第9話 土の感触

東北自動車道を南下するに連れて、所々に見えていた残雪も少しずつ姿を消していき、春を感じられる景色が広がっていく。


米倉が運転するマイクロバスは秀桜学園の野球部を乗せ埼玉県を目指していた。途中立ち寄った栃木県のサービスエリアでは、この季節の岩手県では感じる事ができない暖かい空気を感じる事ができた。


盛岡を出発してから約5時間弱。関東遠征の最初の目的地である埼玉県春日部市に到着した。今回の遠征はまず春日部で1試合。次に川越市で2試合。最終日に東京都府中市に移動し最後の1試合の計4試合を戦う、なかなかにタイトな日程となっている。しかし、試合の勝ち負けではなく土の上で野球をする感覚、楽しさを再確認するのが目的と神室は考えていた。そのなかで冬を越して秋の自分達からどこまで成長できたのか、また課題は何なのかを見つけられたらなお良し。監督に就任して初めて選手達が試合でプレーする姿を見られるのが素直に楽しみだった。


宿泊先のビジネスホテルに到着し、米倉が選手達の部屋のカードキーを受け取り戻ってきた。二人で一部屋となるためペアを発表しキーを配布した。この日は、夕方まで近くの市営グラウンドを借りているため、昼食後に軽く練習を行う予定である。


「よし、じゃあ各自着替えて玄関前に集合な!」


選手達に声をかけ神室も練習用のアップシャツに着替えて準備をした。


着替えが終わった選手達が小走りで玄関前に集まってきた。曽根が点呼をとり、全員いることを確認してマイクロバスに乗り込んだ。


5分程移動したところにグラウンドがあった。荷物を運び終え選手達がウォーミングアップを始め、掛け声をかけながら足を合わせランニングをする姿をダグアウトに座りながら眺めた。岩手でのウォーミングアップは各自で行っていたため、全員揃ってのアップを見るのは初めてだった。いつもとは違った勇ましさを感じ、選手達が頼もしく見えた。同時に自分が高校生だった頃を思いだし懐かしさも感じた。


選手達がアップを終え戻ってきた。


「よし!今日は久しぶりの土の上だからって、はりきりすぎてケガをしないように注意してやろうな!今日の内容は守備面の確認を中心にやっていこうと思ってる。明日はいきなり試合だから雪の上や室内ではできなかった送球の感覚を取りもどせるように各自しっかりやっていこう!まずはシートノックな!」


円陣を組んだ選手たちに向け言葉をかけた。選手たちの生き生きとした表情が印象的だった。


「はい!」


選手達が勢いよく守備に散っていった。


シートノックを打ちながら選手一人一人の動きを入念に確認していく。やはり冬のブランクだろうか、動きがぎこちない選手が多く打球の処理や連携でのミスが目立った。


「おーい!!縮こまってやってたら試合でもやるぞー!思い切ってやろうぜー!」


「ヘイヘイヘーイ!前出ろ前!」


そんな中で元気に声を出してチームを盛り上げているのがサードの藤原だった。自分のポジション以外の打球にもしっかりと反応しカバーリングに動いている。立ち止まる時間がほとんどないのが分かった。大きくてよく通る声は間違いなくチームの武器になるなと感じた。藤原に触発されるかのように徐々にチーム全体が盛り上がり、声が出始めた。プレー以外のところからもチームを鼓舞する藤原の存在の大きさを思いがけず知ることができたシートノックとなった。



一通りの守備練習を終え、最後にベースランニングを行いこの日の練習は終了した。


3月とはいえまだ所々に雪が残る岩手県の球児達にとっては土の感触に慣れるのは時間がかかるかもしれないが、この時期に思いっきりグラウンドでプレー出来る時間は本当に貴重である。選手達もそれを痛いほど分かっているのだろう。感謝の気持ちを込めるように丁寧にグラウンド整備を行っていた。


練習を終え宿舎に戻り、夕食と入浴を済ませたあと会議室でミーティングを行った。


「明日はついに練習試合の日になります。恐らくまだ思うようなプレーはできないかもしれないけど、ミスを恐れるのではなくてしっかりと攻める気持ちを持って全力で楽しんでほしいと思う!いいね?」


「はい!」


「それで具体的な話になるけど…前も言ったと思うが明日のスターティングメンバーはキャプテン、副キャプテンで話あって決めてもらう。後、サインも出さないから試合に出てるメンバーがその時必要だと思ったら自分でサインを出してほしい。だからこの合宿中に使うサインをみんなで話あって共有しておいてほしい!曽根!頼めるか?」


「分かりました。この後みんなで話合ってみます。」


「よろしくな。あ!メンバーの交代のタイミングだけは俺に決めさせてもらうよ。なるべく全員のプレーを見たいからね。それじゃあ話が終わったら解散して自由時間にするけど22時までには休むようにね!」


選手達にミーティングを任せ神室は自室に戻った。今日一日の選手達の動きを思い出しながらノートパソコンにそれを打ち込む。どの選手にどんな特徴があるのかを神室の主観で入力していく。監督就任当初から始めた事だったが、一人一人の欄がどんどん増えていくに連れて、選手達との距離が縮まっているように思えて嬉しかった。試合を終えた時にどんな事を書き込めるのかを想像すると楽しみで仕方がなかった。待ち切れない気持ちを抑え、床につくことにした。







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