第19話「JKがバレバレ」

 地獄のように辛く、地獄のように苦かったマーボー茄子を平らげた後、シャワーを浴びて汗を流した。お風呂上がりの久遠はどこか色っぽくてちょっとアレで髪が乾くまでは直視できなかった。


 うん、あと一緒には入ってないから期待も憤怒もしないでくれ。俺も久遠も貞操と常識は理解してるからな。


 そう簡単に女の子の肌は見れない。って初日にキスまでした―—というか、厳密に言えばされただけなんだが、どちらにせよ俺が言ってもあまり説得力がないか。とはいえ、俺たちはまだピュアだということを理解してもらいたい。


「にしても、もう……1カ月経ったんですね」


 ソファーに座る俺の隣に座った久遠がボソッと呟いた。


「ん、あぁ……そうだな」


「いやぁ、延命しました」


「ほんとな。というか、高校の方は大丈夫なのか?」


 少し不謹慎にも聞こえたがそこでいちいち触れるのも何か違う気がして聞き返す。


「————高校ですか? とりあえず大丈夫です」


 少しだけ間が開いた。

 ふと気になって隣を向くと神妙な顔で俯く彼女。なんとも言えない表情に俺は口を噤んだ。


「別に……その。そこまで深刻じゃないですよ?」


「……そうか、大丈夫か」


「はいっ、全然です!」


 にへらと笑みを浮かべる久遠を見て思わず抱きしめたくなる。ただ、ここでそれは違うとこぶしを握って俺は目を見て言った。


「って簡単には言えないな」


「えっ」


「いや、これはほんとに関係ないけど親父の言いつけでな」


「……お父さんのですか?」


「まぁそうだが。でも、お父さんのって、久遠はいつから俺の嫁なんだ?」


「うっ——別にそう言うつもりじゃっ! ない……で、s……ぅけど」


「あはははっ……冗談だって」


「もうっ! やめてください!」


 うぅと小さな声で唸る久遠を見て俺はクスリと笑ってしまった。とまあ、こんな感じでじゃれ合えるところを見るとそこまで問題はないのかもしれない。


 ただ、でも俺は安心してはいけないと言われたのだ。


「まぁでも、ほんとに何とかなっているのは嬉しい。無責任かもだけど、俺は久遠とは高校も違うし、久遠の高校は女子高だし内情もよく分からないから助けた癖に何も言えない。それは本当に悪いと思ってるんだ」


 切り替えると久遠のほうも聞き入ってくれた。


「別に私は……迷惑とか思ってませんよ? たとえ、義隆君が私の高校で何もできなくても」


「ほんとか?」


「嘘だと思いますか?」


「……そんなわけ」


「なら、そうです。私は今でも感謝してます。その……路頭に迷っていた私を拾ってくれただけでも。こうして楽しく暮らしているのは確かですし、高校ではそれはもう微妙な立ち位置ですけど酷いことはされてません」


「……たまたまだよ。偶然家が一緒で、あの時間に帰っていて」


「偶然でもです。あんなこと、きっと義隆君にしか言えません」


「っ——そ、それは恥ずかしいな、なんか」


 今更が自分がどんな風に何を言ったのか思い出した。


 確か、『凄く可愛いじゃん、そのっ……名前は分からないけど綺麗で、スタイルも良くて、俺からしてみれば話すことのない人種だと思うくらいに見える』って。


 そうか、それはまあ陰キャラな俺にしか言えないかもだな。


「……でも、嬉しいんです。こうして二人で入れるだけでもすっごく」


「それは俺もだ」


「はいっ。だから、そのっ——回りくどくなりましたけどこれからもよろしくお願いします!」


「おうっ」


 そう言った久遠はいつもよりも爽やかに笑っていて、俺もそんな彼女の綺麗な瞳を見つめて笑ってしまった。


 まったく、まったくだ。


 どうしてかよく分からん。理解に苦しむことばっかりだ。委員会を当てつけられて最悪だと思ってた自分が懐かしいくらい。知らないJKを拾って、かと言えば昔いなくなった幼馴染だし、それに気づいていないし、なんなら可愛いし、助けたくらいで恩を感じて栄養過多の俺にご飯は作ってくれるし……不思議すぎるくらい幸せだ。


 あのまま別れてもおかしくなかったのに、久遠は尽くしてくれて……それも俺のおかげだと念を押してくるしどうかしてる。


 というか、そうでも思わないとやっていけない。


「そのっ」


「ん?」


「それで、お父さんの言いつけってなんですか?」


「ん、あぁ……それはなちょいと長い話になる」


「聞きます」


 風呂上り、俺と久遠は同じソファーに座りながら小一時間小話をした。


 






 話した内容は特に何でもないものだった。ただの昔話。俺が小学生……いや、中学生だったか、とにかく俺が小さいときに親父に言われた思い出話をそのまま話した。


「それで……な、辛い奴が治ったとしても最後までは付き添ってやれってな」


「……っ」


 すると、久遠は目を瞑って俯いた。

 少し重い話だっただろうか。なかなか公には出来ないものとは分かっていたけれど流石に話すべきではなかったのかな。


 ちょっと悪い気分になって謝ろうとすると——


「っふふ、な、なんかっ……いいそうですね」


 久遠は手を口に当てながらクスクスと笑みを浮かべた。

 ただ、そんなことよりも俺は少し驚いたところがあった。


「言いそう?」


「えっ——あ」


「いや、え、でもっ——知ってるっけ?」


「……あぁ……そ、そうですねっ」


 俺が詰めると久遠はやってしまったと苦笑しつつ、すっと表情を変えてこう言った。


「その……義隆君、私多分……っ昔会ってるんです」


「……」


「小さい頃に遊んだことあるんです、義隆君が覚えているか分からないけど……そのっ」


「知ってます」


「えっ」


 そうして俺たちは事の出会いから顛末までを話し合うことになった。

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