第15話「JKと動物園」

・久遠有希花の視点


 褒められた。


 私の服装を褒めてくれた。


 何これ、嬉しい。こんなに嬉しいのは初めてかもしれない。

 今すぐ◯山動物園の猿山目がけて叫びたいくらいだ。


 彼氏じゃない人に、親友に、幼馴染に可愛いって褒められちゃったって!!


 幼馴染にこんなことを言われて嬉しくなるなんて思っても見なかった。


 小学校の時は好きなんて感情なかったし、「かわいいね」の一言くらいは聞いたことがある気がするけど深く考えてこなかった。


 でも、いざこんなふうに言われるとドキドキする。お世辞なしで、今までの人生の中では過去最大で嬉しかった。


 恋愛ってこうだったんだな、としみじみ思う。本当にこの前までの私はどうにかしていたのだ。だいたい、付き合う時に夢にも「あいつとはやめたほうがいい」と言われていたのだから。


 私にも春がきた、そう思ってもいいだろう。


 何気ないこの瞬間が一番幸せとはよく言っているなと思ったことがあるが……今の私なら分かる。


 こういうことだ。


「あの、久遠さん?」


「……は、はいっ⁉︎」


「大丈夫ですか?」


「す、すいませんっ! あの、ちょっと考え事を」


 まったく、何考えてるんだか。

 訝しげな表情を見せつつも、彼は「ならいいですけど」と頷いた。


 私たちは今、札幌◯山動物園のチケット売り場に立っていた。義隆君が売り場のお姉さんと話していて、2枚だとか、せっかくなんでカップルコースだとか言っている。


 ん、カップルコース⁉︎


 わ、私たちはその……カップルっていうわけじゃないし、ってあぁ、そっか。入園料二人で1000円のところがカップルコースで入れば800円になるのか。それなら仕方ない。


「カップルコースでもいい?」


 しかし、彼はこちらに確認してきた。

 別にいいと思っていたけれども、動きが急すぎて声が詰まる。


「……あぁ、やっぱりダメでしたか?」


「えっ⁉︎ い、いやいや、な、ないないっ! だいじょうぶ、大丈夫ですっ! 全然っ」


「ほんとですか?」


「ほんと、ほんとっ! 真面目にほんとですから!」


「ならいいですけど……」


 本日二度目。私は何してるのだか。これじゃあ私一人だけカップルコースが恥ずかしいみたいだ。義隆君はあんなにも平気そうな顔をしていたのに、なんか悔しい。


 赤面しながら背を向けていると、後ろで「ごゆっくりお楽しみください」と言った言葉が聞こえてくる。


「じゃあ、行きますか?」


「は、はいっ……!」


 スタートは誤ったがまあ今のところは悪くないだろう。

 そうして、本日11時12分。


 私たちの初デート第一陣が始まった。





「お腹空いてきたなぁ……」


 時間はすでに正午を回り、動物園に訪れていた家族連れのグループが休憩室に入ってく。それを見て、義隆君はそう呟いた。


「ご飯にしますか?」


「あぁ……ごめんっ。もしかして気を使わせてるか?」


「いえ、大丈夫ですよ?」


「ごめんな」


「そんな謝らないでくださいっ。私もお腹空いてきたので……食べましょう?」


「ははっ、そうか。じゃあ食べるか」


 ぐるっとい周してきた私たちはサル山を一望できるテラスにやって来た。ガラス一枚を隔て、サルと一緒に食事ができるという中々活気的な場所だが案の定1階の席は埋まっていた。


「相変わらずだな」


「あはは……人気ですもんねっ」


「上、行くか」


「はいっ」


 苦笑いしつつ、私たちは2階に上がる。こっちの方もそれなりに埋まっていたがちらほらと開いている席もあり、私のワガママで窓際の席に座った。


「よいしょ。とりあえず、あれですねっ手を拭きましょう」


「どうもっ。そうだ、久遠さんは何食べたいですか? 買ってきますよ」


「あっ——や、えっと、今日は私が作ってきました!」


「え、ほんと!?」


 私がここぞと言うと、彼は目を光らせる。そんなに嬉しいのかな、私の手料理……いつも作ってるし、毎度の事「美味しいですね、これ」と言ってくれてはいたが改めてこうあからさまに言われると恥ずかしいものがあった。


「っほんとだけど……いや?」


「ま、まさかっ! 嬉しい、いや嬉しいを通り越してめっちゃ最高ですよ!」


「えへへぇ……」


 思わず笑みが零れる。

 ちょっと気も過ぎるかもしれないけど……こう、言われると嬉しくてしょうがない。


「た、食べてもいいのか?」


 ふたを開けると我慢できないわんこのように目を光らせる義隆君は可愛いかった。


「いいですよ?」


「じゃ、じゃあいただきます!」


「どうぞぉ」




 30分ほどかけて、談笑しつつも私の作ってきた唐揚げ弁当を食べ終えた。中でも私の方は義隆君が「美味しいな」と言ってくれる余りで中々食べることができなかったが、この際どうでもいいか。


 それにしても……ちょっとだけ気になったことがあった。


「あの、義隆君っ」


「ん?」


「そう言えばなんですけど……今日の義隆君って、ため口ですよね?」


 私が普通に告げると、彼は「あ」と口を開けたまま固まっていた。


「……す、すみません。その、嫌でしたかね?」


「えっ——いやいや!! そんなわけないですよ? むしろ良いくらいですっ?」


「えっ……その、いいですかね?」


「はいっ。というか、最初の方。私が部屋に上がった時なんか結構ため口だったような気がするんですけど?」


「……ま、まぁ、それを言うなら久遠さんも中々失礼なこと言ってけどぉ……ねぇ」


「うげっ……」


 そ、それはそれで……触れないでほしい。ちょっと丸くなっただけだ。義隆君の前では。


「べ、べつに……あれですけどね、失礼なこと言っていたわけじゃ。その、色々ありまして……」


「そうかなぁ?」


「……も、もうっ! 揶揄わないでくださいっ!」


「あはは、ごめんごめん」


 こういうたまにいじわるなところは心臓に悪いからやめてほしい。


「その、で……いいのか? ため口で」


「はいっ。大丈夫です」


「でも、それなら久遠さんも」


「私はいいんですっ。こっちの方がしっくりくるので」


「そ、そうか……」


「あっ、それと久遠さんじゃなくて名前でもいいですよ?」


「えっ……じゃあ、ゆ、有希花?」


「————っ」


「いや、なんかめっちゃ食らってるじゃん」


「食らってません……」


「はははっ、意固地だな。じゃあ間を取って、久遠でいいか?」


「ま、まぁ……別に」


「おう、じゃあこれからはこれでいくな!」


「はいっ……」


 にひっと笑みを浮かべる義隆君。

 私から仕掛けたはずなのに……いつの間にか、私が言い包められている。


 いつしか、こちらからも攻めたいものだ。

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