第6話 神室賢治

一度自宅へ戻りクリーニングに出してからビニールが被ったままのスーツをクローゼットから取り出し着替えた。ついこの間までは毎日着ていたものなのにえらく久しぶりな気がした。紺色にグレーの斜めストライプが入ったネクタイをなんとなくで選び、車に乗り込み、約束の16時に間に合うように家をでた。場所は盛岡市のほぼ中心部にある秀桜学園の校舎だった。


道が空いていたこともあり約束の時間より早く学校に着いた。近くのコンビニで缶コーヒーを買い、タバコを一本吸い心を落ち着けた。今思うと、大事な仕事の前や緊張した時のルーティーンになっていた。


一服を終えると校舎の正面入口のすぐ横にある警備室に行き米倉と会うことを伝えると、警備員は一本電話をかけすぐに切ると中央の校舎を三階まで上がったところにある応接室に向かうよう言われた。


言われるがまま校舎を進むと授業を終えた生徒たちがチラホラと見受けられ部活動に励んでいる姿や、教室で勉強をしている姿がありなんだか新鮮だった。


階段で三階に上がるとすぐに応接室があった。ノックをすると中から米倉の声がした。


「はぁい!どうぞ〜!」


ドアを開けると黒革のソファーが机を挟んで2つ置かれたいかにもという応接室にスーツに身を包んだ米倉が座っていた。


「失礼します!」


なんだか就職活動中の面接を思い出してまた少し緊張してしまったが米倉の向かい側のソファーに腰かけた。


「連日お時間を取っていただきまして申し訳ありません。」


「いえいえ、無茶なお願いをしているのはこちらの方ですから。それで、考えていただけたでしょうか…」


米倉が申し訳なさげに訪ねた。


「はい。結論から言いますと私としては是非お引き受けしたいと考えております…。」


「本当ですか!それはありがたい!」


米倉の表情が一気に明るくなった。このまま一気に話が進んでしまいそうな雰囲気察して神室は間を開けずに話した。


「ですが一つお話をして置かなければならない事がありまして。その話を聞いて頂いた上で本当に私にご依頼いただけるのかを判断していただきたいのですが…よろしいでしょうか。」


「はぁ…それでどういったお話なのでしょう?」


神室は以前の会社での自分の仕事内容や、退職に至った経緯をできる限り細かく正確に、嘘偽りなく全てを米倉に話した。


米倉はそれを黙って聞いていた。話しが終わったあとふぅと一つ息を吐いてまっすぐ神室の方をみた。そして話を始めた。


「そうでしたか。そのような事があったとは…神室さんもさぞ辛かったでしょうな。そんな状況とはつゆ知らず、一方的に話をすすめてしまったことをお許しいただきたい。しかし、私としては神室さんの行動のどこに問題があるのか分かりません。現代社会の風潮はそれなりには分かりますが、神室さんのお話をただ信じるのならば今回の被害者はむしろあなたのほうでしょう?相手方のお話を聞いてみないことには事の全容を判断するのは難しいでしょうが私があなたの立場であれば間違いなく同じ行動をしたでしょう。ただ、私はただでやめたりせず徹底的に相手と戦いますがね。まぁ会社への感謝や愛情が神室さんにあったがゆえのご退職だったのでしよう。そういう決断ができる方というのを知ることができて私はよりあなたにお願いできればと思いますがいかがでしょうか。」


「え!?私で本当によろしいのですか?」


思いがけない米倉の言葉を聞いて今日竹子に言われた言葉を思い出した。人の内面をみて判断してくれる世界の住人…。


「えぇ是非ともお願いしたいと思います!」


神室のなかで全ての不安や迷いが消えた。


「謹んでお受けいたします。いかんせん未熟者てすのでご迷惑をおかけすることも少なくないでしょうが選手達の為に全力で取り組ませていただきます!どうぞよろしくお願いいたします。」


「本当にありがとうございます!こちらこそよろしくお願いいたします!神室監督!」


米倉とガッチリと握手を交わし、話は終わった。かくして神室賢治は秀桜学園硬式野球部監督となることとなったのだった。




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