出逢いと遭遇

 コツ コツ、とリズムよくヒールの高い靴が音を立てるが、その程度では、周りの人々は見向きもしないだろう。


 でも、その人物を人々は凝視している。


 その原因はおそらく、容姿のせいだろう。整った綺麗な顔立ちはまるで芸能人のよう。そして、地面に着きそうな程に黒くて長い髪に、服装はゴシックロリータ…所謂、ゴスロリという恰好だ。


 その姿は、この玲大学というマンモス大学と言えど、彼女の存在は目立つこと目立つこと。



「もしかして―――…」

「あの子が噂の?」

「小鳥遊だ…」



そんな言葉が周りからヒソヒソと聞こえてくる。


 噂をされている彼女の名前は小鳥遊 冴子たかなし さえこ玲大学文学部心霊現象専攻学部に通う21歳の大学二年生だ。


 何故彼女がそんな噂が広まっているのかは……後々話すとしよう。


 周りのヒソヒソ話が聞こえているのだろうに、冴子は何食わぬ顔で、スタスタとそのまま歩いて大学のとある一角へと向かっていた。


「失礼します」

「ああ来たね 小鳥遊くん」


 無精髭、ボサボサの髪、丸メガネ、そして白衣。いかにも研究者という恰好のこの男性は玲大学文学部心霊現象専攻の教授だ。


「小鳥遊くんは この話を知ってるかな?」


そう言って、教授はファイリングされた記事を見せてきた。


 それは『利賀峰としがみねの連続不審死』と書かれた記事と現場写真だった。


「ああ…この記事ですね 確か致命傷にならない切り傷と心臓をヒトツキでしたね」

「ああ、まるで甚振いたぶってから殺した感じだ」


 私が記事に手を触れた瞬間、ザワリと空気が変わる。先程まで感じられなかった禍々しい氣を感じるようになり、私は溜息をつきたくなった。


「………でしょうね」

「もしかして何か感じるのかい!?」


 子供の様に目を輝かせる教授だが、そんな楽しい物じゃない。この感じだと、取材した人物、その場に行った人物 近くに住んでいる人物。


 全ての人物に大なり小なり影響が出ているだろう。それなのに、この教授になんの影響もないのが最大の謎だ。


 現に黒鵐くろじの気配がしている。

つまり、警戒を怠るなという事だ。


私は確実に足を踏み入れてしまったのだ。


 そして、ここで全員が思ったであろう 黒鵐の事について補足する事にしよう。


 黒鵐とは、冴子に憑いている幽霊。外見は、真っ黒なもやのような存在であり、性別は不明。


 性別が分からない要因としては、黒鵐自体が一人の幽霊ではなく、色々な幽霊が融合した事により存在している集合体の悪霊。


 その為、実体化出来るのは手のみ。実体化すると無数の手が靄の中から出てくる。

 お化け屋敷などで見る、障子から無数の目が浮かびあがる妖怪目目連もくもくれんの目から手になった変異種みたいな感じと言えば想像出来るだろうか?


 そんな補足があった事など知る由もなく、子供の様に目を輝かせる教授。


 しかし、記事コレはそんな可愛らしい物ではない。厄介な案件に首を突っ込んでしまったと、冴子が頭を悩ませている時、ガチャリ、と教授の部屋の扉が開く。


「失礼します あの…ここって心霊現象専攻ですか?」


扉の方に目をやれば、生徒らしき姿があった。


 ショートヘアーで、こげ茶色ぐらいの髪色で、黒縁眼鏡が印象的な大人しそうな男性だ。


 教授が彼の問いに肯定する声は聞いているのかもしれないが、彼は冴子の背後を見て、顔を真っ青にしている。

 冴子は首を傾げて自分の後ろを見ると、そこには黒鵐がぼんやりと姿を現していた。


 黒鵐を指差して見れば、彼は消え入りそうな声で悲鳴を上げる。どうやら黒鵐が見えている様だ。


 そんな彼に気が付いてか、黒鵐は冴子の背後から消える。そして彼の背後に現れると、幾つもある手でペタペタと彼を触り始めた。


 しかし、彼は触れられたと同時に彼は失神して倒れた。


 どうやら限界だったらしい。


 急に失神して倒れ込んだ彼を見て教授と黒鵐は大慌てだ。床にそのまま寝かせている訳にもいかず、教授は彼をソファーの上へと寝かせた。


「…私以外に触ったらダメだよ」


そう言うと、黒鵐は申し訳なさそうに消える。


「小鳥遊くん 何か言った?」

「いえ 何も」


 彼女はいつも通りの淡々とした様子だった。


数分後、彼は目を覚まして飛び起きた。


「あ 起きたんだね?急に顔面蒼白にして倒れたから驚いたよ」

「す、すみません…」

「今 温かいもの買ってくるから待ってて」


 教授がそう言って部屋を出ていくと、冴子は彼に無言でチョコレートを差し出す。


「あの…?」

「食べるといいわ 貧血やあの手の類い・・・・・・には気分が良くなるから」


 そう言うと、彼は何か思い出したのか再び青褪めた。そんな彼を落ち着かせる様に冴子が口を開く、


「大丈夫 あの子は悪さしないから 嬉しかっただけ」

「で、でもさっき 気を失う前にオマエを喰う・・・・・・って…!!」


彼の言葉に冴子は眉間にシワを寄せる。


「それは可笑しな話ね 貴方さっきあの子…黒鵐の姿は見たでしょう?」

「う うん…黒い靄の中から無数の手が出て……」


黒鵐の姿を思い出したせいか、彼はまた顔色が悪くなっていた。


「そう あの子は色々な人が混合して集合した霊だから ヒトの形を成していない そして…手以外は無いのよ」


冴子がそう言い放つと、キーンと嫌な音が響いた。


「…っ え……な、」

「あら 意外と簡単に出てきてくれるのね」


 現れた女の姿はロン毛で黒髪の……よく映画とかで良く井戸やテレビから出てくる様な あの感じでは無さそうだ。


 髪は茶色で肩につくか、つかないかぐらいの長さ。

そして耳にはピアスをしているのか、時折キラリと光る。


 俯いてはいるが、ごく普通の女性だ。


『オマ…エ…じゃ、ま 邪魔だぁああアアアアアア!!!!』


そう言い放つと、彼女の姿は一瞬にして変貌を遂げた。


 頭は半分無くなり、目や口、鼻からは血が止めどなく溢れ、手足もあらぬ方向を向いている。

 思わぬ変貌に、彼は嘔吐えずきそうになっていた。


 最初の面影も無くなったソレは冴子に襲い掛かる。

 しかし、冴子は微動だにしないどころか まばたき一つしない 冷ややかな目で、ソレを見据えた。


「煩いわよ 己を忘れた低級霊」


 冴子がそう言った途端、彼女は動かなくなった。


 しかし、彼女が息をするだけで ゴポゴポと血が口の中で動く音が聞こえ、心做こころなしか周囲に鉄の様な匂いが充満している。


「認識されただけで動けないなんて 底辺以下ね」


 冴子が女性の額に トンと指を当てると、フッと一瞬にして消えた。何が起きたのか分からないとでも言いたげな彼は、やっとの思いで口を開く。


「い、今のは…!?」

「気にしないで平気よ 貴方が拾って来た浮遊霊だから」


冴子の言葉に彼は驚いて目を見開いた。


「ぼ、僕はそんな変な場所には行ってませんよ!?」

「…貴方の住んでる近所で悲惨な交通事故があったでしょう」


冴子が、そう言うと彼は驚きの表情を浮かべる。


「なんで そんな事知って……」

「知ってるわよ それくらい 確か彼女を引いた人は貴方に容姿が似ていたわね」


 そこまで言うと彼は本日何度目か分からないが、顔を青白くして顔を引きつらせていた。


「それは…その つまり……」

「貴方を轢いた相手と思い込んで アチラ側に引き摺り込もうとしたのよ」


冴子の言葉で、彼は本日二度目の失神をした。


「……そう言えば、まだ名前も聞いてなかったわね……」


 冴子がポツリと小さく呟くと同時にドアが開く、入ってきたのは、温かい飲み物を持って来た教授だ。そもそも、ここの研究室に出入りするのは教授と冴子ぐらいなものだが……。


「お待たせーってアレ!?なんで移動して気絶してるの!!?」


 教授は机の空いてる場所に飲み物を置くと、彼の方に駆け寄った。


「…少々問題があっただけです もう解決しました」


その言葉に教授は、不謹慎ではあるが目を輝かせる。


「まさか 怪異!?どうして私が居ない時に限ってそういう事が起こるんだ…!」


〝私だって経験したいのに…!〟等と、ぶつくさ言いながら、教授は再び彼をソファーに運んだ。


「…不謹慎ですよ、教授」


そう言って冴子は彼が横になっているソファーとは反対側のソファーに腰を掛ける。


これが、彼女と彼の出会いと事件の始まりだった。

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