」

「ふふん、きぎょーひみつです」

「あら、それは残念だわ。でも美味しそう。いただくわね」

「ごゆっくり!」


 私は業務をこなすとカウンター席につっぷして。


「暇だねー」


 とまた呟いた、すると、ぺちこん、と小気味いい音が鳴り響く。


「だーかーらー! お客様もいるのにくつろぐな!」

「ごーめーんー」

『あーあー、ミス・エトワール? すまないがあまり芽流の頭を叩かないであげて欲しい。これ以上アホになられると困る』


 男の人の声、その発信源はコ・レ・ナンデス。つまりは私が首から下げてる立方体だ。


「ほら、お父さんもこう言ってるよ」

「ウチのパパと同じ声だからなおさら気味が悪いのよね……」

『平行同位体だからね』

「だからなんなのよそれ」

『私が提唱する『キャットバース理論』によるところこの世界は太古の昔に叡智を結集された実験によって作り出されたとされており――』

「あーもーうるさい!」


 ぺちこん、と小気味のいい音が鳴り、立方体が吹き飛んだ。


「おとーさーん!!」

『娘よー!!』

「なんの茶番よ、いいから拾ってきなさい」

「むー、弾き飛ばしたのハーちゃんなのに」


 渋々、店頭まで拾いに行く私。するとそこでからんからんとドアベルの音がした。きい、とドアの開く音も。


「ここが喫茶ハルモニアか!」


 黒マントに燕尾服の美少女だった。真っ赤な髪の毛がまた彼女の存在を際立たせている。


「いらっしゃいませー?」

「馬鹿! メル! そいつの魔力反応おかしいわよ! 客じゃないわ!」

「如何にも! 我こそは吸血種ヴァンパイア! エターナル・ノーブルレッドなり!」

「はぁ!? 吸血種!? なんで召喚獣が勝手に出歩いてるのよ!?」


 そこで私が小首を傾げる。ここって魔術界じゃなかったっけ? 吸血鬼とか普通にいるんじゃないの? その旨をハーちゃんに聞いてみる。


「はぁ!? アンタそんな事も知らないの!? いい? 召喚獣ってのは基本的に『向こう側』に居て出てこないの。出て来るのは召喚術師に呼び出された時だけ。そして契約者の傍以外を決してうろつかない! これ鉄則!」

「じゃあそのけーやくしゃ? さんが近くに居るんじゃないの?」

「そんな人どこにも……あ」


 店の奥、テラス席から人が出て来る。


「カレー、美味しかったわ。お会計お願い出来る?」

「まさか、あなたが……?」

「え? って、ああ、エターナル、入って来ちゃったのね、外を見とくように言ったのに」

「じゃが、つまらんかった! 魔女長! もっと面白いところに連れていくがよい!」


 まじょちょう、魔女、魔女長。なんか聞き覚えがある。確かハーちゃんが。


「!? レッドクイーン!? 嘘!? どうして今まで気づかなかったの!?」


 ああ、そうだ、レッドクイーン。ハーちゃん憧れの人。魔術界でもトップクラスの実力者。なんでも『五式魔術』の全系統を網羅し、その頂点に立つのだとか。五式魔術ってなんだろう。今度ハーちゃんに聞いてみよう。分かんないだろうけど。

 閑話休題。

 ハーちゃんはレッドクイーンとの邂逅に戦慄わなないている。おお、初めて見たあんなハーちゃんの姿。


「今回はお忍びでね? 認識攪乱の魔術をかけさせてもらったわエトワールさん。ごめんなさいね?」

「あっ、いえ、そういうことなら……」

「でも、なんで今はその認識攪乱が解けてるんです?」

「あらいい質問ね、ウェイトレスのお嬢さん。それはエターナルのせい」


 吸血鬼さんのせい? どういうことだろう。私にはさっぱりだった。ハーちゃんに顔を向けてみる。


「……はっ! そ、そうですね、召喚者の元に召喚獣が現れればその素性が明らかになるのは必至……ですものね」

「正解、さすがエトワールさん」

「ありがとうございます!」


 おお、今度はぱぁっとハーちゃんの顔が華やいだ。この表情も初めて見る。私は宝物を取っておくようにコ・レ・ナンデスのボタンを押す。するとどうだ。写真が出て来る。ハーちゃんの笑顔だ。とっておこう。


『私をカメラ代わりに使うのはやめなさいと……』

「いいじゃん、お父さん、こんなにいい笑顔」

『確かにそうなのだが、ううむ』

「ていうかクッキング用品扱いはいいの?」

『それも本当はやめて欲しいが……そうしないと此処でお前が働けないと思ってだな……』

「ありがとうお父さん! 大好き!」

『ううむ……』


 立方体に頬ずりする私、一方、ハーちゃんはレッドクイーンさんをお見送りし終わったようで。


「はー、まさかあの魔女長と話せるなんて、光栄だわ……」

「よかったね、ハーちゃん!」

「ま、まあね! いつか私があの席に立つんだから、ち、注目されて当然よね!」

「学園一の才女、だもんね」

「ふふん!」


 おお、いつになく自慢げだ。もう一枚、撮りたくなったが自重する。というか本人にバレると怖いのだ。「あんた、また私に変な呪いを!」とか言って呪詛返しとか言って変な儀式を始めるのだ。うう、思い出しただけで身の毛もよだつ。


 そんな訳で、私とハーちゃん、二人で喫茶ハルモニアを切り盛りしているのでした!

 

 THE EN――


 からんころん。きぃ。


「やぁ、今帰ったよ、お客さんは来てたかな?」

「パパ! ねぇ、聞いてよ! 魔女長がね――」

「マスターおかえりなさーい」


 まあ女子高生二人で喫茶店をどうこう出来るはずもなく。きちんと保護者はいるのでした。それがハーちゃんのお父さんことマスターだ。


「メルちゃんも、いつもありがとうね」

「住まわせてもらってるんだから遠慮しないでください!」


 そう、私は此処、喫茶ハルモニアに住み込みで働いている。ハーちゃん父娘と共に。なぜそうなったのか。その経緯は――


「また、今度かな」


 私はそう呟いた。誰にも聞こえないような小声で。しかし、コ・レ・ナンデスには聞こえるくらいの声で。


『どうかしたのかな』

「ちょっと思い出してた」

『なにを?』

「此処に来た時の事」

『それはそれは是非聞きたいな』

「お父さん知ってるじゃん」

『記録としてはね、だがまだあの頃、私には人格が無かったんだ』


 そう、元の世界に居た頃はコ・レ・ナンデスは喋らなかった。喋り始めたのは魔術界に来てからだ。

 そう、私はこの世界の住人じゃない。

 異世界転移者だ。

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