第4話「JKの手料理」
合わせ味噌とこんぶ鰹ダシを贅沢に使ったアサリの味噌汁。
北海道産の紅鮭とニンニクを使った贅沢なムニエル。
そして、もやしと家に残っていた賞味期限が限界の野菜をあえて作ったナムル。
俺の家の貧相なテーブルに並んだ2人分の料理はこの部屋の中でも眩しいと言わんばかりに光り輝いていた。
「す、げぇ……」
「ん?」
「え、あぁいや、こんな豪華な料理見たことないなって」
心の声が漏れ出てしまうほどで、唖然としていると久遠は「はて?」と首を傾げる。
「うーん。別に豪華ではないですよ……家から鮭とかは持ってきましたけど、消費期限も後少しだったので」
そう言うことではない。
俺が言いたいのは何もない冷蔵庫からそれだけのものが生み出せる能力の方だ。
「いやいや、そう言うことじゃなくても流石にこれはヤバすぎますって……食べていいんですかっ」
「じゃなきゃ作りませんっ」
「えぇ……」
私なんて死のうかなーーーーなんて言っていた女子高生が作ったとは思えないくらい。
もはや嫁に欲しいくらいには凄まじく美味しそうなものだった。
ただ、俺も薄情な人間にはなりたくない。
彼女が望んだからとは言っても、これじゃあまるで弱みにつけ込んでお礼と称してご飯を作らせているかのようでいたたまれなかった。
俺が料理を作れないのも相まって余計にな。
「というわけで、しのごの言わずに食べてくださいっ」
「でも……さすがに」
「いいんです。お礼でもありますし、それに……見知らぬ私を助けてくれた人があそこまで偏った食生活をしていると知って見捨てることはできないですよ」
「……別に死ぬわけじゃ」
「今死ななくてものちに響くんですよ、こういうのは」
「いやぁ、でもやっぱり」
それでも少し食べにくかった俺は否定に入る。
しかし、そう言った直後。彼女は先ほどまでの冷静な声を低めにして俯きながら言う。
「……なんですか? そんなに食べたくないんですか?」
「そう言うわけじゃないんですけど……ちょっと悪いって言うkっ」
「いいから食べて」
「へ」
「食べないと私、死にますよ?」
「っ……た、食べます」
そこを取られちゃ困る。
自分の命を人質に取るような形で俺は渋々その料理に口をつけることにした。
「ごちそうさまでしたっ」
「お粗末さまでした」
言わずもがな料理は美味しく、一瞬で平らげてしまった。
今までご飯を単なるエネルギー飲料やスタミナクッキーのようなもので済ませていた俺から言わせて貰えば実家を出てから久々にちゃんとした料理を食べたかもしれない。
毎日作ってくれたならどんなにいいものだろうか。
……なんて、いくらなんでもさすがに彼女にそこまでしてもらう義理はない。
「……いや、本当にありがとう。美味かった」
「別に大丈夫ですし、だいたい私があんなところで泣いていたからダメだったわけなのでっ」
「まぁ、人なんだし色々あるから気にしなくていいんだぞ?」
「気にしてるわけじゃないですけど……なんか、こう、今まであまり真摯に対応されたことがなかったので……」
「へぇ……そうか」
「そうかってなんですか?」
「え、いや別に……こう、辛いこともあるんだろうなと」
「……他人事ですか?」
すると椎奈はムスッと頬を膨らませて、俺の方をギロっと睨みつける。
別にそんな意図があるわけでもなかったし、頬を膨らませているのはちょっと可愛かった。
黒猫っぽいし。
「あぁ、ごめん。そう言う意味じゃない」
「じゃあどう言う意味?」
「……感心してたというか、心を痛めてたよ」
正直言うなら、あまり触れたくなかったからだ。
彼氏についてのひどい話は聞いたが久遠が言う「真摯に対応されたことがない」はもっと重い話があるのだろうと感じ取れる。
きっと、深い病みを抱えているのだろう。
ただ、久遠にはもちろん伝わっていなかった。
「っ何それ!」
カッーと顔を赤くして、俺の右腕を指でつねってきた。
「悪かったって……いたいいたい! やめろって!」
「やめない、絶対やめない! ご飯まで振舞ってもらったくせに、私の言ったことに他人事みたいに反応したもん!」
おい、さっきはお礼だし、あんなの食べてたら困るって言ったろ。急に言ってること変わってるぞ。
ってにしても、いたいいたいいたい、指の力尋常じゃないぞ!
「わ、わかったからっ! いたいって、わかったから! やめてやめてっ」
「じゃあお願いして! ごめんなさいってお願いして!」
「えっ⁉︎」
「いいからっ!」
「っ……わかったから、悪かったから!」
すると、どうやら俺の意志は伝わったらしく、久遠は「もう」と呟きながら手を離した。
にしても、舐めてた。
痛すぎて話にならない。
「はぁ……勘弁してくれよ」
「……自業自得っ」
結局、その後は適当にだべって、午後7時を回った頃に解散することに。
ほんと、情緒が不安定なところは猫っぽいし……なんだかなぁって感じだ。
しかし、午後9時。
「っきゃああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎」
小さなアパートの一角で久遠らしき叫び声が響き渡り、俺が慌てて久遠の部屋まで駆け込むことはまだ知らない。
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