第12話 大体ゴブリンです
ガブリン。害悪モンスター。醜い人型の嫌われもの。何処にでも湧いて、あっと言う間に増殖するぞ。一匹見かけたら百匹いると思え。悪知恵が働き、種類が豊富。ガブリンなのは知恵の神様の誤植です。Byモンスター図鑑。
「うぉおおおおお!
どこどこと、ゴリラみたいにスレンダーな胸を連打して真白が叫ぶ。
不屈の叫び。叫び声をあげ、周囲の魔物を挑発してヘイトを集めつつ、暫くの間防御力を上昇させるクラス2の戦技だ。
……それ、使うなって言ったのに!
「ウバッシャアアアアアア!」
と、こちらは魔物……ではなく真白の叫びだ。足元に突き立てていたロングソードを握り直し、狂戦士の顔つきで群がるガブリンを切り裂いている。ちなみに、不屈の叫びを使うのに剣を手放したりゴリラみたいにドラミングする必要はない。真白が好きでやってるだけだ。
ガブリン窟を探索していたら、真白が急に食べ物の匂いがする! とか言って走り出して、追いかけたらガブリンのキャンプがあったのだ。昼飯の支度でもしていたようで、大きな丸鍋で闇鍋ちっくなごった煮を作っていた。で、目が合って襲い掛かられて、これだ。
真白としては俺にヘイトを向けない為なんだろうが。
「
……思う所はあるが、真白は前衛職だ。この状況になったら俺でも……同じ事をする勇気があるかは分からないが、同じ事を考えはしただろう。
それに今は戦闘中だ。俺も自分の役割を果たすべく、真白にありったけのバフをかける。クラス1と2の白魔法。熟練度が低いので、効果も持続時間も大した事はないが。
ガブリンは脅威レベル3の魔物だ。ただしこれは、ガブリンが群れている事を前提とした数字で、単体なら1と聞いている。数は多いが、冷静に戦えば問題はないはずだ。
「うぉおおおおお! 愛のパワーで漲ってきたあああああ!」
いや、魔法のお陰だが?
真白の戦技も熟練度はそこまで高いわけじゃない。熟練度はスキルの成功率と効果の両方に影響する。ガブリンキャンプには十数匹程いたが、挑発がかからなかった三匹が俺の方に向かってくる。
「刹那ぁ!? どけ! じゃま! あぁもう! 刹那! 逃げて!」
「大事な彼女を置いて逃げる彼氏が、どこの世界にいるんだっての!」
魔法書を取り出し右手を構える。
「
掌から、バチバチと帯電した雷球が六つ、死にかけの蝉みたいにふらふらしながら飛んでいく。クラス1の黒魔法だ。狙った的に当てる事は出来ないが、そこそこ威力があり、ショットガンみたいな使い方が出来る。生物系の魔物なら、電撃で痺れ効果も狙える。
が、この通りめちゃくちゃな軌道で飛んでいくので、運が悪いとすり抜けられる。二匹はその場に倒れたが、一匹が迫ってきた。不格好なバットみたいな棒切れを振り下ろしてくる。
「刹那ぁ!?」
「そっちに集中!」
叫んで、俺は武器を出した。
魔法使いの武器選びは悩ましい。特殊なスキルを取って両手杖の魔法特化型、剣術を取って魔法剣士という手もある。短剣なら各種毒を仕込む事で熟練度が低くてもそれなりの効果を得られる。実際今でも悩んではいるのだが。
とりあえず俺がお試しで選んだのは。
「こんにゃろう!」
柄の長い片手持ちの金槌、ハンマーピックだ。
横から振ったハンマーピックのハンマーの部分がガブリンの側頭部にぶち当たり、一撃で
そして。
「もういっちょう!」
手の中で向きを変えると、倒れたガブリンの頭に、ハンマーピックのピックの部分を叩きこむ。こちらはピッケルのように鋭く尖っていて、刺突攻撃だ。先端に重量が偏っているという事もあり、武器としては軽い方だが、思いきり振り回せばそこそこの威力を出せる。STRの低い魔法職でも物理ダメージを稼げる稀な武器なのだ。
あとはまぁ、鈍器術はワンドを使った格闘戦にも適用されるから、だめだったらそっちに持ち替えればいいという思惑もある。
とりあえず今回は上手くいったが……。
やっぱ近接戦は性に合わない。
めちゃくちゃ怖かったしもう息が上がっている。
「やるじゃん刹那! 超かっこよかったし!」
返り血に染まった真白が犬みたいに駆けて来る。
一人でガブリン十匹倒した真白の方が百倍かっこいいから。マジで狂戦士だったから。いっそロングソードなんかやめて鉄塊みたいなクソデカ両手剣にしろよ。いや、そんな事言ったらマジでやりかねないから言わないけど。真白がクソデカ両手剣持ってる横で俺がハンマーピックなんか握ってたら可哀想な彼氏になっちゃうだろ!
まぁ、それはおいといてだ。
「説教!」
頑張って怒った顔を作って俺は叫んだ。
「はい!」
悪いとは思っているのか、真白は即座に正座して、反省の姿勢を見せる。
「なんで俺が怒ってるのか分かってるよな?」
「はい! あたしが可愛すぎるからです!」
「それもある」
「ちょっと! 反省してるんだから、怒るならちゃんと怒ってよ!」
涙目で真白が言う。ならふざけるなと言いたいが。
真白も馬鹿ではないので……いや馬鹿なんだけど……ともかく、流石に今のは駄目だったと思っているのだろう。
「反省してるならそれでいいだろ。俺だって真白の事怒りたくないし。一人でガブリン十匹も倒してくれたんだしさ。真白の方こそかっこよかったよ。俺も真白がタゲ取りしなくていいくらい強くならなきゃな」
俺にもっと力があれば、真白を危ない目に合わせずに済むのだ。まぁ、それはそれとしてダンジョンで迂闊な行動はやめて欲しいが。
それよりも、俺は真白にヒールをかけた。
「平気だよ。大したダメージじゃないし」
「1ダメージでもダメージはダメージだろ」
というか、見てた感じ1ダメージじゃ済まないが。
ライフが神様の加護によるバリアだと言うのなら、それが1でも減っているという事は、それだけ真白が死に近づいているという事だ。
「秘薬勿体なくない?」
「真白の為に使う秘薬がもったいないわけないだろ」
俺の言葉に真白が真っ赤になって頬を押さえる。我ながら臭い台詞だと思うが、別に誰も聞いちゃいない。可愛い彼女に臭いセリフを吐けるのは彼氏の特権だ。使わないでどうする?
「ていうか、あんなゲテモノに釣られるとか、ちょっと食いしん坊すぎないか?」
ガブリン鍋に目を向ける。
泥のようなスープには、蝙蝠の羽やら人間っぽい指やらキモい魚の頭やらが浮いている。
「美味しいかもしんないじゃん! この世界に転生してあたし悟ったんだよ! 食べ物は見た目で判断できないって!」
世界の真理を悟ったような顔で言うと、真白がガブリン鍋へと歩き出す。
「やめとけって! ガブリンの料理だぞ! 腹壊したらどうすんだよ!」
「そしたら刹那の
「そんな事の為に魔法使うなよ!」
「そんな事が出来るんだから使わなきゃ損じゃん! 白魔法があれば、美味しいのに毒のある食べ物だって食べられるんだよ!」
だめだこの女、脳ミソの代わりに胃袋が入ってやがる。その兆候は前からあったのだが、冒険者ギルドの酒場に並ぶ豊富な種類の魔物飯を食う事で余計に酷くなりやがった。
「お前なぁ……」
呆れる俺に、真白が目をうるうるさせる。
「だってぇえええ! スタミナ使うからか知らないけど、前衛職ってめちゃくちゃお腹空くんだよ!? 食べても食べても足りないんだもん! お腹空いたよぉおおお!」
示し合わせたように、ぎゅるるるるる……と真白の腹が切なげに鳴った。
そう言えば、ギルドの冒険者にも大食いの奴が多かったが、そういう仕組みだったのか。それでも、真白は特に食べる方のように思えるが。
「まぁ、そろそろ昼時だし、飯にするか」
「わーい! 今日のお弁当はなに持ってきてくれたの?」
真白は解体担当だ。インベントリーの中はエグイ事になっている。別に中の物が混じったりはしないのだが、気分的に嫌なので、弁当の用意は俺の役目になっている。
「持ってきてない」
「……は?」
真白の目が、冷徹な暗殺者のように鋭くなる。
いや、予想してたが、怖すぎだろ。
これ以上焦らすと頭から食われそうなので、種明かしをした。
「料理スキルを習ったんだ。だから、今日の昼飯は俺が作るよ」
インベントリーから取り出したフランパンを掲げて見せると、真白は笑顔になって俺に抱きついた。
「最っ高! 料理が出来る彼氏とか、夢みたい!」
いやまぁ、熟練度はまだ見習いレベルなんだけどな……。
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