尾張訪問②

 吉兵衛を召し抱えることになった数日後には元服の儀を執り行うことにした。十四歳ということもあり、潮時だろう。俺自ら烏帽子役を務め、期待を込めて『佐々吉兵衛嗣成』と偏諱も与えた。


 そして比良城を出立しようとしていた矢先、突然俺に会いたいと申し出る者が現れる。


「某、柴田権六と申しまする! 伊賀守様にお目通りでき光栄に存じまする!」


 目の前で頭を垂れるのは、柴田権六を名乗る男だった。吉兵衛が居心地が悪そうに視線を彷徨わせている。


「申し訳ございませぬ。こやつがどうしてもと言って聞かず」


 権六と吉兵衛は知己の仲らしい。年齢が同い年なので、幼馴染のような関係だったのだろう。そして柴田権六を名乗る人間に俺は心当たりがあった。


 柴田勝家である。


 まだかなり若いが、イメージに違わず猛々しく岩のようなゴツい顔立ちをしており、その瞳には並々ならぬ熱意が宿っている。


「いや、構わぬ。吉兵衛は権六が来た時、強く止めず一言目で直ぐに折れただろう。それは私に紹介する価値があると踏んだからなのではないか?」

「……御明察にございます。こやつは某に劣らずの武勇を持っていると思っておりますれば、あえてお通しした次第にございまする」

「ならば良し。さて、権六とやら。話を聞こう」

「かたじけないく存じまする。伊賀守様、某を召し抱えて頂きたく。後悔はさせませぬ!」

「単刀直入、だな」


 俺は薄く笑う。しかし余程の自信と見える。


「申し訳ございませぬ。こやつは回りくどい言い回しが苦手なのです」

「で、あろうな。だがそのように思った経緯はなんだ? 織田では不満か?」

「いえ、実は父と反りが合わず……」

「なるほど。事情は察した。だがそれをお主の父は認めておるのか?」

「いえ、某の独断です。父とはもう縁を断ち切った、そのつもりでおりまする」


 十四歳そこそこで、親と絶縁し他家に仕えるなど、そうそうできる決断ではない。その決意は本物なのだろうと確信した。


「良いだろう。柴田権六、お主を当家で召し抱える。吉兵衛、二人で切磋琢磨し、高め合うのだ。よいな?」

「はっ、よろしいのですか?」

「当家は人手不足でな。特に腕の立つ者は足りておらぬのだ。二人の奮闘、楽しみにしてもよいな?」

「はっ!」

「期待に応えられるよう精進致しまする!」


 二人は希望に満ちた瞳をしながら、快活な声を響かせる。権六にも偏諱を与え、『延勝』と名乗らせ、両者への期待を示した。


 二人の飛躍は、今後の冨樫家にとっての大きな財産になるはずだ。








 比良城の南を流れる庄内川を挟んだ対岸の沖積低地には、成願寺という天台宗の寺院があった。吉兵衛が出立の準備を進めるまで時間があったので、距離が近く比良城近辺では最も名のある寺の一つということもあり、立ち寄ることにした。


 名を名乗ると住職は恐縮しきった様子で、他の坊主も表情を強張らせて緊張した面持ちだったが、そんな中俺の存在に気づかず弓の修練に没頭する齢二桁に満たないであろう小坊主がいた。


 その弓は百発百中とまではいかないもののかなりの精度であり、思わず感心して声を出した。住職が慌てたように声を掛けようとするも、俺がそれを手で制して近寄っていく。


「弓が好きなのか?」

「へっ?」


 俺が声をかけて初めてその存在に気づいたようで、その子供は退けぞった。


「冨樫伊賀守だ。その歳でそれ程の弓の腕、いつからやっておるのだ?」

「齢六つの時からです」

「そうか。お主、名前は何というのだ?」

「太田又助と申します」


 太田家とは近在の土豪であるという。食い扶持を減らすために幼くして預けられたのだと住職から耳打ちされた。勉強熱心で文字も読めるらしい。


 そこまで聞いてこの子供は太田牛一なのではないかと思い至った。信長公記の作者であり、弓の名手としても有名だった。


 伊賀の識字率ははっきり言って低い。他の周辺諸国に比べても、その差は顕著だろう。土地柄で貧しい暮らしを送り、勉学に励むことのできる層自体が極々限られていたのだから、それは当然のことではある。


 その上でこの歳で文字を読めるとなれば、ますます欲しい人材だ。本当に太田牛一ならば、ここで捕まえぬ手はない。そういえば六角家には日置流の吉田重政が弓術師範として仕えているので、太田牛一に習わせれば弓の腕もさらに上達するだろう。


「住職よ、この又助を当家に仕えさせることは可能か?」

「はっ、無論にございます。お恥ずかしい話ではございますが、寺の財政は苦しく、ご覧の通り伽藍も修繕できないほどで、その反面養わなければならぬ童は増えていくばかりで困っておりました。少しでも負担が減るのならこちらとしても正直助かりまする」


 寺の住職にそう頼むと、快諾の返事が帰ってきた。


「ふむ、そうか。ならば又助以外にも童を連れて帰ろう。できれば文字が読める者がいいのだが、勿論武芸や知略、どのような者でも光るものがあれば歓迎だ」


 磨けば光り輝く才を持つ子供は又助の他にもいるはずだ。打算的ではあるが、子供に忠誠心が生まれれば、決して裏切らない味方になり得る。まずは又助を小姓として、その他は文官、武官と適性から判断して育成させよう。


 住職の申す通り、成願寺の伽藍には劣化が目立ってきていたので、気持ち程度ではあるが修繕費用を寄進すると申し出ると感極まっていた。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る