第6話「JKのキス」


「っ……んんぅ……ねこぉ……んにゃ、ぁ…………ぁ」


「……」


 現在、22時37分。

 

 誰よりも凡人で、顔もさほどかっこよくないボッチ系高校二年生こと義隆流星よしたかりゅうせいはお隣さんと同じベットで寝ている。


 お隣さんは無論、女性で彼女がいつも寝ているだろうベットの上。


 いや、女性というよりかは女子高生と言ったほうが事の大きさがわかるかもしれない。


 事の発端は皆の知っている通り、蜘蛛が怖いからといった単純明快でくだらない理由ではあったがどうしてか、成り行きでこうなってしまった。


 こんな状況を考えたことがあるだろうか。勿論、俺はない。


 付き合ってもいない、恋人関係でもない、まして妹や姉でもない女子と一緒のベットで互いに布団を共有して寝ることを誰が想像するか。


 妄想はしたことあるが……今言いたいところはそう言うことじゃない。


 全くもって寝られないし、ドキドキしすぎて何も考えられない。どうしてと問いたい。なんで俺の横で寝ている久遠はここまでスヤスヤしているんだ? 理解ができないぞ。


 もしも俺が野獣化して襲ってきたらどうする気なんだ。もしかして襲ってもいいのか?


「んぁ……にゃぁ……っうぅ…………」


 何より寝言が可愛いし、ちょっとエロいのが腹立たしい。


 男心をくすぐってきて思わず振り向いて、抱きしめて、キスまでしてしまいそうで怖い。


 アニメの中で主人公が闇の力に飲み込まれていくのがこんなにも辛い気持ちなのかと今の俺なら安易に想像できてしまう。


 恐る恐る振り向いてみると、久遠の背中が呼吸と共に上下しているのが見える。


「(俺がドキドキしてるのに……)」


 ボソッと呟くと久遠の肩がビクッと動いた。

 一瞬、バレてしまったかと思ったがよくよく見てみればすやすやと寝ているだけだった。


「はぁ……勘弁してくれよ…………」


 安堵のため息をつく。

 正直言って、早く寝たい。どうにかして眠らなければ……とイヤホンを耳につけようとした瞬間。


 バサッと音がした。


 音を聞き取って俺が動きを止めたが直後。


「んぅ……待ってぇ……いか、なぃ……っで……」


 ガシッと。

 久遠の腕が俺の背中の後ろまで回った。


「えっ」


 驚いたのも束の間。


 掴まれた背中が久遠の胸の方へ吸い寄せられて、耳がノーブラパジャマにくっついた。あまりにもな状況、驚きすぎて喉から声も出ないし筋肉も全くといって動かない。


 うっすらと心音が聞こえてきて、俺の鼓動が徐々にスピートを上げていく。


「んっ……うぅ……」


 もはや寝言領域を超えている気がした。

 どこか誘惑しているかのようで、あまりにも魅力的な声でドキドキがバクバクを通り越す。


 状況が飲み込めない。なぜか俺は初めて会った女子高生と寝ていて、その女子高生がなぜか俺を抱きしめている。


 普通の男なら気を失って泡吹いて倒れるくらいの状況だ。だいたい、久遠は顔も可愛いし、言動が猫っぽくて愛らしい。そんな女子高生が隣にいて、抱き締めてきて、普通でいられるわけがない。


 ただ、次の瞬間。ドキドキも一気に跳ね上がった。


 ぱちっと久遠の目が開いたのだ。


「えっ」


「んぁ……ほしくんっ?」


「え、ほ、ほし?」


 星くん? 誰だ星くんって、彼氏か何かなのか?

 って、もしもそうだったらこれはやばい。俺が浮気相手になってしまう。


 ……ん、いや。彼氏とは別れたんだっけか。なら大丈夫か……。



「(だ、だ、大丈夫なわけあるかっ⁉︎)」


 しかし、気づいたときにはもう、俺は離れることができない場所まで体を吸い寄せられていた。


 目の前にはこれはこれは大きな胸があり、あと数センチでも動いてしまえばくっついてしまいそうなところまで来ていた。


 それに、ノーブラなおかげで乳首の突起がうっすら見えるし、心なしかものすごくいい香りがする。


 息をする度に香ってきて思わずギュッと抱き締めて締めたくなるが俺は舌を噛んで耐え忍んでいた。

 

 しかし、もちろん久遠の勢いは上がっていく一方だった。


「んっ……ほしくんだぁ……ど、こ……行ってたのぉ?」


 何言ってやがる。ていうか、ぎゅーって抱きしめるな‼︎



 意識が飛びそうだ。というか星くんってマジで誰だよ。どうなってるんだ、俺は星くんじゃない。俺は流星っ、義隆流星だ!


 何を言って。


「んぅ……ひさしぶりぃ……だから、ぎゅーんってするぅ……」


 声がいちいち甘いし、目が蕩けている。

 眠そうな目で俺を見つめる久遠がどんどん近づいて俺はとうと唇がその大きな胸にくっついた。


「んんっ‼︎」


「うわぁ……ぁぁ……か、わぃぃ」


 可愛いのはどっちだよ! 思わず突っ込みたくなったが唇をなんとかつぐんで耐えしのぐ。


「ほしくんっ……」


「俺はちがっ」


 そう言いかけたがハッとして最後まで口に出すのをやめた。

 

 なぜか、「星くん」と言う名前、呼び方に心当たりがあったからだ。さっきまで誰のことを言っているのか全くと言っていいほど分からなかったが、今、なぜかハッとした。


 昔、一緒にいた女の子にそんなことを言われていた気がする。


 義隆流星よしたかりゅうせい

 流星くんって呼ぶと長いから、星くんって呼んでもいい? って小さいときに言われたことがある気がする。


 星くん、今日も遊ぼ?

 星くん、今日はどこいく?

 星くん、大きくなったらおよm……


「……だ、からっ。キスしてもいいかなっ……ん」


 思い出す途中。

 シャンプーのいい香りが俺の鼻腔を激らせる。


 熱情と激情と愛情が入り混じった甘く、温かい唇が気づいたときには俺のそれと重なっていた。


「っんぅ……」


「っ⁉︎」


 あったかい。

 優しい。

 気持ちいい。


 そんな気持ちが入り混じって、頭の中をぐるぐるとかき乱していく。


 なんで、キスなんてしているんだ?

 

 さっきまでこんなところで一緒に寝ていることがおかしいと思っていたはずなのに、急に心地よくて疑問すら抱かなくなってきた。


「……」


「っ」


 体が動かない。

 深層で俺は受け入れている。


 スッと力が抜けて、久遠の優しくて桃色の唇に身を委ねる。


 結局俺はその流れに流される形で、抵抗もせずにそっと目を閉じた。


 きっと、悪い夢だ。妄想だ。


 こんなこと忘れてさっさと寝よう。













 



 

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