崔宏1 冀州神童
祖父は
崔宏自身もまた幼い頃より儁才と讃えられ、
苻堅は崔宏の評判を聞いて感心し、自身のもとに呼び寄せて太子舍人に任じようとしたが、崔宏は母の病を理由に辞退。このため著作佐郎に左遷された。
冀州の責任者が苻融から
苻堅が滅ぶと、青州に疎開。しかしその地には
この事態を聞き、郝軒が嘆じる。
「なぜ彼にかくなる事態が起こるのだ、旋風に乗らねばオウムも雀も飛び立てぬと言うに、なんと惜しきことか!」
やがて
崔玄伯,清河東武城人也,名犯高祖廟諱,魏司空林六世孫也。祖悅,仕石虎,官至司徒左長史、關內侯。父潛,仕慕容暐,為黃門侍郎,並有才學之稱。玄伯少有儁才,號曰冀州神童。
苻融牧冀州,虛心禮敬,拜陽平公侍郎,領冀州從事,管征東記室。出總庶事,入為賓友,眾務修理,處斷無滯。苻堅聞而奇之,徵為太子舍人,辭以母疾不就,左遷著作佐郎。苻丕牧冀州,為征東功曹。太原郝軒,世名知人,稱玄伯有王佐之才,近代所未有也。堅亡,避難於齊魯之間,為丁零翟釗及司馬昌明叛將張願所留縶。郝軒歎曰:「斯人而遇斯時,不因扶搖之勢,而與鷃雀飛沉,豈不惜哉!」慕容垂以為吏部郎、尚書左丞、高陽內史。所歷著稱,立身雅正,與世不羣,雖在兵亂,猶勵志篤學,不以資產為意,妻子不免飢寒。
(魏書24-9)
カッコいいんですけど、妻子を飢え凍えさせる野郎のどこがイケてるの? とも思えて仕方がなくてな。いや食わせようよ最低限。どうもこれを凄いことかのように語る中国史筆法がなかなかキツイ。
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