第5話「JKと添い寝」


「く、く、くくくくくくく、くもがっ‼‼‼‼」


「蜘蛛?」


「そ、そうそうっ‼‼ こわい、めっちゃ怖いっ‼‼」


「はぁ……」


 慌てて駆けつけてみればこの様だった。


 なんだよ、蜘蛛って。あのちっさい虫じゃねえか。噛まれたところで死にはしないんだから何とかしてくれよ。


 と一瞬、思いはしたが、確かに蜘蛛が苦手な人もいるだろうし、口に出すのはやめておくことにした。実際のところ、俺も蜂が嫌いだしな。


 溜息を吐くと久遠くどうは呆気を取られて動揺して震えていた口も開けたままでこちらを見つめる。


「いや、少し安心しました。何かあったのかと思ったので……」


「安心……って、いやいやいやっ‼‼ 安心できていないです!! 蜘蛛ですよっ蜘蛛!! あの忌々しい蜘蛛が私の部屋に入ってきているって言うのに安心なんてできませんよ‼」


「えぇ……」


 その凄まじいほどに蜘蛛を嫌う姿勢に思わず声が漏れる。しかしまぁ、今の状態で何を言っても無理そうなので俺は久遠の部屋の中へ入っていった。






「————っはい。これで何とか大丈夫そうですねっ」


「……っはぁ」


 ティッシュで捕まえた蜘蛛を窓の外から振り払ってからそう言うと、久遠は一気に力が抜けたのかその場に腰を降ろした。


 大きなため息をつき、目をぎゅっと瞑って胸元で両手を握っている。その姿はまるで銃撃戦を逃げ切って後方へのがれた兵士の様。いや、総選挙に勝利して腰を付くアイドルの様……。


 ……うん、例えが悪いな。


 まぁ、とにかく安心してくれて何よりだった。


「ごめんね……なんか、色々と」


「いいですよっ。ご飯まで振舞ってもらったので、このくらいしなくちゃ悪いですし」


「っ——あ、あれは別に。助けてくれたお礼なので」


「大したことしてないですよ? 今なんて蜘蛛とって投げただけだし」


 平然に言うと、久遠はムッと頬を膨らませた。どうやら彼女にとっての蜘蛛は凄まじく嫌悪感を抱くらしい。


 可愛くはないけどそこまでかなと思うがそこまで言うのだからきっと何かがあったのだろう。


「——わ、私からしたら凄いんですっ!」


「そうですかっ」


「あっ。今馬鹿にしたでしょ!」


「えぇ、別にしてないですよ……」


「絶対した! ていうか蜘蛛くらい掴めるでしょって思ってるしょ!」


「そんなことは……なぃ……です……」


 図星だった。

 というか、自分でも分かってるならそこまで見栄なんて張らなくていいだろうに。むしろ、虫が嫌いな女子なんて普通だし……俺の腕の見せ所も増えるだろうしな。


「お、思ってるじゃん!」


「思いはしましたけど、大丈夫ですよっ。その、ほら。苦手な人がいることくらい知ってますし」


「うぅ……そ、んなことよりも思われたことが嫌なのよ……」


 今度は涙目で訴えてくる。

 うるうると潤んだ瞳から今にも垂れてきそうで、喉がウッとなった。


 さすがに助けたその日に泣かせるわけにもいかない。お隣さんでもあるんだ。ここは公平にいこう。


「俺は蜂が苦手なんで……」


「……え」


「はいっ。これでおあいこです。分かったら泣くのはやめてください」


「……っ」


「あの、大丈夫ですか?」


「——えっ。あ、うんっ。だ、大丈夫ですっ」


「まぁ、ならいいですけど……」


 そんな下らないひと悶着も終わり、俺は久遠に言われてソファーに座った。彼女は「ちょっと待っててね」とお茶を淹れに台所へ向かった。








 とはいえ、だ。


 現在、俺は女の子の部屋にいる。部屋、と言うよりも自宅か。虫がどうこうって話をしていたからまったくと頭に入っていなかったがいざそれが終わってしまうと、急に心臓がバクバクと言いだしてくる。


 まじかよ、俺の女子の部屋童貞卒業しちまったぞ。やばいんじゃね? というかヤバすぎて草なんだがってくらいだ。


 心なしかいい匂いがするし、ベットが花柄なのが見慣れないものでドキッとする。それに部屋全体が白の家具で埋め尽くされたるのが逆に女の子女の子していなくて好感が持てる。


 それとも逆に女の子は普通に白い家具を置くのかどっちかだろうが、女のおの字も知らない俺には関係のないことだった。


 とまぁ、さすがに部屋に来て「はぁはぁ」だなんてきもいにもほどがあるわけで、やることも終わったしこの余韻に浸るのは家に帰ってからにしよう。


「はいっ」


「あぁ、ありがとう」


「こちらこそですっ。ありがとうございます」


 にへらと笑い、そんな顔を見て俺も安心した。入れてくれたお茶をすっーと啜り、飲み込んだ。


 久遠の顔が徐々に和らいでいったのを見計らって、さすがにずっと入られないとソファーから立ち上がる。


「それじゃあ、とりあえず家に帰るよ……」


「えっ——嫌っ」


 しかし、飲んでいたお茶をテーブルに置き、久遠は俺の手をぎゅっと掴んできた。


 掴む手もよく見ると小刻みに震えていて、どこか不安そうな表情でこちらを見つめていて、俺は少し呆気にとられた。

 

「ど――、え?」


「あ、あの……ま、まだっ——いかないでくださいっ」


 思わず漏れた疑問符。

 ただ、久遠はぎゅっと腕をつかんで離さなかった。


「あの、でも帰った方が?」


「……怖いです」


「え?」


「……その、く、くもが怖いですっ」


 きゅっと引き締める小さな身体。

 どうしても行かないでと離さない手。


 正直、ここ居る方がどうだかなと思ってはいたが久遠がそう言うなら仕方ない。

 震える体で訴えてくる久遠に負けて、俺はその場に残ることになった。







「んっ……」


「っ」


 それで、どうして俺は初対面の女子高生と一緒に寝ているんだ?


 

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