第2話「JKの過去」


 そこからはまさに映画のワンシーンを見ているかのような悲劇を話された。


 純粋な女の子が悪者に騙され、体を汚される。そんな何とも言えないような生々しい話。


 まるで、どこか遠くの国にでもいる人間の話をされているようだった。悪夢のような、白昼夢のようなどこか不思議な現実味のある話。


 一通り話すと、彼女は「うぅ……」唸り、頬を流れる涙をセーラー服の袖で拭く。


「……そ、そんなことが」


「ど、どうしたら良いんですかね……」


 涙まじりに不敵な笑みを浮かべて、尋ねる。


「え」


「もう……辛くて、どうしようかなって」


 今度は苦しそうに俯きながら語りかける。


 しかし、あまりにも何にも言えない顔に俺は喉から声が出なかった。


「……」


「もう……し、のう……かな」


「えっ」


「だって、私はもう生きる価値なんてないもの。生きて、なんの意味があるのかなって……よごされて、けがされて、醜い私を……」


 そこまで言われて、俺はふと思う。

 

 重過ぎる。

 あまりにも救えない言葉だった。


 今まで、ただ高校に行ってのほほんとした生活を送り、なんとなくだけど楽しく生きてきた俺からしてみれば無論、意味が分からない。


 でも、さすがにそこまで言われて何も言えないほどには腐っていなかった。


「やめろよ」


「っえ」


「死のうとか、言うのはやめろよ……」


「……え」


「すごく可愛いじゃん、そのっ……名前はわからないけど綺麗で、スタイルも良くて、俺からしてみれば話すことのない人種だと思うくらいに見える」


「……」


「辛い人生だったかもしれないけど、俺はそう思う。だからさ、そのっ……なんていうかっ……死ぬのはやめてくれよ」


 終始続く無言。

 彼女は呆気に取られたように口を開けっぱなしにしていた。


 何を言っているんだ、この男は? なんて思われている気がする。


 確かに、俺のような暖かい家で育ち、恵まれている同い年の小僧にそんなことは言われたくはないかもしれない。


 ただ、昔。俺の友達でそんなふうに命を絶った奴がいたから。聞いただけで嫌になるんだ。


 どうしても彼女には死んでほしくなかった。厚かましく、余計なお世話かもしれない。


 どうせ最後だから俺に遺言として言ってきたかもしれない。


 それでも、そうだったとしても俺は止めたい。分からなくても、これを肯定してしまえば俺が俺でなくなりそうな気がした。


「……」


 すると、彼女はもう一度悲しそうに頷いた。


「そ、そうですか…………」


「あ……っ。ご、ごめんなさいっ! その、ほんとに、何も事情なんて知りもしないで……厚かましくて」


 頬が少し上がって、苦笑する。


 そんな姿を見て俺はすぐに訂正し、謝罪した。まったく、さっきは助けようとしたくせに今度は頭を下げるとは……側から見たらダサいしカッコ悪いのは言わずともわかる。


「いや、違います。ほんとに、ごめんなさいっ」


 しかし、彼女は俺の予想に反したように頭を下げた。


 未だ滴る涙を拭いて、それでも大きな胸をキリッと張る。


 その姿にさすがに驚いて、俺は一歩後ろに下がりながら首をぶるぶる横に振った。


「な、えっ……ちょっと、頭を下げるのは……」


「さっきは自分から下げてませんでしたか?」


「そ、それはでもっ……余計なことを言っちゃったかなって」


「余計じゃありませんっ。私こそですっ、変な心配かけてしまってごめんなさい」


「えぇ……でもっ」


「と、に、か、くっ! 私は大丈夫ですっ! 知らない高校生に色々言われて、少し気分が晴れました!」


「は、え? ちょっと、やっぱり根に持ってませ――!?」


「持ってません!」


 真っ赤な目元を「えへへ」と拭きながら笑みを漏らす彼女。


 最後は何かを気づかれたくないのか、イジるように俺の肩を叩く。


「あの、カッコよかったです」


「っ」


「顔、赤いですよ」


「——うっ、うるさいですよ」


 見知らぬ女子高生の涙を見てから、かれこれ30分。


 多少色々あったが少しでも目を覚ましてくれたのは嬉しい。とりあえず、これで今日は難なく寝ることができる。


 そう思って、譲ってもらった階段を登るとなぜか彼女は俺の後についてきていた。


「え、あの」


「はい?」


「な、なんでここにいるんですか?」


「え?」


「えって……え?」


 お互い顔を合わせて見つめ合う。

 数秒間ほど沈黙が続くと、彼女は普通の顔でこう言った。


「私、そのっ……ここの住人ですけど」


「に、二階ですか?」


「はい。201ですけど」


 201号室。

 俺の家が202号室だから、ということはつまり、俺の家の隣。


 隣人ってことか。


 え?


「まじですか!?」


「はい……ていうか、そうでもないとここになんて座りませんよ?」


「た、確かに」


 泣いているJKと会ってたからか正気を保っていなかったらしい。確かに、考えればそれはそうだ。


 その瞬間、俺の足は崩れ落ちるようにガクッと地について、大きなため息が今日の疲れと共に霧散した。


「大丈夫?」


「あ、いえっ……なんかまじで、俺って何をしてるのかなって」


「良いことしてると思いますよ。私のことを色々考えてくれましたし」


「良いことって別に……逆にあれでほっておく方が非常識だと思うし」


「私にとってはそうなんですっ」


 すると、階段の下側から上目遣いで頬を膨らませる。

 こう見ると、やっぱり可愛いな。


「あ、その」


「ん?」


「せっかくお隣さんなんで、一緒にご飯とか食べませんか?」


「えっ……お、俺とですか?」


「他に誰が?」


「いやぁ……そういう意味じゃないけどっていうか……」


「何か、予定でも?」


「な、なななな、ないですっ‼︎」


「じゃあ、行きましょうか」


「ーーーーもうですか?」


「もちろんですっ」


 キュッと手を掴み、俺の部屋の前まで引っ張る彼女。


 さきほどまで階段下で泣いていたとは思えない動きで鍵を開けると、俺は半ば強引に体を部屋の中へ押し込まれたのだった。


 


 

 

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