第7話 指導、始動

米倉との話を終えた後、一週間程の間で正式な雇用の契約など様々な手続きを終えた。そして、緊急のミーティングという場を設けてもらい、選手達に就任の挨拶をすることになった。


学校内のある教室に集まっている選手達のもとに米倉、顧問の和田とともに向かった。


教室のドアを開け中に入ると制服姿の選手達が姿勢良く座っていた。


「前々から話はしていたが本日から新たな監督さんを迎える事になった。お前たちには不安な日々を過ごさせてしまったがこれからは新監督のもとでのびのびやっていってもらえると思う!それではお願いします。」


米倉に促され挨拶のために教壇に登った。


「皆さん!只今ご紹介に預かりました。本日からこの野球部で監督を務めさせてもらうことになった神室賢治です。指導の経験はありませんが野球には大学まで携わっていたのでその経験をみんなに伝えていって、みんなの成長のお手伝いができればって思ってます!未熟者ですがこれからよろしくお願いします!」


パチパチと拍手のあとキャプテンの曽根が号令をかけた。


「全員起立!よろしくお願いします!!」


「シャスッッ!!」


全員が声を合わせ頭を下げた。


「ありがとう!みんな座って下さい。いきなりなんだけどみんなにお願いがあります。これから監督としてみんなと関わっていくにあたってまだみんなの事を知らなすぎます。それで、君たちとの距離を縮めて行くためにもちょっとしたアンケートをしてもらいたい。内容は個人の目標、課題、自分が思うチームとしての目標、課題といった感じです。あまり考えすぎず正直に書いてくれると嬉しいな。」


米倉が選手達に神室が事前に作成していたアンケート用紙を配った。15分程で選手達はアンケートを記入し終えた。米倉が用紙を回収し次の話に移る事にした。


「みんな協力ありがとう。それで早速具体的な話なんだけど、練習の内容についてだけど、当分は君達が今まで取り組んできた練習メニューを継続して行こうと思っています。いきなりメニューを変えたところでみんなのリズムが崩れてしまっては意味がないし、能力を把握しきれていない状況だから根拠がないしね。キャプテン!どうだい?」


「はい。それで良いと思います!ですが監督もあまり遠慮せずに足りないと思ったところがあったら指摘してほしいです!」


曽根が元気良く答えた。


「もちろんそのつもりだよ。今のチームは君たちが矢作監督や先輩達と作ってきたチームだしその点は大事にしたほうがメリットが大きいだろうしね。けれど、気になるところはバンバン言っていくつもりだからよろしくな!」


米倉が話始めた。


「それで、いきなりなんだがそろそろ3月になると言うことで毎年恒例の関東遠征ももうすぐだよな。そこでは練習試合も4試合組んでいる。試合はどうしますか?監督?」


「はい。遠征中の試合は基本的に僕はサインを出したり直接試合に口出しはしないつもりです。まずは試合で君たちの能力を確認したい。まだ雪が残る中では確認できない部分を、土の上で試合をする中でみてみたいからね!けど4試合もあると言うことで最後の1試合は前の試合で見えた課題を意識させられるような采配をふるってみたいなとも思ってます。」


米倉が頷きながら聞き、話が終わったタイミングで選手達に訪ねた。


「お前達はどうだ?」


うんうんと選手たちも頷いた。


「それじゃあその方向で!とりあえずは関東遠征でしっかり感を取り戻せるよう身体と気持ちの準備をしていきましょう!」


「はい!」


選手達は声を揃えて返事をした。その日は練習は行わずに解散した。


「監督!」


教室を出ようとすると米倉に呼び止められた。


「こちら、お渡ししておきますね!」


米倉が紙袋を渡してきた。


「あぁ…ありがとうございます!」


中を見るとビニールに包まれた新品のユニフォームと防止、アンダーストッキング、練習用のアップシャツが入っていた。


「お渡しするタイミングがなかなかなくて…とりあえずはこれで監督としての自覚を確認していただければと思います!」


米倉が笑いながら言った。


学校を後にし自宅へ戻り、母親に送ってもらい雄大の店に向かった。この日、監督に就任したことを伝えるとお祝いの場を設けてくれるとの事だった。店に着くと昼間とはまた違った居酒屋としての賑やかな雰囲気だった。


「おう座れ座れ!」


すでにビールを飲んだと思われる空のジョッキが雄大の前に置かれていた。


「仕事はいいのかよ!」


コートをハンガーにかけながら雄大に言った。


「今日はかぁちゃんにまかしてるから良いんだよ!それにしても賢治が監督かぁ!俄然秀桜を応援しなくちゃな!」


「ありがとう!期待に答えられるように頑張るわ。よくよく考えると俺より雄大のほうが適任なんじゃないかとも思うけどな。」


「バカ野郎!俺はこの店守るのに必死なんだよ!ガキの面倒見てる場合じゃないんだよ!」


機嫌が良さそうに笑って言った。


「けどさ、もし雄大に時間があるなら練習見に来て手伝ってくれないか?今までは前の監督の息子さんがコーチをしてくれてたみたいなんだけど監督と一緒に北海道に移っちゃったみたいでさ。ただでさえ指導の経験がない俺が全ての選手をカバーするのはちょっと無理があるなってのは感じてんだよ。」


「俺がか?高校卒業してからは草野球ぐらいしかしてないぜ?大学でやってたお前とは違うよ?まぁ草野球ではバリバリ現役だけどな!」


雄大は高校まで神室と共に野球をやっていた。神室は学生時代は主に投手をしていたが中学から高校まで神室とバッテリーを組んでいたのは雄大だった。中学、高校と主将も務めていた雄大は仲間からの信頼の厚い良い主将だった。監督の話をもらってから兼ねてから雄大に協力を仰ぐことは考えていた事だったがこの機会に打診してみることにした。


「まぁ毎日ってのは無理だからたまに見に行く程度ならいいけどよ!」


酒が入り気分が良いことも影響したのかは定かではないが快く応じてくれた。


「ホントか!?助かるよ!それじゃあ練習に来れそうな時は連絡してくれ!基本的に平日は学校終わりの16時から、土日はだいたい9時からやってるからさ!」


「おう!」


焼酎の水割りをカラカラとかき混ぜながら答えた。


思いがけないサポート役を手に入れ神室も上機嫌となり、その後は他愛もない昔話などをしながらダラダラと二人で酒を飲んだ。


いよいよ神室率いる秀桜学園硬式野球部が始動することとなった。

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