第13話 彼女の性癖

 誰が言ったか知らないが、初恋は昔から上手くいかないとされている。

 恋愛をゲームに例えるなら、お互いにレベル1なのだ。

 上手くいかない事もあるだろう。


 だが、それじゃ困る。恋愛において、付き合う事はゴールじゃない。スタートなのだ。俺はこの先もずっと真白の彼氏でいる為に、好感度に気を配って真白を繋ぎとめ、良い彼氏ある事をアピールし続けなければいけない。


 だって俺は真白の事が大好きだから!


 今がいい感じだからといって油断してはいけない。この先俺達の前に、絶世の美男子エルフとか、超強い伝説のイケメン剣士とか、お金持ちの王子様が現れないとも限らない。


 で、真白は可愛いから、目をつけられる可能性は大いにある。そうでなくとも、俺みたいな陰キャの貧乏駆け出し魔法職よりもそっちに目移りしてしまう事は十分にあり得る話だ。


 そうなってから後悔しても遅いし、そうなったとしても、真白の心変わりを責めるのはお門違いである。人は誰しも、好きなように好きな相手を好きになる自由がある。


 だから俺は、今の内から真白の心を繋ぎとめる為の努力をしなければいけないのである。


 あと、日々の狩りでも真白の方が倒す魔物の数は多いし、危険な前衛をやらせているし、解体役もやらせちゃってるし、その流れでドロップアイテムの回収も任せちゃってるし。インベントリーのアイテムに重量を感じる事はないけれど、やっぱなんか申し訳ないし、真白の頑張りに報いたい気持ちもある。


 で、考えた結果たどり着いた答えの一つが料理スキルだ。


 覚えられるスキルの合計値には限界があるという話だし、手解きを受けるのもタダじゃないから、無駄なスキルは取らないようにしておきたいが……。限界に達したら不要なスキルから熟練度が減らされていくシステムらしいし、真白の胃袋を掴めると思えば、決して無駄なスキルではないはずだ。


 真白は自他ともに認める食いしん坊である。食事の時の幸せそうな顔ったらない。餌付けではないけれど、手作りの美味しい料理を提供出来れば、真白の心を繋ぎとめる強力な武器になるはずである。


 ……あと、心の狭い話で申し訳ないが、知らない奴の作った料理で幸せそうにしている真白を見ると、なんかこう、もやもやするというか……。はっきり言えば、嫉妬してしまうのだ。


 真白の笑顔は俺の物なのに……なんて言うつもりはないのだけど、その笑顔を俺にも向けて欲しい。そんな事情があった。


 とはいえここはダンジョンの中である。一応近辺の魔物は倒したが、料理なんかしてたら美味しい匂いにつられて魔物がやってくるかもしれない。一層の魔物ならおそらく苦戦せずに倒せるだろうけど、これは今後本格的に冒険者として活動するにあたっての予行練習でもある。なので、その辺の対策も手を抜かずにやっていこうと思う。


 魔物避けのポーションという物もあるそうだが、俺は白魔法を習得しているので、同じような効果の魔法を習得している。クラス2の白魔法、聖域サンクチュアリだ。


 熟練度が足りなくて何度か失敗する。その度に頭の中の電卓が出費を計算するが、魔法の熟練度も難易度制で、百パーセント成功する魔法をいくら使った所で熟練度が上がる事はない。失敗した分だけ熟練度が上がっていると信じ、心の平穏を保つ事にする。……でも、勿体ねぇよ!


 ガブリンキャンプの周辺に聖域の魔法がかかったら料理の準備だ。火を起こす魔法はあるが、今回はガブリンが使っていた焚火があるのでそちらを拝借しよう。


 ガブリン鍋は洗えば使えそうなので、中身をキャンプのそばを流れている川に捨ててインベントリーに入れておくか。


「えー! それ捨てちゃうの? 勿体ないよ!」

「……俺の料理とガブリンの料理、どっちが食べたいんだ?」


 ひもじそうに人差し指を咥える真白に冷たい視線を向ける。


 腹ペコなのは分かるが、俺の料理スキルの熟練度はまだ低い。俺は繊細な心の持ち主なので、万一ガブリン鍋の方が美味しかったりしたら立ち直れない。ライバルは今のうちに排除しておくに限る。てか、普通になに入ってるか分からないし、真白が腹壊したら嫌だし、真白の胃袋がガブリン料理で膨れるのも嫌だ。


「そんなの刹那のご飯に決まってるじゃん! 意地悪言わないでよ!」


 真白がむくれる。そんな言葉を向けられる事に彼氏としての悦びを感じつつ、ガブリン鍋の中身を川に捨てた。


「あぁぁ……」


 物凄く口惜しそうな真白。そんなにガブリン料理が食いたかったのか? チャレンジャーすぎるだろ?


 絶対に美味しい料理を作って真白の未練を断ち切ってやる……。


 食材、調味料、レシピ本、調理道具等は料理ギルドで購入済みだ。組み立て式の簡易コンロを焚火の上に広げ、その横に簡単な調理台を設置する。


 ちなみに料理スキルが上がると料理の腕前があがるだけでなく、食中毒や寄生虫等の危険も緩和され、インベントリー内の食品の腐敗も遅くなるらしい。地味に良スキルである。


 用意した食材を調理台に並べ、レシピ本を取り出す。


 こちらは料理ギルドがまとめたレシピが載っている便利本だ。地域によって内容が変わり、ギルドでは個別にレシピのスクロールという物も売っている。レシピ本も一応魔法の道具マジックアイテムだそうで、知らないレシピのスクロールを使用すると自動で追加される機能がある。


 珍しいレシピや色んな地域のレシピが記憶されたレシピ本は高値で取引されているとか。


 ちなみに魔法書も同じ仕組みで、知らない魔法のスクロールを使用する事で魔法書に記録させる事が出来るらしい。……オタクの収集欲を刺激するシステムである。


 見習いレベルなので、難しい料理を作るつもりはない。大事なのは俺の見栄じゃなく、お客様真白の満足度だ。その為に、簡単で無難なメニューを考えてある。


 まずは鍋でお湯を沸かす。川の水を使ってもいいのだろうが、料理スキルの熟練度が低いのと俺の気持ちの問題で持ってきた水を使う。ちなみに、料理スキルが高いと料理の神の加護で手間のかかる工程を簡略化したり圧縮出来るらしい。本当、地味に良スキルである。


 その間に食材を切り分ける。腕兎のベーコンと水ナスはざっくりと、にんニンニクととう辛子は細かく刻む。水ナスは水色のジューシーなナスで、ほのかに甘く生でも食える。人ニンニクは一見すると普通のニンニクだけど、実の部分に人の顔みたいな模様が入っている。頭辛子は顔こそないが、ヘタの部分に髪の毛みたいな毛がもっさり生えている。……悪趣味な見た目の食材が多すぎないか? ちなみに人ニンニクと頭辛子は下位の秘薬としても使える。


 フライパンに異世界オリーブオイル的なのをしき、刻んだ人ニンニクと頭辛子を炒めて香りをつける。次に水ナスとベーコンを入れたらいい感じに炒め、鍋とフライパンを入れ替えてパスタを茹でる。


 ……うぅむ、失敗した。面倒臭がらずに焚火をもう一個用意すればよかった。料理スキルを覚えても要領が良くなるわけじゃないのだ。こればっかりは経験だな。これまでも特に料理をしてきたわけじゃない俺である。


 茹で上がったパスタを湯切りしてフライパンに投入。なんの為か知らないが、ゆで汁を少し入れるといいらしい。火が通ったら塩と胡椒と料理ギルド御謹製の美味びみの素なる白い粉を振りかける。ギルドのおばさんが言うにはとりあえずこれかけとけばなんでも美味しくなるのだそうだ。なんだよそりゃ!


 真白は大食いなので一気にかなりの量を作った。料理スキルのお陰でなんとなく分量や味付けの加減は分かったけど、それがなかったらお手上げだったな。多分、上手くできたはずだ。腕兎のベーコンと水ナスのペペロンチーノの完成だ。


「おし! 出来た、うぉわ!?」


 気づいたら、すぐ横に真白が立っていた。


「驚かすなよ!」

「だってぇ! かっこいいんだもん!」

「はぁ?」


 真白は何故か目をキラキラさせ、頬を赤くし、乙女ちっくな表情でだらだらと涎を垂らしている。いや、涎は垂らすなよ。ていうか、ただ料理してただけなのにどこにかっこいい要素があったよ?


「……あたし、もしかしたら料理フェチかもしんない」

「料理フェチって、なんだよそれ……」


 そんなの聞いた事ないぞ。いや、フェチ道は広大で複雑だ。噂によればドラゴンカーセックスに欲情するヒューマンもいるとネットの記事で読んだことがある。料理フェチがいたっておかしくはないのだろうが……。


「わかんないけど……真剣な顔で料理してる刹那、めっちゃ良かった! 超グッときた! また作ってよ!」


 鼻息を荒げて真白が力説する。いや、喜んでくれたなら俺も嬉しいけど……。

 予想外の反応に戸惑うばかりだ。


「そのつもりだけど……美味いかどうかはわかんないぞ」

「美味しいに決まってるよ! 刹那の作ったご飯だよ! 早く食べよ! もう早く食べたくて涎止まんないよ! 舌の付け根が痛くなってきちゃった!」


 どんな状態だよ……。

 ……でも、そんな風に言って貰えるのは、正直言ってめっちゃ嬉しい。


 あぁ、俺、真白と付き合えて本当に良かった。

 本当真白は最高の彼女だよ。

 なんて思いつつ、俺は用意したベッドロールなる毛皮のマットを地べたに敷く。


「いただきます」

「いただきま~す!」


 真白がどんな反応をするのか緊張しながら、ずるずるとパスタをすする。

 おぉ? 初めてにしてはかなり美味しく出来たんじゃないか?


「んんんんんんん!?」


 一口食べて、真白は激しく仰け反った。


「ま、マズかったか?」

「んまぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああい!」


 料理漫画だったら口からビームを吐いてそうなリアクションである。


 お粗末様でした。

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