第四十四話 『認識の違い』
(クソックソッ、こんな奴らにナギサが!)
私は、ナギサとの「以心伝心」によって伝わって来た感情を思い返して、また自分の中で憤怒を燃え滾らせる。
「以心伝心」とは文字通り、相手と言葉を発さずとも意思疎通を取れるスキルだ。
慣れてくれば、お互いの距離が離れていたとしても交信が出来たりする。
あの時ナギサは、突然「以心伝心」を使って私に勇者の一人であるキヨハラショウスケとやらのステータスを伝えてきた。
不審に思って聞き返してみると、軽く「もうすぐ殺されそうだから、この情報を使って」みたいなことを言ってのけたのだ。
(ふざけないでよ!)
私には、ナギサ程冥皇様に忠誠を誓っている訳じゃない。
ただ、奴隷だった私たちを救い出してくれただけだ。
感謝もしているし、尊敬だってしている。
ただ、私にとっては冥皇様よりも実の弟であるナギサの方が何億倍も大事というだけだ。
目の前で談笑している魔族の男への憎悪に内心を染めつつも、私は冷静に現状を打破する術を考えていた。
(両手は切られてしまったから、「変形」は使えない。それに、大半のステータスをあの魔族に持っていかれたから、ステータスはもはや二桁まで落ちてしまった。ここから、どう逃げろって言うのよ。)
そんなことを考えている内に、私の意識は徐々に薄れていった。
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私が目を開けると、そこには雲一つない夜空があった。
空には数多の星々が輝いており、思わず見惚れてしまう。
「いやいや、そんなことしてる場合じゃないわよ。」
私はバッと体を起こすと、周囲を警戒する。
どうやら私は、薄暗い路地裏の中で無防備に寝ていたらしい。
そこまで動ける範囲は無く、路地裏の出口の先には普通に人々が歩いている。
そして路地裏の奥には、静かに座っている一人の青年が居た。
私はすぐさま地面に手をついて、「変形」を発動する。
《変形を発動します》
私は地面を変形させ、その青年を縛り上げる。
だが、青年は薄く笑いながら私を見ているだけで一向に動揺した素振りを見せない。
「ちょっとあなた、あなたの生殺与奪件は私がもらったわ。だというのに、どうしてそんな風にいられるのかしらね。」
私は青年への拘束を強めて問う。
「どうやら、認識に違いがあるらしいね。」
「何に対する?」
「この現状に対する認識だよ。何か、違和感は無いのかい?」
「どこにもおかしな所なんて無いわ!」
「本当に?」
青年は私の目をしっかりと捕えて質問してくる。
私はその眼の気迫に押されて、若干のけぞってしまう。
(違和感?)
普通に立っているし、普通に動ける。
普通に話せているし、「変形」だって普通に使える。
どこにも違和感なんて......いや、ある。
その普通がおかしいんだ。
当たり前、当然の様に「変形」が使えているということがおかしい。
「あ、あ、あれ、何で私に両手があるの? 確か、あの魔族に切られたんじゃ。」
「それも、ヒントの一つだ。もっともっとあるよ。違和感はいつも、今が日常と違わないという気持ちと、本能が感じ取る真実との差異から来るんだから。」
「ど、どうして?」
「僕が治しておいたんだよ。」
「え?」
それは考えられない。
切られてから数分ならまだしも、今は夜。
少なくとも二、三時間はあの戦いから経過していると考えるのが妥当だ。
失われた部位はいずれ、その部位が失われている状態が平常なのだと体に思われて、回復魔法でも治ることは無くなる。
「これが違和感?」
「そうだよ。」
そう言って、青年は私の拘束から力業で無理やり抜け出した。
「なっ、」
「それで、これが認識の違いだよ。」
そう言って、青年は私の方に歩いてきた。
「こ、来ないで!」
「来ないでと言われて行かない奴が居ると思う? 必要があるから向かってんだから。」
そういえば、あの魔族もこんなことを言ってたな。
私は逃げるが、何故か歩いている青年から離れることが出来ない。
走って逃げているというのに。
「もうっ、どうなっているの!」
「そろそろ気が付いたりしない?」
私は青年の言葉を無視して無我夢中で青年から逃げる。
しかし、一向に逃げられる気がしない。
「仕方ない。」
私は青年に向き直る。
私はきっと、何らかのスキルで目の前の青年から逃げられない様になっているらしい。
つまり、逃げるという選択肢が無くなった。
戦って勝つ、これしかない。
「いい加減、気付けよなっ!」
青年がスキルを使用したのと同時に、私は急に流動し出した地面によって捕らえられた。
「ま、まさか!」
「そうだよ、君の「変形」だよ。」
もう訳が分からない。
この青年は、一体いくつのスキルを持っているんだ?
逃げられなくしたり、「変形」を使ったり、私の傷を癒したり。
どれも、とてつもない能力ばかりだ。
私のステータスと比べても、あの拘束を簡単に解いたパワーは尋常じゃない。
まあ、答えは出た。
「そろそろ、現状に対する気持ちも変わってきたんじゃない?」
「そうね、流石にここまで来たらね。」
私は目の前まで歩いてきた、ナギサと同じ顔を持つ青年の顔を見て答える。
「この世界、幻かなんかなんでしょ。確か、「五感操作」でしたっけ、ルチアーノさん。」
「はははっ、正解だよ。」
青年がそう言った瞬間、周囲の景色が突然崩れ出した。
~あとがき~
すいませんでした、リトライラのスキルが発動する時に《エンチャントを発動します》の天の声が無かったです。
今後はしっかりと修正していきますので、どうかどうか許して下さい。
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