第9話「JKのお弁当」


 久遠が弁当を作ってくれるようになってからかれこれ一週間が過ぎた。


 久遠の方も数日休んでいた高校にも登校できるようになり、俺の方も高校生活というものが慣れてきていた。


 もうあと2週間もすれば蒸し暑い夏が来て、いろんな学校行事がご対面ってところだ。


 ウハウハ気分になっている生徒も見受けられる。


 文化祭に、体育祭……そして夏休み。プール授業だってある。もちろん男女別だが、嬉しいことにうちの高校はプールを囲む形で校舎が出来ているため窓から覗き放題だ。


 俺と久遠もそんな渦中へ……だなんて思ったが、よく考えてみると俺と久遠はまず高校が違う。


 久遠の通う高校はまぁまぁ近くにあるし、たまにそこの生徒が来たりしている。一緒に回れないこともないから、そこのところは要相談って感じだな。


 まぁ、楽しみにしておいて損はないだろう。


「んじゃあ、今日の授業はここまでだ。復習はしっかりやっておけ、二次関数のグラフはテストでもめっちゃ出るからなぁ~~」


 チャイムが鳴って、昼休みが始まった。血気盛んな体育会系の男子たちはすでに昼食をとっているのかボールを持ち体育館へ向かう。


 そんな姿を見て、俺も昔はああだったなぁ。と物思いに耽るが、同時におじさんになったんだなと悟る。異世界転生系の主人公ならもっといい立ち回りでもしそうなくらいだ。


 とりあえず、ご飯を食べよう。

 弁当を取り出して、いただきますと合掌。


 すると、前の席に座っていた唯一の友達、西片誠也にしかたせいやが話しかけてきた。


「なぁっ」


「——ん?」


「最近さ、流星の弁当豪華になったよな」


「そうか?」


「そうかって……豪華すぎだろ、前までゼリーで済ませてたやつが急にこんなに本格的になってるんだろ」


 そう言われ、視線を落す。


 確かにそうだった。理由はもう一つしかない。久遠が作ってくれているからだがこいつにもあまり彼女の存在は悟られたくはない。


 高校生がお隣の別高校に通う女子高生にお弁当やご飯を作ってもらっている……なんておかしい話だ。幼馴染として作ってるなら聞こえはいいが、俺はまだ久遠にそのことを言っていないし、ここは穏便に済ませるべきだろう。


「……まさか、彼女でもできたか?」


「まさかぁ……俺だぞ?」


「いや、だってこれはもう……なぁ」


「別に、自分で作ったかもよ?」


「——自分で作ってる奴はそんな急に上達しないぞ?」


「うっ——」


「だいたい、作ってたら『自分で作ったかもよ?』なんて聞くわけないだろ」


「そ、それは……違うかも、しれないし……」


「おい、俺はそこまで鈍感系じゃないんだよ。はぁ、くっそ……流星に彼女かよぉ……同じ穴の狢だと思ってたのに」


 おっと、なぜだ。

 ちょっと違うけど、バレたぞ。女の存在が。


 だが、俺と久遠はまだ付き合ってはいない。一線を越えかけたが彼女なんて呼べるほどの存在ではない。断じて嘘じゃないし、それだけは久遠のためにも譲ってはいけなかった。


 気になってはいるが……久遠の方がそうとは限らないし、ここは弁明しなければ。


「くそ、まじかぁ」


「ちょっと待て、話が飛躍しすぎだ」


「あぁ? なんだよ、クソリア充」


「……だから、そこっ。俺は付き合ってない」


「はぁ? 今更何言ってんだ? ご飯まで作ってもらって付き合ってないだと、んな馬鹿な話があるかよぉ」


「ほんとなんだって、まじで」


「……じゃあ、俺に紹介しろよ。そいつ」


「だめだ」


「ほら、付き合ってる」


 何がほらだ、勘弁してくれ。


 それに、付き合っていないのはそうだが、せっかく拾った幼馴染を他人に渡したくはない。こいつ、絶対下心あるし。


 いや、俺はないんだよ、下心。ほんとにね、キスしちゃったけどさ。皆は信じてくれ。


「……下心丸見えだから、紹介したくないだけだ」


「はっ——ほんとかな」


 はぁ、と溜息を吐きながら愚痴を言い続ける西片。こう聞けば悪い奴にも聞こえるがそこまで悪い奴ではない。ただ、ちょっとだけ性格が悪いだけだ。


「まぁ、いいけど……俺はこれからも非リア道をきわめて童貞を守るとするよ」


「いらん称号だな」


「貴様に分かるかよ!」


 皮肉を言ったら、怒鳴られた。


 結局、その後は西片のくだらない非リア道とやらの凄さを聞かされながら俺は久遠の作った美味しそうなご飯を口に運んでいった。


 まぁ、いらない講釈のせいで味が少し落ちてしまったがな。






 後半の授業も終わり、あっという間に放課後。

 一応野球部の西片とはここで別れ、俺は帰路についた。


 今日は久遠と約束がある。こっちに来て初めて久遠に会った日にできなかったゲームを一緒にやろうと誘われているのだ。


 弁当のお礼もそうだし、少し楽しみにしていた俺は小走りで帰路を駆けていった。

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