第7話「JKとの秘密」
翌朝、俺は起きると同時に何かが違うことに気がついた。見知らぬ天井を見つめ、寝心地が違うベットの上。いつもとは違う雰囲気に、部屋の匂いも違う。
「あれ……っ」
そして、寝返りをすると女子がいた。
「っ⁉︎」
急に女子。振り向きざまに女子。あっち向いて女子。
もはや変なゲームでもできそうな状況だ。
しかし、彼女の顔を見て俺は昨日の出来事を一瞬で思い出す。
泣いているところを見かけて、慰めて、ご飯を作ってもらって、蜘蛛を逃して、怖いから一緒に寝たいと言われて…………そして、俺らは唇を重ねた。
重ねて、抱きしめられて、目を閉じて……今に至るわけだ。
つまり、何を言いたいかというと俺は初めて女の子とキスをしたわけだ。
初めて、血縁ではない、血のつながっていない異性とキスをしたのだ。
は? 何しちゃってるの、俺。ファーストキスじゃん、これ。超凄いことじゃん、それ。ラップでもやってるのかよ、俺⁉︎
おいおいおいおいおいおいおいおい、まじかまじかまじかまじかっ!!
頭を駆け巡る数多の状況、そして目に映り込むあまりにも事後っぽい光景。
おかげで俺の頭の中はパンク寸前だった。思考ができない。キスしてしまった事実と抱きしめられた事実、なんなら一緒のベットで一夜を共にしてしまった事実に目を背けようとも背けられなかった。
「っそ、れに……」
その相手は昔、俺が小さい時に一時期ではあったがよく一緒に遊んでいた女の子だった。
小学校を卒業するのと同時に転校して音信不通になってしまってから一度も顔を合わせたことがない。おかげで俺は顔も名前もほぼ覚えていなかった。
だが、あのキスの寸前に思い出した。
久遠が寝言で言っていた「ほしくん」と言う呼び方。あれは確実に俺だ。なぜなら、覚えている。確か、あれは小学3年生の時。
2人でボールを蹴って追いかけてをしながら。
「……っはぁっはぁ、りゅうせいって足速すぎるんだよぉ」
「俺が早いんじゃなくて、ゆきが遅いからだろ〜〜!」
「遅くないもん! 私、女子の中じゃ3番だもん!」
「はっは〜〜ん。俺は50メートル9秒台だけどぉ、リレー選ばれてないもん!」
「うぅ〜〜、私、リレーだし……」
「やっぱり、ゆきがおそーい!」
「りゅ、りゅうせいだって!」
くだらない言い争いだった。
足が速いだの遅いだのどうだっていい。だけど、そんな言い合いも面白くて楽しくて、名前を呼び合い合っていた。
「……むぅ、別にいいけど」
「じゃあ、ほら続きやるよ!」
「あ、ちょっと待って!」
「なんだよ?」
「りゅうせいって呼びづらくない?」
「なに、急に? そうかなぁ?」
「うんっ。呼びづたらいし〜〜そうだっ! 星くんってどう?」
「星?」
「りゅうせいって流れる星って書くでしょ? お星様だから、ほしでほしくん!」
みたいな感じで命名されたのが初めだった。
あまりにも昔過ぎて、全く覚えていなったが今さっき思い出した。
懐かしすぎる。可愛いかっただろうなぁ、きっと俺たち。
「んぁ……っ」
って、俺は何を優雅に思い出しているんだっ。
だいたい、状況が状況じゃないか。ことによれば訴えられる可能性だってある。何より、本当にキスして寝たんだよな? それ以上に何もしていない……よな⁉︎
もしも、生涯の貞操を守ってきたこの体に何かあれば…………謝るだけじゃ終わらないことになる。
加えて、呼び名をつけた幼馴染の女子高生が今俺の隣で寝ていることが問題なのだ。
とりあえず、とにかくひとまず、ここは脱しなければ。このまま誤解が生まれて仕舞えば俺の人生は地に落ちる。落ちてはダメだ、そっとベットから抜け出して……。
「っ」
ビクッと久遠が寝返りをうつ。一瞬、久遠の腕が俺の胸を掠ったがなんとか回避。マジでナイス、案外スポーツやってきた甲斐があったぞ。
「ゆ、っくり……」
そっと手をどかし、体勢を変えながら掛け布団を引き剥がして足を地につける。
一段階クリア。
あとは両手を使って上半身を抜け出せば、この危険なエリアからは出ることができる。ここぞというときに落ち着きを保たなければやられる。
こう言う時こそ慎重に、ゆっくりだ。
ゆっくり、おちつきながら、深呼吸して息を整えて右肩から抜け出して……よしっ!
最後が左肩まで一気に抜け出せばっ!
しかし、神様は俺をベットから出すことを許さなかった。
「っい、かないでぇ…………」
目を閉じたままの久遠が今度はこちら側に寝返りを打ち、変な寝言を口ずさみながら左肩から右肩の方へ腕を回す。ぐるりと体を回して、抱き枕を抱きしめるかのように足まで絡めてきたのだ。
「っ……」
やばい、やばい、やばい。
俺もやばいし、この状態と状況もやばい。もしもこんな状態で目を開けられたら俺は警察に突き出されて仕舞いにはっ—--。
「んぅ……んぁ、あぁ……あ、あ、あぇ?」
「お、おはようございますっ」
「お、はよ……?」
だが、どうやら本当に神様は許さなかったらしい。
俺は久遠と目を合わせる。まずは挨拶。こうなった以上、自然にゆっくりと平然を装って脱するしかない。
「っ義隆くん?」
「義隆です」
「な、なんでここに?」
「えっ……あぁ、なんででしょう?」
…………。
数秒の沈黙。
お互いに目をぱちぱちさせて見つめる。
これは一体どう言うことなんだろうか、そんなことを思い出しながら瞳が瞳を見つめる。
人は深淵を覗くとき、深淵もまた人を覗いているのだ。
と言う言葉が鮮明に思い浮かぶ。それはまさにこのこと。人が人の深淵を覗こうとするとき、人の深淵もまた人を覗いているのだ。
時間が経つにつれ、久遠の頬は徐々に赤くなっていく。それを認知してもなお、めげないで平然を装いながら見つめる。
馬鹿げたこと考えている暇ではなかったが、そうでもしていないと俺の心も体も我慢できなかった。
下半身が反応しないように、ゆっくりと体勢を変えて……。
すると、久遠は。
「……が、学校に……いか、なきゃっ……だね」
真っ赤な顔で目を逸らし、顔を布団で隠しながらそう言った。
「えっ……」
俺は唖然とした。なぜなら久遠が「きゃあああああ」と悲鳴を上げて叫ぶ用意はできていたからだ。ここまで悪い方向に持っていく神様だ。きっとそう言うこともしてくるとたかを括っていた。
しかし、久遠は俺と同じように平然を装うようにこう続ける。
「明日から休みだしっ……さ、最後はがんば、らないとっ。ね?」
「そ……う、だな」
その焦ったような反応で俺も悟る。
気づいている。久遠も確実にキスして寝ていることを気づいている。
ただ、ここで俺がそれについて言及するのはやぶさかではない。ここはお互いに穏便に進めるのが吉だろう。
しかし、高校から帰ってくると久遠は階段に一人座っていて、俺がやってくるのが分かるとすぐに走ってきてこう言った。
「っき、昨日は……ほ、本当にっごめんなさいっ!!!!」
どうやら夢でも妄想でもなかったらしい。
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