第3話 思いがけない仕事

「次の方どうぞ。」


「よろしくお願いします。」

職業安定所にやってきた神室は所定の登録をすませ求人検索用のパソコンで営業の仕事を中心に検索し相談窓口に向かった。


窓口では痩せ型の中年男性が担当してくれた。


「前職は文具メーカーの営業ですか。こちらでも営業の求人自体はそれなりに数はありますし十分な経験をお持ちのようですのでお仕事は見つかるかと思いますよ。しかしねぇ…」


「しかし…なんでしょう?」


「ある程度お分かりかと思いますが東京と同等の給与は難しいですよ。」


「いや、それは分かっているつもりなのでとりあえずはこの条件でいくつか申し込んでみようと思います。ありがとうございました。」


担当の男性の言葉で少し安心し席を立とうとした時だった。


「あの!神室さん!すいませんがもう少しお時間いただけませんか?」


担当の男性に呼び止められた。


「えぇ構いませんよ。無職の暇人なもので。」


仕事が見つかりそうな安心からか皮肉が口をついて出てしまった。


「神室さんは秀桜高校のご出身でいらっしゃるようですね。それに大学まで野球をされていたと…」


「はい。大学では一年生までは選手でしたがレベルについていけなくて学生コーチというかマネージャーみたいな事をしていただけですが。就職の時の箔がついたらと思って部に置いてもらってました。」


「そうですか。でしたら…これは私個人からの紹介のようなものなんですが、こちらの連絡先に電話してみていただけないでしょうか。私の友人なんですがすぐに働ける人を探しているらしく、条件が野球経験者でできれば秀桜の出身者ということで…詳しくは話せないとの事で私もどんな内容の話かはよくわからないので失礼とは思いますが…良ければ話だけでも聞いてやってくれませんか?」


「はぁ…」


渡された名刺に目をやると

秀桜学園高等部 事務部長 米倉 利治


「秀桜学園?あぁそういえば何年か前に共学化して校名が変わったとかなんとか言ってましたね。」


「そうなんですよ。男子校として歴史のある学校だったんですけどね。少子化で男子のみの学校経営が難しかったんでしょうね。」


「でしょうね…。まぁとにかく後で連絡してみます。今日はありがとうございました。」


「いえ、こちらこそ。頑張って良いお仕事を見つけて下さいね。」


職業安定所を後にして母親から借りた車で実家に戻る途中コンビニに立ち寄りタバコと弁当、缶コーヒーを買い車に戻った。車内でテレビを観ながら弁当を食べている時にさっきの名刺が気になった。


「良くわからないけど時間は無限にあるしちょっと連絡してみるか。」


名刺には学校の電話番号と本人のものと思われる携帯番号が記載されていたが、学校に直接電話をした時に今の自分の立場をどう名乗るべきか分からず携帯番号に電話をしてみることにした。


「はい。米倉ですが。」


「もしもし。お忙しいところ申し訳ございません。突然なのですが私今日職業安定所のほうでこちらの御名刺をいただきましてご連絡をさせていただきました神室というものなのですが…」


「あー!ハローワークの山口さんから!私の方にも山口さんから連絡をいただきましたよ!わざわざすいませんね!電話お待ちしていましたよ。」


「そうでしたか。すぐに連絡できず申し訳ありません。それで早速で恐縮なのですがどういったお話なのでしょうか?」


「はははっ!そうですよね!詳細がお伝えできずこちらこそ申し訳ありませんでした!しかしですね、できれば直接お会いしてお話をさせていただければと思うのですが、近々お時間とれたりしますかね?」


「私は今無職の身ですのでいつでもと言えばいつでも…」


「本当ですか!でしたら今日の夜などどうですか?」


「私は構いませんが…」


「ありがとうございます!そうしたら今日の19時に盛岡駅前の〇〇という居酒屋でどうでしょうか?」


「了解しました。それでは伺わせていただきます。」


トントン拍子で会う事になってしまったがまぁすることもないしいいだろうと思い車で実家に戻った。


その日の夜、母親に盛岡駅まで送ってもらい指定された居酒屋に到着した。予定より20分程早く着いたため周囲を散策しようと考えたがあまりの寒さに店に入る事にした。店頭で米倉さんの名前を伝えると掘りごたつ式の半個室に通された。しばらく待っていると足音が近づいてきた。


「これはこれは神室さん!お待たせしてしまい申し訳ない!」スーツにダウンコートを羽織った大柄の男性が現れた。


「いえいえ。こちらこそ早く着きすぎてしまいまして。」


「突然のお誘いに応じてくださってありがとうございました!まぁそう堅苦しくならずにリラックスしてくださいな!何飲みます?」


ダウンコートをハンガーにかけるとどっかりと席に座りおしぼりで顔と手を拭きながら話を進めてくるなんとも豪快なイメージの人だった。


「それじゃあ生ビールで。」


「今日は私が持ちますので何でも好きな物をどうぞ!」


適当に食事を注文しお互いビールで乾杯する事となった。他愛もない話を少しした後に昼間の電話と同じことを聞いてみた。


「それで仕事の話と伺ったんですがどのような内容なんでしょうか?」


「そうですな!そろそろ本題と行きましょうか。率直に申しますと今回神室さんにお願いしたい仕事は本校の硬式野球部の監督です。」


「え?監督?私がですか?」


「驚きますよね突然こんな話。なのでもし他に仕事が決まっていないならというお話です。それに神室さんには監督と合わせて野球部の寮の管理人も兼任してほしいと思っています。」


「りょっ寮の管理人も!?いやーでも野球部の外部監督ってもっと経験のある人に学校が直接声をかけて引っ張ってくるイメージなんですがハローワークで募集してるんですか?」


「おっしゃる通り!本来はそういう形が多いようですね。しかし有名な人材と言いましてもある程度の条件を提示できなければまず来てくれません。またうちの学校の厄介なところなんですが神室さんもうちのOBならなんとなく分かるでしょうが、校名が変わったとはいえ本校は県内でも有数の歴史がある学校です。できる限り本校の卒業生をと理事会から圧のようなものがありましてね。」


「はぁ、しかし僕は指導者の経験は全くありませんし他にもやってくれそうなOBはたくさんいそうなもんですがね。」


「私も初めはそう思っていたんですがね…なかなか首を縦に降ってくれる人がいなくて…無理もないですがね。ノウハウもなくいきなり高校野球の監督なんてリスクが大きすぎる。」


米倉は大きなため息をつき話を続けた。


「それにね、今の岩手県の高校野球の状況はお分かりですか?」


「いえ、詳しくは。東京に出て長かったもので…ただ昔と比べると甲子園での成績は上がりましたよね。」


「そうなんです。その要因が岩手が全国に誇る2校の強豪の存在でして…」


「花巻中央高校と盛岡聖皇学院ですか…」


「良くお分かりで。もはや岩手県はあの2校の完全2強です。県内の中学生の憧れでもあるので有望な選手はほぼうちのような中堅私立校には来てくれません。外部監督ということで当然結果も求めていただかなくてはいけませんがあの2校の存在がある中ではなかなか難しい事です。それにある程度成績の良い子は公立高校に進学しますからね。この状況なのでなかなか引き受けてくれる方が…」


「そうなんですね…けど私がいた頃に比べると大分強くなったみたいですよね。むこうにいてもたまに岩手の予選の状況はネットでみたりしていましたので。」


「えぇ。前任の監督の矢作さんという方が時間をかけて少しずつ…厳しい環境の中で立て直してくれました。このまま指導を続けてほしかったのですが、どうやら奥様のご実家の事情で北海道に引っ越す事になってしまったようで…。秋の新人戦を最後に退任されてしまって…」


「そうでしたか…それで今選手達は?」


「今は私と顧問の先生でみていますがどちらも野球経験者といえる程ではないので…選手達が自分達で考えて練習をしています。しかし後一ヶ月もしたら練習試合も解禁になります。全く試合をしないわけにも行きませんが、私達では流石に試合での指揮はとれません…選手もプレーに集中できないでしょうし…」


「そうですね…しかし私に勤まるでしょうか…」


「とにかく!今度一度練習を見にきてみませんか?選手達も紹介しますので!」


「う〜ん。そうですね。それでは一度お邪魔してみます。」



「本当ですか!それでは明後日の土曜日などどうでしょうか?」


「分かりました!では明後日伺います!」



そうして、練習を見学する約束を取り付け米倉と別れた。


正直まだ全くイメージはできていないが米倉の話をきいてその場で断る事はできなかった。とにかく母校の後輩達の様子を見てみることにした。








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