「これって、他殺…?」


「だな。」


蝉が煩かった真夏。

その日俺たちは一軒家に居た。

父、母、息子の殺人現場だ。

しかも、この家の息子は刑務所から出所したばかりの奴だった。


「恨みを持った奴の仕業かな?」


「それにしては抵抗した跡がない。」


「知ってる人が尋ねてきた。」


「そいつがやったと?」


「で、家の鍵は閉めてベランダの窓から逃げた。」


「空き巣に見せるためか?それにしては部屋は綺麗だぞ。」


「だよねー。空き巣にみせるなら部屋を荒らす。そしたら本物の空き巣が此処を狙って入ったらこの状態。律儀に警察へ通報。何だか凄い偶然というかなんと言うか…」


俺らがまだ中学生の頃。世間を賑わせた一家殺人事件があった。父、母、姉、弟の4人家族。姉は外出してた為無事だったが、他の家族は皆殺されたという。その犯人がこの家の息子で、その一家とは昔馴染みだったとか。

しかし、犯人は無実を主張したらしい。

やってない、濡れ衣だ、と。だが判決は有罪。そしてつい最近まで、その犯人は刑務所に居たのだ。


「関連、あると思う?」


「かもな…無いわけではないと思う。」


「だーよねぇ…」


「あ、そっちどう?」


「んあ?戻ったのか。」


「お帰り。こっちはちょっとねー…そっちは?聞き込み。」


1回家から出てると、アイツが聞き込みから戻ってきていた。

聞き込みに収穫が無かったのだろう。首を横に振った。


「これといって不審者はなし。付近の防犯カメラも確認したけど、何も無かったわ。」


「そうか…」


現場には使われた凶器があったものの、指紋等は拭き取られていた。

これは、あの事件も一緒に洗い直した方がいいかもしれない。そう思い署に戻ることにした。


「?おい、一旦戻るぞ。」


「あぁ…うん。」


家を見上げたアイツの顔は、何を考えてるのか分からなかった。


「ちょっとお二人さん、戻るんじゃなかったのか?」


「戻るよー。」


「…あぁ。」


考えても埒が明かないから、仕事に集中することにした。


ーーーーーーー……


「……だぁ!!わからねぇ!!」


「うっせ静かにしろ!!」


あれから例の事件を洗い直しながら、今の事件を追う毎日。

夜遅く、親友が突然声を荒らげた。

荒れるのもわかる。何せ、何も見つかってないのだから。


「なんで何も出てこないわけ?嫌がらせ?俺ら警察に対する嫌がらせなの?」


「嫌がらせもなにも、犯人は捕まりたくねぇから何も残さねぇんだろうがクソが。」


「口が悪い…あ、元からか。」


「ざっけんなマジで。ぜってぇパクってやる。」


「もしかして煙草切れた?行ってきなよ。これ以上不機嫌になって俺に当たられても困る。」


「…そうする。」


俺は立ち上がり親友を残して喫煙所へ向かった。

誰もいない廊下をカツカツ歩いてれば、反対側からアイツが歩いてきた。


「よっ!…っておい!無視すんな!」


「え?…あぁ、ごめんいたの?」


「わざとかテメェ。」


「違うよー考え事してたんだよー。」


眉間にシワを寄せて怖い顔するくらいの考え事か、とか聞いても怒るか流されるだけだろう。事件の事か?と聞いてみれば、呑気にそうだよー、なんて答えてた。


「君は?煙草切れちゃった?」


「これ以上不機嫌になるなとお達しを貰っちまったもんでな。今から一服してくる。」


「んーそうかー。」


わからないが、変な感じがした。

妙な違和感。コイツらしくなと思うのは、ただこの廊下に俺たちしか居ないせいだろうか。


「…戻らねぇの?」


何故か廊下の壁に背中を預けていた。

戻る戻る、ヘラヘラした顔で言うが、体は動こうとしなかった。


「……お前、どうした?」


仕方ないから付き合ってやった。

同じように背中を預ければ、幾分か小さい肩が、ほんの少しだけ触れた。丁度俺の肩くらいにコイツの頭があった。

表情なんて、何も見えなかった。


「…嫌な事あって。」


ポツリと、そう言った。

大丈夫か?って聞こうと思ったがやめた。

コイツに大丈夫かと聞けば、大丈夫と返ってくるに決まっている。少し開いた口を閉じ、違う言葉をかけた。


「何があった?」


「いやー…息子と結婚してくれないかって。」


「………はっ?」


聞き間違いかと思った。

コイツの口から結婚の言葉が出てきたのは。


「うんうん。わからないよねぇ。結婚とか。」


「…いや誰の?誰の息子?」


「警視総監のご子息様ー。今日、何故か、警視総監が来てて、呼び出されたかと思ったらそれだった。」


「………ぁあ?」


「顔が怖い。」


警視総監の、ご子息?

頭が追いつかない。ドロっとした醜い感情が溢れたのがわかった。気持ち悪いったらありゃしない。


「…そうか。」


これ以上聞きたくなかった。

これ以上ここに居たくなかった。

俺はただそれだけ返事をして喫煙所に向かった。

無理だ。苦しい。荒々しく喫煙所の扉を開ければ、中に居た奴が驚き、俺を化け物みたいな顔で見てから出て行った。

何時もの窓側。体を預けて煙草に火をつけ、肺いっぱいに煙を入れて、ドス黒い感情を煙と共に吐き出した。


「っ、クソッ!」


何であそこで感情的になった、俺。

今思えば話くらい聞けただろ。

アイツを置いてきた、話を聞こうとしなかった、どんな顔をしているか…嫌な事あったって、言ってたのに。


「…情けねぇ…」


警視総監の息子と結婚するのが嫌な事、なのは分かった。……もしかしてアイツ、好きな人でもいるのか?


「………」


いや、俺の早とちりかもしれない。

見合いみたいな結婚が嫌だから好きな人がいるとは限らない、うん、そうだ。

とにかく謝らなければ。自分からどうしたと聞いたのに、放棄してきたのだから。

するとコンコン、と音がした。

そっちを向けば、喫煙所の外に親友が立ってた。

煙草の火を消して喫煙所から出ると、何かあった?、と聞かれた。


「何かって?」


「さっき、別部署の後輩が俺んとこきてさ、お前が怖い顔して喫煙所入って来たから逃げてきたって。」


「…あぁ、いたわ。あれお前の知り合いだったのか。」


「そ!俺の幼馴染の弟くん。」


「え?お前、幼馴染って歳上女じゃなかったのか?」


「あれ、言ってなかったっけ?」


「聞いてねぇ…気がする。女の話しかしてなかったし。」


「んー?そうだっけ?言った気もするけどなぁ…って、そこじゃなくて!何で怖い顔してたんだ?」


「…別になんでもねぇ。」


「はい嘘!なんかありましたって顔してんぞ。ま、言いたくないなら別にいいけど。大方あの子の事だろうし。」


「アイツの事じゃねぇよ。」


「あれ?あの子としか言ってないのに?誰のこと思ったのかなー?」


思わず舌打ちをしてしまった。

コイツはそういう男だった。よく見てやがる。


「ちゃんと謝んなよ。」


「…分かってる。その前にお前殴らせろ。」


「何で?!」


「お前にムカついた。」


「だから何で?!」


「黙って殴られろ。歯ァ食いしばれや。」


「ちょ、本当に殴らないで、痛っ!!」


良い奴すぎて、良い男すぎてムカついた。

そんなの本人には言ってやらねぇけど。

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