疎遠だった幼馴染に再会したらキスされた。
藍坂イツキ
第1話「JKの涙」
「……その……だから、私とキスしてくれませんか?」
だから、とはなんなんだろうか。
俺的にはこれから理由を指し示す言葉であると思うのだが、今回に限ってはどうしてもそう判断できなかった。
なんだ?
女子高生が家の前で泣いていると思ったら急に抱きついてきやがった。長い黒髪が宙に舞ってシャンプーのいい香りが俺の鼻腔を滾らせる。
初めてだ。
女子に抱きしめられたのは。こっちの進学校に入学が決まった時は母親に抱きしめられたこともあったがそれを含めてもたったの一回きり。これが二回目ってことだ。
しかし、俺が呆気に取られていると抱き寄せられていた身体が剥がされる。
瞳と瞳が合う。
綺麗な瞳だ。
真っ黒で、輝いていて……ってあれ、なんか近づいてきてる気がする。
これって、え。
「え、ちょっーーーーま、まままま、まって、それはまっーーーー」
気づいたときにはときすでに遅し。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ……だっるぅ………」
まったく、今日も最悪だ。何が最悪だと言うといかにもだが、委員会の顧問が今日の委員会録の確認をすべて俺に任せてきやがったからだ。
まぁ、全ては誰も入ろうとしなかった保険委員会を嫌々受け言えてしまったがための結果だから何も言えないのはそうなんだが……にしてもひどいと思う。
「……もう18時か」
時計を見ると針は直線に真っ直ぐになっている。
この様では帰ってからろうと思っていたFPSのゲームもおじゃんだ。
せっかくこの前の10周年記念セールで買ったと言うのに……先週は試験勉強で全くできなかったし、最悪に最悪が重なってやがる。
「まぁ、嘆いたって変わらないし……とりあえず帰ろ」
そう呟き、帰路についた。
ちなみに俺は北海道の南側、道南の小さな田舎から飛び出してきて札幌のとある進学校に入学したため、市内の格安アパートに一人暮らしの自宅を構えている。
そのため、中学校が一緒で仲の良い友達もいない。
田舎にいる友達はすでに農家の倅や娘としてせっせと働いているし、そんな昔の友達には馬鹿にされる始末。
右に行っても左に行っても袋小路で正直言えば辛い。
そんなこんなで俺は一人、夕暮れ色に染まる札幌の住宅街を一人で歩いているわけだ。
途中、自宅すぐそばの自販機でコーラを買い、嫌なことと共に喉の奥に流し込む。
「っぷはぁ〜〜」
最悪だが、そんなことで死ぬほど精神が死んでいる訳でもない。とにかく頑張ろうかと下げ切った胸を張る。
とことこと数秒ほど歩くと俺の家、基は2階にある俺の部屋の窓が顔を出す。
全くもってのボロアパートだが、中身は10畳1ルームとそれなりに大きい部屋なところがまぁまぁ気に入っている部屋。
愛嬌があって好きで、あと2年で越すのが苦しいくらいなどの部屋。
そんな部屋の前で俺は一人の女子高生と目があった。
正確には……さっさとシャワーでも浴びて、今日やった授業の復習でもして余った時間にもゲームでもしよう……だなんて考えながら階段を登ろうとしたときに、階段の一番下の段で座っている女子高生と目があったのだ。
綺麗な黒髪、そして綺麗な黒の瞳。
まるでアイドル、いや女優のような、否——どちらかと言えば黒猫のように美しく可愛らしい容姿を持つ女子高生だった。
「え」
「あ」
そんな黒猫JKが真っ赤に腫れあがった目から涙を流しながら、口を惚けるように開けながらこちらを見ている。
こちらが深淵を覗くとき、深淵もこちらを覗いているのだ————ならぬ。
俺が女子高生を見つめるとき、女子高生も俺のことを見つめているのだ。
……って、何を考えてるんだよ俺。
なんでも良いから声をかけないと、なんて頭を振るが——俺の口は動かない。
ここで今まで女の子と話してこなかったことが悪いところを見せている。話したい、話しかけようとしていることは事実なのに言葉が浮かばない。おかげで何を最初に言えば良いかがわからない。
そんなこんなで数秒。
ただただ女子高生を見つめる変な男子高校生の絵面がボロアパートの前に広がる。
これはきもい、やはり何か行動を起こさなきゃ流石に犯罪者チックな光景が過ぎる。
このままでは近所のおばちゃんや大家のお姉さんに「今すぐこの街から田舎に帰れ!!」なんて言われてもおかしくない。
よし、流石に声をかけよう。
泣いている女の子をほっとく男はモテねえぞと祖父に言われたことがある。とりあえずでいいんだ、とにかく一言。
「あ、あのーーーーっ」
「っ⁉︎ な、な……なんで、すかっ……」
近づいて声をかけると彼女は肩をビクッとさせる。
「あ、いやぁっ……なんていいますかぁ」
そうは聞かれたがとくに意味も理由もない。そこで泣いているのがどうしても見ていられないから声をかけただけだ。
「こ、ここ……僕の家ぇ」
「……あっ。す、すみません」
ハッとする彼女。すぐさま横に置いてある鞄を抱き抱え、立ちあがろうとする。涙がその揺れで頬から流れ落ち、足元をふらつかせた。
「っちょ、だ、大丈夫ですか」
さすがにこんなところで転ばれるのも嫌な気がして、俺は無意識に彼女の腰に手を寄せる。
「っん……」
コクッと頷いたがふらつき方が明らかに異常だった。うぅ、と小さな声で唸るし、どうしても耐えられなくなり、彼女を支えながら俺は尋ねた。
「……あ、あの何かあったんですか?」
すると、今度は動きを止めて俺の肩をガシッと掴み出す。
「え」
なんだなんだと待っていると、彼女が少し深呼吸してからこう言った。
「お話、聞いてくれませんか?」
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