第8話「JKと約束」


 俺は今、昔の幼馴染に叱られていた。


「私、あれだけ言いましたよね?」


「べ、別に……めんどくさくなっただけで……」


「そう言うわけじゃなくて、ちゃんと言ったじゃないですか。変なゼリーとクッキーで食事を済ませるのはやめてくださいって。聞いてました?」


「聞いてたけど……でm」


「じゃあ、なんで破ったんですか?」


 あれれと俺は驚いた。

 今現在、目の前で叱っているのは久遠有希花くどうゆきか。小さい頃に遊んでいた幼馴染で、一週間ほど前に拾った黒猫JKである。


 いやまぁ、事情を言えばまったくもって違うし重い話になるので説明するのは避けておくが、今の姿に驚いていた。


 久遠が怖いからだ。最近、あまり人と話さなくなっていたのが仇になっているのかは定かではないがあの時の弱弱しい久遠はどこに行ってしまったのやらと思うほど。


 というか、もう少し弱っていてほしかった……なんて言えば殺される勢いで、表情を崩して俺を睨みながら言ってくる。


 だいたい、俺が何をしたって言うんだ。

 高校に行く前にご飯を作ることが面倒でたまたまゼリーとクッキーで昼食を済ませただけだ。


 しかし、久遠にとってはそれが「だけだ」で済まされることではなかったらしい。





 ただ、なぜ彼女がここまで怒っているのかはあの日の夜に巻き戻る。



「……き、き、キスに、関しては……別に嫌ってわけじゃないからっ」


「ごめんなさいっ。私のせいです」


「だ、だから大丈夫だって」


「そ、そう言うわけじゃないんです。ほんとに、無防備で、立場の弱いはずの義隆君にしてしまったことが悔しくて……」


「あぁ、な、泣くのは本当に勘弁って!」


 俺は昨夜から今朝に掛けて起こったことについてものすごい勢いで謝られていた。彼女にとっては命も拾われてもの凄くもう訳ない気持ちになっているようだが、別に俺からしてみればそうは思っていない。


 俺からしてみれば幼馴染の顔が拝めて嬉しいくらいだ。あの頃はすぐにいなくなってしまったことを気にしていたがこうして無事でいてくれてよかったと思っている。


 無事と言ったら語弊はあるが……とにかく生きてくれているのは感謝しなければ。


 しかし、そんな俺の内心も彼女には毛頭伝わっていないらしい。


「っ……でも、ほんとに……私っ」


「いやいや、別に、ほんとに何とも思ってないから!!」


「お、思ってないの……?」


「えっ」


「な、何も……思ってないの?」


 あれれ~~、どうしてだ? さっきまで謝ってたのに、なんだこの上目遣い。本音を言えば何も思っていないわけがない。女の子とキスをしたんだ。それも昔好きだった幼馴染の女の子から、まさかの同じベットの中でぎゅっと抱きしめられて「んちゅっ」って。


 普通の女の子にされたってドキドキする状況なのに、俺の場合は幼馴染としたんだ。あの瞬間は忘れるわけがない。何も思ってないわけがない。


 ただ、こういう時は方便を使うべきだと思ったから。


「……な~んにも、思ってないの?」


 なのに、どうしてそんな目で俺を見つめるっ‼‼

 俺だって男だぞ、うるうるで綺麗な瞳をそんなにも向けられたらっ——自我が崩壊するぞ!!


「お、思ってる……」


「っそ、そう」


 と心の中での葛藤虚しく、俺はあっさりとゲロってしまった。まぁ、仕方ないじゃん。今の俺は久遠と幼馴染してた頃と違って女子とのかかわりも少なく、それどころか友達もほぼゼロな俺からしてみれば……無理だもん、そりゃさ。


「どういう風に?」


 あれ、どういう風にだって? ちょっとおかしくない? 俺って、もしかして揶揄われてる?


「……は、恥ずかしかった」


「っわ、私も……えへへぇ」


 と思ったら、今度は頬を赤らめながら笑みを浮かべた。なんて可愛い表情なんだと、俺はぼんやりしながら考えてしまった。


 しかし、同時に俺は久遠の笑みを持てハッとした。


 何を考えているんだ。いいじゃないか、何を思ったって、可愛い幼馴染が元気でそこにいるってことを考えるだけでいいじゃないか。


 そう思って、俺も一緒に笑みを浮かべた。


「……それで、あのっ」


「うん?」


「いや、その……迷惑じゃなければ、ちょっとお礼と言うか……私がいろいろと迷惑かけてしまったのでお礼をしたいんです」


「お礼? でも、ご飯作ってもらったし……」


「あれは、そのっ——命を拾われたお礼として、というか」


「別にそこまで思ってないから、いいんだよ?」


「いえ、やっぱり……私がしたいんですっ。こう……腑に落ちなくて……」


「いや、むしろあのキスがお礼って言ってもいいくらいなのに……」


「へっ——!?」


 おっとしまった、本音が漏れた。


「いやっ——、ま、まぁ……それくらい、気にしてないってことっ! そ、そう!!」


「うぅ……ずるいですよ」


「あはは」


 危ない。マジで危ない。久遠が純粋な子で本当に良かったわ。


「……むぅ」


「ほんとに、気にしないでって」


「それなら……私がご飯作ってもいいですか?」


「え?」


「その……やっぱり、栄養バランスが気になるんで私が作ってあげたいです。お昼の弁当とかも作ります」


「えぇ……そ、それはやり過ぎな気が」


「だ、だめ……ですか?」


 涙目、そして上目遣い。

 俺の心をいるかのような視線は無論、胸のど真ん中にクリーンヒットした。


「ダメじゃありません


 というのが事の始まりだったわけだ。しかし、今日は久遠が委員会の用事で朝にご飯を作れなくて、代わりに自分でも作ってみてくださいと言われたのだが……面倒でゼリーにしたのだ。


 それがバレて、こうなっている。


「あの、ほんとに聞いてます?」


「は、はいっ」


「私から言ったことなので……変かもしれませんが、私からしてみれば心配なんです」


「ほ、ほんとに悪かった……そう言うので済ませないから許してくれ」


「はい……頼みますよ」


「あぁ」


 相槌を打ち、その日もいつも通りご飯を食べて寝ることになった。

 その後、なにか呟いているように聞こえたが俺は聞いていないふりをした。

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