靖十郎の推測

天文七年(一五三八年) 5月 伊賀国壬生野城


 伊勢平定が成ったのも束の間、細川が動きを見せた。危機感に駆られたのか、再び厄介事を引き起こすのだろうと頭を抱えてしまう。細川の権力に対する執着は異常なほどである。細川の権力基盤が揺らいでいるのは間違いない。若狭に亡命せざるを得ないというのもそうだが、新勢力の台頭が近年著しくなっているは大きな懸念となっているはずだ。


 その筆頭が三好や摂津の伊丹、池田だが、俺は丹波で内藤と波多野が苛烈な摩擦を重ねていることを特に注視していた。


 内藤が波多野に対して相当な敵意を持っているからだ。丹波守護代が代々名乗ってきた備前守を、波多野秀忠が勝手に名乗っていることが大きいだろう。内藤家を差し置いて丹波守護代を名乗るとは何たる横暴かと憤りを感じているというわけだ。内藤が細川玄蕃家に味方したのは当然の帰結と言うべきであろう。史実では守護代であった内藤が昨年の下旬に波多野勢の猛攻を受けて八木城を追われていたが、現状ではそれを回避している。


 俺はそこに恩着せがましく支援を持ちかけた。窮地に立たされていた内藤はすぐさま食いつく。本拠地失陥の史実を回避して八木城を守り切れたのは、六角の支援が秘密裏に行われていたからである。無論細川の抵抗力が史実より弱体化していたのも助けただろうが、内藤は戦後に感謝の言葉をこれでもかと言うほど並び立てる。内藤は同時に臣従を申し出てきた。


 三好利長、内藤国貞という二人を味方につけられたのは非常に大きい。しかしそれらの情報源を持ってしても、細川の意図が全く透けてこなかった。


「義父上とも話したが、細川の考えが読めぬ。菅助、如何思う」

「純粋に汚名返上のため、と考えるのは早計でございましょう。細川六郎が何も策を弄さず身を切ることなどあり得ませぬ」


 菅助が懸念する通り、この細川の動きには違和感を感じていた。近年著しい六角の伸長に細川の求心力低下、領内における新勢力の台頭などに危機感を覚え、何か行動を起こそうとしているのは間違いないだろう。


 しかしその意図が掴めない。あれほど政争で矢面に立たせていた義維の身柄を六角方に預けてしまった。娘も六角に人質として送られてきた。細川が公式に言っている汚名返上のためというのも、ある程度納得のいく話である。


 引っかかるのは義維を将軍に据えさせたという点だ。細川が推挙し続けていた義維を将軍にする意味があるだろうか。確かに義維が形上だけでも将軍となれば、細川の面目は保たれるかもしれない。だがいくら汚名返上が狙いと言っても、義維という重要な駒を捨てる意味が分からない。他にも手段はあったはずだ。


「真意が掴めぬのが不気味だ。半蔵、後瀬山と畿内の動きを注視してくれ。どんな些細なことでも構わぬ。逐一報告を頼む」

「はっ、承知致し申した」

「三好とも連携を取らねばならぬな。もっとも、三好も大変なようだが」

「代官職を巡って対立が起きているとか」


 三好利長は同族である三好政長が政敵として立ちはだかり、今年に入ってから対立が激化している。史実ではこれが細川六郎と三好利長の対立表面化の誘い水となって、細川六郎は京を追われ利長が入京している。三好長慶という英傑が飛躍する端緒ともなったわけだ。


 しかしながら、直接的な対立は現状では起き得ない。細川六郎が若狭にいるため、そして既に六角が京を影響下に置いているためだ。ただ一方で、三好政長は細川の支援を受けづらく、劣勢に立たされつつあるという。とはいえ、政長を重用してきた六郎が、何もせず静観しているはずもない。利長を諭そうとしても、話を聞かないのだろう。当然であろう。本来、父から世襲できるはずの代官職を、あろうことか同族かつ政敵に六郎が与えたのだ。話を聞いて欲しいのなら、代官職を自分に譲れというのが本音のはずである。


 しかし、六郎も利長が順調に力を付けつつあるのを憂慮している。政長と和解してもらったほうが都合がいいのだ。つまり、和睦を将軍家の力を使って斡旋し、両者の蟠りを鎮めてもらおうと考えているのではないだろうか。将軍家から言われれば、利長も退かざるを得ない。義維の将軍就任はそのためだと考えることもできるだろう。細川と義晴の関係性を鑑みると、義晴にその斡旋を頼むのは難しかった。ならば和解に踏み切って、汚名返上と併せてまとめて解決してしまおうという魂胆だと予測できる。


 そう考えると、これ以上の伸長を防ぐためには適当な選択肢と言えるかもしれない。つまり現状細川が一番警戒しているのは三好利長ということになる。三好が今後飛躍し、四国を地盤に畿内全土を勢力下に置くことを考えれば、当然の警戒だろう。


「特に三好越後守の動きを見てくれ。頼んだぞ」

「はっ、承知致し申した」


 三好政長の周囲に耳を置いておけば、細川の真意が掴めるかもしれない。とはいえ確証を得ないので理由を告げることはしなかった。それ以降瞑目したまま、膨大な可能性を一つ一つ紐解いていくことに注力する。しかししっくりくる解答にはついぞ辿り着くことがなかった。




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