第4話 秀桜学園高校 硬式野球部

盛岡市の中心部に位置する校舎から車で約15分程のところに秀桜学園野球部の専用グラウンドがある。神室が在学していた頃と変わらないグラウンドであるが、当時はなかった室内練習場がグラウンドの脇に建っていた。


「へぇ~立派な室内練習場じゃん!設備面は恵まれてるんだな!」


自分がいた頃にはなかった室内練習場を羨ましく思いながらバックネット裏にあるプレハブのドアをノックした。


「どうぞ!」


中から米倉の威勢のいい声が聞こえてきた。ドアを開け中に入ると暖房で温まった心地いい空気に包まれた。


「おはようございます神室さん!お待ちしてましたよ!あ!こちら顧問の和田先生です。」


四角いテーブルに3人掛けのソファーが向かい合う形で置かれたプレハブの中で米倉と向かい合って座っていた小柄で眼鏡をかけた男性が立ち上がりこちらに向かって頭を下げた。


「はじめまして。私顧問の和田と申します。米倉さんからお話は伺っておりました!今日はゆっくり見ていって下さい。」


米倉と比べると随分物腰の柔らかい印象の和田に少し安心感を覚えた。


「神室と申します。本日はお招きいただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。」


「神室さん!とりあえずお掛けになって下さい!」


米倉に手招きされソファーに腰かけ、出されたインスタントコーヒーを一口飲んだ。


「選手達は今室内の方でアップを取らせてます。本格的な練習に入るまで少し時間があるのでうちの選手達の事前情報をまとめてますので軽く目を通してみて下さい。」


米倉からA4のプリントが3枚ホッチキスで止められた資料を渡された。中には新チームになってからのチーム成績、選手の名前と学年、ポジションや新人戦での背番号などが細かくまとめられていた。2年生11名、1年生14名の計25名 うちマネージャーが2名。秋の戦績は盛岡地区大会1勝2敗で敗退。新チーム始動の練習試合を含めた通算成績は9勝9敗。


「成績は悪くなさそうなチームですね。」


プリントの1枚目のみを確認してそう言葉が漏れた。


「えぇ。しかし選手たちの個々の能力は悪くないのでもう少し勝ててもおかしくないと思うんですよ。ですがなんともムラがあるチームでして…格下の相手には危なげなく勝つんですが同格かそれ以上の相手になると途端に勝負弱くなってしまって…」


「はぁ…まぁそのあたりは高校生ですからね。メンタル面が顕著にプレーに出ることもあるんじゃないでしょうか。」


「名門校との差は案外実力よりもそういうところかもせれませんな!」


米倉が開き直ったように言って立ち上がった。


「そろそろ選手たちのところへ行きましょうか!」


米倉、和田の後について室内練習場へ向かった。


室内練習場は2重扉になっており中に入ると左側にブルペン、その右横には軽い内野ノックができそうな位のスペースがありそこに選手達が円陣を組んで待っていた。


「おはようございます!!」

「シャスッッ!!」


キャプテンらしき選手の挨拶に続き選手達の元気の良い挨拶が室内に響き渡った。その瞬間背筋がピンッと伸びるような感覚があり一気に緊張が走った。


米倉が選手達に向け軽く紹介をしてくれた。


「こちらはうちの前身の秀桜高校のOBの神室さんだ。今日は訳あって練習を見学してもらうことになった!お前らはなにも気にしなくていいのでいつも通り練習に取り組むように!」


「はい!」元気よく揃った返事で選手達は答えた。


その後、室内練習場、グラウンド、プルペンへと選手達は散っていった。どうやらポジション毎に別れて練習を行うらしい。


神室はまずブルペンで投球練習を始めたバッテリーを見学することにした。キャッチャーの後ろのネット越しから投球を見ることにした。


「少し見ていっても良いかい?」


キャッチャーに声をかける。


「どうぞ!僕はキャプテンの曽根達也(そね たつや)です!それで今から投げるのがエースの柳健世(やなぎ けんせい)です!」


曽根に言われピッチャーに目をやるとペコリと頭を下げ投球練習を開始した。


パァン!!パァン!!


「ナイスボール!!」


小気味良い捕球音と曽根の元気の良い声が響く。柳は右のオーバーハンドで見るところによるとややクロスステップするクセがあるものの回転の効いた良いストレートを投じていた。球速は130キロ前後と言ったところだろうか。まぁこの寒さが厳しい時期を考えれば夏にはもう少しスピードが出てくるかもしれない。変化球はスライダー、チェンジアップが目についた。どちらもオーソドックスな変化だがしっかり捕手の構えたところ付近に投げられている。


「柳君だっけ?いい投手じゃないか!」


ついついネット越しの曽根に話しかけてしまった。それに対し曽根は投手の方をまっすぐ見てミットを構えたまま話始めた。


「そうでしょ!健世とは小学校からバッテリー組んでるんですよ!シニアの時は一応東北大会までいきました!」


パシィンッッ!!柳の投球を受けながら話を続けた。


「いい球持ってるしコントロールも悪くないのに…気持ちの面が少し…。」


少し残念そうに話のトーンを落とした。


「そうか…センスも実績もあるのにな…まぁメンタルに課題のある投手は少なくないからもっともっと試合で結果を出して行けばおのずと改善してくるんじゃないかな?」


「試合で結果を出せれば…ね。」


パァンッッ


「ナイスボール!!いい感じたよ!!」


明らかに何かを言いたげに呟いてホームベース上の土を払いまたストンと腰を落とした。


「ありがとう!!邪魔したね!俺の事は気にせず続けてくれ。」


もう少し話を聞きたい気持ちがあったがとりあえずブルペンを後にした。


そのまま内野陣がノックを行っているの方へ移動した。


「もっと前っ!!足を止めるな!待って取ろうとするからはじくんだぞ!!」


ノッカーを務めているのは選手のようだった。180センチ程はありそうな身長とガッシリとしたパワフルな身体つきをしており威勢の良い激を飛ばしている。ノッカーの選手の少し後ろに陣取りノックを見学した。


「少し見ていくけど気にしなくていいからね。」


「はい!あ!俺は2年の藤原涼駕(ふじわら りょうが)です!ポジションはサードで副キャプテンやってます!」


「よろしくね!君はノックを受けなくていいのかい?」


「受けたいのは山々なんですけどノッカーできるやつがいないので…健世が投げ終わったら曽根に打ってもらって少し受けてます。」


消化不良と言わんばかりの表情で再びノックを続けようとする姿をみて自然に言葉が出た。


「俺で良ければ打とうか?」


「いいんですか!?是非お願いします!」


藤原はすぐさま振り返って嬉しそうに答えた。なんとも純粋な目だった。


「大学の時は良くやってたんだよ。10年ぶりだけどな。」


「よろしくお願いします!」


すぐさまベンチへ駆け出しグラブを持って肩を回しながら内野陣に合流し元気に声を出し始めた藤原をみて俄然やる気が出た。


「それじゃあいくよ!」


室内練習場とはいえ屋外に比べると狭さを感じざるをえない空間でのノックは窮屈に感じ、少し難しかったがなんとかゴロの打球を打つことができた。淡々とノックを打ちつつも選手の動きをみる。ややぎこちない動きの選手も数名いるが基礎はしっかりと出来ている印象を受けた。その中で目立つ動きの選手を2人見つけた。一人は先程ノッカーをしていた藤原だ。大柄な体型ながら打球に対する一歩目の動き出しが早く、ややグラブさばきに粗さは見られたがしっかりと捕球しやすいバウンドでゴロを処理できている。もう一人は藤原と比べると小柄であり線も細いが、なめらかなグラブさばきとスローイングまでのスムーズな動作が印象的な選手だった。後に資料を確認し1年生の浅沼海琉(あさぬま 

かいる)という選手のようだった。


「藤原君!申し訳ないんだが少し屋外の子たちの練習を見に行きたいからまたノッカーを代わってくれないか!」


30分ほどだろうか。ノックを打ち続けていたが息が上がった。月に1、2回草野球をする程度で明らかに運動不足の身体には答える運動だった。


「ありがとうございました!久しぶりにみんなに混じってノック受けれて楽しかったです!」藤原は爽やかに答え神室からノックバットを受け取った。


首すじを汗が伝うのを感じながらベンチコートを脇に抱え外のグラウンドに出た選手のもとに向かうことにした。


室内練習場をでると火照った体にはなんとも心地良い冷気に包まれたがすぐに身体が冷える感じがしてベンチコートを着た。


ライトの守備位置付近ではグランドコートを着て長靴を履いた選手達が雪の上で小さなラグビーボールのようなもので送球の練習をしていた。


邪魔にならないように雪の上を進み選手達に近づくと一人の選手に声をかけられた。


「しゃす!自分は2年生の羽上 香(はがみ こう)です。副キャプテンで外野班のリーダーです!」


「よろしく!それより面白い練習してるんだね。送球の練習?」


「はい!普通のボール使いたいんですけどボールが濡れちゃうし室内だと長い距離の送球できないから…けどこのボールだとしっかりした腕のふりじゃないとまっすぐ飛ばないし身体使った送球の確認にはいいんですよ!」


「ちゃんと考えて練習してるんだね!そういえば今の練習メニューは誰が考えてるの?」


「基本的には矢作監督…あぁ、前の監督さんの時にやってたメニューですけどその日何をするのかとか時間の割り振りはキャプテンの曽根と副キャプテンの藤原と自分が相談して決めてます。」


「そうなんだ。けどみんな良くまとまってて君たちが信頼されてるのが良く分かるよ。」


「初めは全然でしたけど…監督がいなくなって皆動揺してたのもあるかもですが気持ちも緩みまくってました。けど貴重な冬の基礎練習で他のチームと差がつくのも嫌だったんで何回もミーティングしてやっと皆集中して練習するようになりました。」


「そりゃそうだよな。けどチームに取ってはこの経験はプラスになるんじゃないか?特に君たちキャプテン、副キャプテンは大変な分得るものも大きいだろう?」


「はい。監督がいない分自分達がしっかりしなきゃと思ってやってます。」


「そうだね!頑張れ!おっと。話混んでしまったね。悪かった。練習に戻らないと!」


「いえ!それじゃ戻らせてもらいます!」


ペコリと頭を下げ戻っていった。


その後も一通りバッティング練習などを見学し正午を回ったところで練習が終了した。選手がダウンを始めたところでスタッフルームに戻った。


「神室さん!今日は寒い中お疲れ様でした。コーヒーでも飲んでって下さい!」


米倉と和田が座っているソファに神室も腰かけた。


「それでどうでしたか?選手たちは。」


和田が不安そうに聞いてきた。


「はい。とても良いチームだと感じました。キャプテンを中心に監督がいない中でも雰囲気良く練習に取り組んでますし。それに選手個々のレベルも決して低くないと思います。最近の高校野球のレベルが上がっているのは知っていますがそれでももう少し勝ち上がってもおかしくないと思いますが…。」


今日感じた事を素直に話した。


「私もそう思うんですがね。どうも…やっぱり精神面が影響してるのか…」米倉が話始めすぐに吃った。


「ともかく。もし神室さんがよろしければ是非良い返事をいただければと思いますのでご連絡お待ちしています。」


「はい。しっかり考えてお返事させていただきます。」


そう言ってこの日はグラウンドを後にした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る