秋
「あ?お前…」
「んー?」
「煙草吸ってたか?」
少し肌寒い季節になってきた。
長い時間費やしたのにも関わらず、現状は対して変わらなかった。
現場にあった遺留品等をアイツらと見直していたら、アイツから煙草の匂いがした。
「え…やめて!君の煙草の匂い移ったんだわ!」
「おい!」
「お前吸いすぎだぞ!マジでココアシガレットにしろよ!!」
「テメェは殴る。」
「なんでだよ!!何かおかしい!!」
「鑑識さんとこ行くついでにココアシガレット買ってくるねー。」
アイツは財布とスマホを持って出て行った。
とりあえず隣にいる親友には肩パンしておく。
「俺殴られすぎじゃない?」
「良かったな。」
「良くない!…で、なんだけど。」
親友が机に腰掛けてたのを、椅子を引っ張り出して俺の隣りに座った。それに合わせて俺も座れば、嘘だよね、と親友が口にした。
「お前まだ吸ってないだろ。」
捜査で忙しく、吸える頻度は前より減った。
このまま禁煙できるんじゃないかと思うくらいにだ。
「…あぁ。」
親友の言う通り、俺はまだ1本も吸っていない。着ていたスーツはクリーニングに出してたやつをこの日初めて着た。
だから匂いは着いていないはずだ。
「さっきあの子の鞄の中、ちょっと見えたんだけど、」
「見んなよ。」
「見えたんだって言ったでしょ!その鞄の中、煙草入ってた。お前と同じ銘柄っぽい…ってちょっと!」
俺は置いてかれた鞄を引ったくって勝手に中身を見た。
鞄の端っこにポツンと、俺と同じ銘柄の煙草が他の物と混じって顔を覗かせていた。
「なんでまた…」
「さぁね…そいや、お前謝ったの?」
「………アイツ遅いな。」
「謝ってねぇな。」
謝ろうと思った。
けど、タイミングが掴めないまま今日まで来てしまった。話すと普通。俺はそれに甘えていたのだ。
「まぁ、分かるよ?忙しくしてるし?タイミング掴めないのは分かるよ?けどほら、あまり長引くとそれこそタイミング失うぞ。」
「……分かってる…」
「分かってたらこんなに引きずってません!」
「グッ!言葉のナイフが…!」
「という訳で、あの子迎えに行ってやんな。」
しっしっ、と雑に追い払われた。
悔しいが一理ある。好意に甘えアイツを迎えに走った。
「あれ、お迎え?」
鑑識にも居なくて、更に下に降りれば、丁度アイツが帰ってきていた。
「まぁ、そんなとこ。」
「素直に迎えと言えばいいのに。」
エレベーターのボタンの押そうとすれば、丁度上から降りてきた。タイミングがいい。空になったエレベーターに2人で乗り、目的の階を押した。
「……悪かった。」
何が、とは聞かれなかった。
チラリと隣を盗み見れば、驚いたような顔をして俺を見ていた。
「あの時、勝手に聞いて、勝手に話聞かないで置いてったやつ……」
「あ、その話か。んーそうだねぇ…あの時ビックリしたよ。急にどっか行っちゃうんだもん。」
「……すまん…」
「いいよ。あの時煙草切れてたしね!」
「それとこれは別だろ。」
「そう?」
ガコン、とエレベーターが止まった。
降りれば待ってた人達が入れ違いで入っていく。
「静かだねぇ。」
人が居るはずなのに、妙に静かだった。
2、3人、通るくらいの静けさだ。
捜査本部に戻ろうと足を動かすと、待って、と声がした。
振り返るとアイツが袋の中を漁っていた。
「ジャジャーン!ココアシガレットー!」
「…あったのかよ。」
「偶然見つけた!」
はい、と渡されたココアシガレット。
俺はその小さな手を、強引に掴んだ。
「…どうしたの?」
「……平気か?」
違う、そうじゃない。
大丈夫も平気も、言っちゃいけない。
「何が?」
「あの時の話。結婚の。」
「あぁ…あれ…」
少し伏せられた瞼。
言葉を探そうと口を金魚のようにパクパクさせていた。
「平気…平気だよ。」
やっと絞り出した答えがそれだった。
言葉には合わない顔をしてるのに、何が平気なんだ。
「……断ったのか?」
「まぁね。私は乙女なので恋愛結婚がしたいんです!」
「そうか…」
ホッとした自分がいた。
しかし何故、その話が上がったのかわからなかった。確かにコイツは優秀かもしれない。
顔もまぁ、可愛い、と思う。
「手ぇ大きいねぇ。」
「あ?…あぁ、悪ぃ。」
手を離し、今度こそ戻ろうと背を向けると、今度はクイッと後ろに引っ張られる感覚がした。
「なんだ、」
俺のスーツを引っ張ったかと思えば、今度は背中が暖かくなった。それが何なのか理解すると、心臓の音がやけにデカく聞こえた。鼓動も早くなった気がする。少し体が熱くなった気もする。
「……背中も大きいねぇ。」
「………そう、か…」
「案外ガッシリしてるのね。」
「まぁ、鍛えちゃいる。」
平常心すぎやしないか、コイツ。
俺だけ心臓乱れすぎて恥ずかしくなった。
「……いいねぇなんか。守ってくれそうな背中だよ。」
「……お前くらいどうって事ねぇよ。」
「時々出すイケメンどうにかならない?」
さぁ行こーう!と背中から離れ俺の前を歩く。
人の気も知らないで。ムカつく。
渡されたココアシガレットを軽く握り締めて、仕返しは何がいいかと考えながら、少し先を行くアイツと並び、隣を歩いた。
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