第8話 シーズン到来に向けて

3月に入り、雪深い岩手県も徐々に春の到来を感じ始める季節となった。少しずつグラウンドの雪も消え、屋外での練習も増やせるようになってきた。


少しずつ選手の特徴も見えてきたころ神室は選手達とのコミュニケーションもとりながらチームに溶け込もうと必死になっていた。そんな中で気にかけていたのがバッテリーの二人だった。柳と曽根のバッテリーは大学野球を見てきた神室の目からみても良いものを持っていた。


バッテリーを組んでいる期間も長く曽根は柳の状態を良く気にかけて練習に取り組んでいるのが分かった。だが柳の方はいまいち曽根に対し積極的に関わろうとしていないように見えた。


午前中の練習を終え、選手達が昼食の準備をしている中、一人ブルペンの整備をしている柳を見かけた為、少し話をしてみることにした。


「柳!お疲れ様!今日もいい球きてたんじゃないか?」


整備の手を止め柳はニコリと笑い話始めた。


「ありがとうございます!けど変化球がいまいちしっくりこないです。甘いとこに行っちゃうこと多くて…」


「まぁまだこの時期だし、とにかく気持ちよく投げることを、考えればいいよ。試合勘も戻ってくれば改善の余地はあると思うから。」


「はい。頑張ります!」


「そういえば曽根と柳はもう長いこと一緒にやってんだよね?」


「はい。達也はホントにいいキャッチャーで…高校に進学するときも強豪校から色々誘いはあったんですよ。けどあいついい奴だから…俺が秀桜に行くって聞いたらそれ全部断って一緒に秀桜にきてくれたんです。俺みたいな並のピッチャーと組むよりも強いとこでもっといいピッチャーと組めば上にも行けるのに…」


寂しそうな表情を一瞬見せ苦笑いでそれを隠した。


「そんな事はないだろ?君だって良いピッチャーにみえるけどな。曽根だって君の実力を認めてるから一緒に高校でもやりたかったんじゃないのかな?」


「俺も曽根の相棒として恥ずかしくないように頑張らなきゃって思ってこれまでやってきました。けどなかなか結果はついてこなくて…中学時代のチームメイトや対戦して勝ってた奴らももっと上に行ってるし…中学でまぐれで東北大会までいったもんだから周りの奴らからは、あいつのピークは中学までだって言われたりして…俺が色々言われる分には別にいいんです。けど達也までセットでそんなふうに言われるのはたまらなく嫌なんですよ。きっと達也だって内心では後悔してるんじゃないかなって秋の大会が終わったぐらいから考え始めちゃって。達也は変わらず接してくれてますけど最近なんとなく気まずくて…」


「なるほどね…。まぁ君たちが共に過ごしてきた時間の長さのなかで生まれた問題に、出会って数週間の俺が口を出せるもんじゃないのかもしれない。けどさ、柳は人の事を気にしすぎなんじゃないか?」


「そう…ですかね。」


「まず柳は曽根のために野球をやってるわけじゃないだろ?」


「それは、違うと思います。俺も下手なりに野球は好きだしもっと良い投手になりたいと思ってます。ただ、曽根のおかげでここまでこれたと思ってますし、こんな俺をここまで成長させてくれた曽根は凄い奴で、そんな曽根は俺なんかじゃなくもっと良い投手と出会えればもっと上手くなるんだろうなって思ってるだけです。」


「うん。そう思ってるのは曽根も一緒だと俺は思う。」


「やっぱりそうですよね…」


「けどそれは、柳と同じチームに来なきゃよかった。もっと凄い投手と野球をしたいって意味じゃないよ。」


柳は不思議そうに首をかしげた。


「曽根は、柳が思ってるのと同じくらい君の事を凄い投手だと思ってる。柳がいたから今の自分があるって。けど曽根と柳の違うところはね、柳は凄い投手だから、柳と一緒に自分も凄い捕手になってやるって思ってるところなんじゃないかな。俺も投手だったし、今まで色んなバッテリーを見てきた。その中で、凄い捕手と出会ってグンっと成長した投手、またその逆で良い投手に出会って成長した捕手もたくさんみてきた。バッテリーってのは合わせ鏡みたいなものなんだ。どんなに凄い球を投げられても相手打者の読みの裏を書いて打ち取ったり、投手の状態をみて1番良い球を投げさせたりして打ち取る確率を極限まで高めて勝負するのが捕手の役目。逆にどんなにリードが優れていても捕手の要求する球を投げられなければ意味がないし、強肩の捕手が盗塁を刺すためには投手のクイックの速さがどうしても必要。曽根は確かに良いキャッチャーだけど今の曽根がいるのも柳とバッテリーを組んで色んな場面をくぐり抜けてきたからなんじゃないかな?これからもそうやって成長していこうって思ってる奴に対して今柳が思ってる事って凄く失礼なんじゃない?それに、高校生はもう立派な大人な考えを持ってる。自分が決めた道を他人のせいで後悔するなんてダサすぎるだろ?曽根はそんなやつに見える?そんな事をクヨクヨ考えてる暇があったら最大限に自分の能力を高める努力をしなさい。君は曽根のおまけじゃないんだよ?」


少し厳しすぎたか?とも思ったが言いたいことを全て言った。柳が自信を持って投げられれば間違いなくチームを背負って立つエースになれると思ったからだった。


「確かに…なんか監督の話聞いてるうちに知らずしらずのうちに言い訳してたんだな俺って思いました。今どうこう悩んだって状況が変わるわけ無いし、達也に対してもっと申し訳ないなって思いました!監督。すいません。エースの俺がこんなんじゃダメですね!もっとやれることいっぱいありますもんね!シャアッ!頑張ります!!」


最後に頭を少し下げてブルペンを後にした。少しは響いてくれたかな?と思いホッとした。気づかないうちに手には汗をかいていた。監督として初めて選手に思いをぶつけた瞬間だった。少しだけ手応えを感じたが同時に難しい仕事を引き受けたんだとも感じた出来事だった。



昼食を終え、午後の練習が始まった。午後は室内練習場で一人ずつマシン打撃を行い、その他の選手は屋外の雪が消え始めているレフト付近のポジションで外野ノックから中継プレーの練習を行う。神室がノッカーを行い、外野手が捕球したあと、中継の内野手を介して、捕手まで返球する。一時間半程行い、全ての選手が室内での打撃練習が終わった後は2時間ほどバッテリー、内野、外野のそれぞれの班に別れて自由に補強練習を行う流れだ。


補強練習に入る前の30分間の休憩の際にスタッフルームに戻ると米倉がコーヒーをいれてくれていた。3月とはいえまだまだ寒さの残る東北の気候のなかでの屋外練習は心底堪える。その途中に飲むコーヒーは格別だった。


「大分動きが戻ってきましたかね?」


米倉が訪ねた。


「どうでしょう。まだスパイクを履いてグラウンドで練習ができてませんから。けどみんな良く頑張ってますよ!」


「遠征までにできるだけ感を取り戻してほしいですからね。」


「天気もありますから焦っても仕方ないです。今できることを一生懸命にやっていきましょう!」


コーヒーを飲み終えるとまた選手たちのもとに向かった。


室内練習場に入るとブルペンに入る二人の選手がいた。曽根と一年生投手の東峰虎太郎(とうみね こたろう)だった。東峰の投球は一度だけ見たことがあるが、柳とは対称的な変化球主体の軟投派というイメージだった。


ブルペンの後のベンチに腰掛け投球練習を見守った。大きく縦に割れるカーブが印象的だ。


「この子の持ち球はなにがあるの?」


ネット越しから曽根に訪ねた。


「試合での使えるのは真っすぐとカーブとスライダーですかね。冬の間にもう一つ落ちる系のボールをと思ってチェンジアップも練習したんですけど…いまいちものにできなくて。あんまり考えさせてもと思ったので本人と相談して今ある球種を磨いていこうってなりました。」


「そうなんだ。チェンジアップはなにがダメだった?」


「なんかいまいちボールの勢いが殺せないんですよ。だから真っすぐとの緩急がいまいちつかなくて…もともとスピードのあるタイプじゃないので棒球みたいな感じになることが多かったです。」


「なるほど。他の球種は試した?」


「いえ、この冬はそれだけです。」


「そうか。分かったありがとう!」


曽根との話を終え東峰の元へ向かった。曽根のミットに向け黙々と投げ続ける東峰をマウンドの少し後からみた。まだ線が細く下半身の安定感が足りない印象だったが柔らかい手首の使い方をしており、コントロールも天性のものを持っているようだった。


「東峰、フォーク投げたことあるか?」


「フォーク?いや、遊びでちょっと挟んで投げたりはしたことありますけど練習や、試合ではないです。」


「ちょっと投げてみないか?」


「え!?いや〜フォークなんて僕には無理ですよ。狙ったとこに投げられる気がしなくて。」


東峰は明らかに困った表情を見せた。


「スッポ抜けるのが恐い?」


「はい。どうしてもそういうイメージがあります。チェンジアップの時は逆に地面に叩きつけそうな怖さがあってダメでした。」


チェンジアップを投げたときの感覚まで話してくれたことでなんとなく東峰の投球が見えそうな気がした。


「そうか…それじゃあカーブとスライダーはどう投げてる?」


「カーブは中指に縫い目をかけて指一本で切るように投げてます。スライダーは縫い目を人差し指と中指で挟むように握ってなるべくストレート同じぐらい腕を振るイメージで投げてます。」


「なるほどね。う〜ん。多分なんだけど東峰は抜くタイプの変化球を投げる感覚がわからないのかもね!」


「あぁ確かに…矢作監督と変化球を抜くイメージで投げるようにって指導されたこともありましたけどいまいち良くわからなくて…」


「そうか。まぁそれは気にしなくて良いしこの先も別に抜く意識を持つ必要はないよ。変化球はボールの回転を変えることで変化させるけど回転の向きだけじゃなく回転数を変えることでも軌道は変わるんだ。抜くって言うのは、なるべく指のかかりで加わる回転を抑えて投げるってイメージの隠語なんだけど人には向き不向きもあるからね。それが苦手なら無理にやる必要はないし、いまからやっても今シーズンには間に合うか分からない。だから自分の得意なところを伸ばせば良いよ。それでなんだけどね、さっきフォークを投げるとスッポ抜けるのが恐いって言ったよな?だったら挟む指の幅をもう少し狭めて、ストレートよりちょっと広いぐらいで握って一度投げてごらん?握り以外はストレートと一緒でいいからさ!」


「分かりました。曽根さん!行きます!」


首をかしげボールの握りを確かめながら曽根に声をかけ投球動作に入った。


ビュッっと勢いよく腕を振り東峰が投げたボールはストライクゾーンの真ん中低めに行ったが曽根がボールを弾いた。


曽根が驚いたように興奮して言った!


「今のボール何!?ちょっと沈んだ感じがしたぞ!!」


東峰が驚いた表情で神室の方を振り返った。


「どんな感じだった?」


神室は少し笑いを含め訪ねた。


「いや、自分ではストレートの意識で投げたんですけど予想してた球筋と違うボールがいきました…」


「いいね!握りの幅を広くしたことでいつものストレートより回転数が落ちたから沈むような軌道になったんだよ。いわゆるスプリットってやつだな!」


「スプリット…へぇ!!」


東峰は目を輝かせた。


「まだストレートが少し沈む程度だからスプリットと呼ぶには早いけどもう少し握りの幅を広げて腕をしっかり振れれば立派な持ち球として使えるようになるかもな!それにこれならフォーク程抜けるこわさがないだろ?」


「はい!なんかよくわからないけどイケる感じがしました!監督!ありがとうございます!」


「この程度で喜んでちゃダメだよ。今みたいに自分の投球はどういうものかってのを自分自身で把握しないといけないよ?不得意な事を闇雲に挑戦していても成果が出るのに時間がかかってしまうからね。得意な事と不得意な事を分かった上で自分の成長のベクトルを決めて行かないとな!」


「すごく勉強になります!ほんとにありがとうございました!曽根さん!もう一球いいですか?」


楽しそうに投球を再開する東峰を見て、神室も嬉しくなった。


少しずつではあるが選手達との距離も縮まり初め、関東遠征に向けて順調な調整が続いていた。






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