魏書巻24 北魏草創期の名臣

燕鳳1  苻堅との舌戦

燕鳳えんほう、字は子章ししょうだい郡のひとだ。学問を好み、経典歴史に広く通じ、また陰陽や讖緯といった占術にも通暁していた。拓跋什翼犍たくばつじゅうよくけんは早くからその名を聞き及んでおり、使者を送って燕鳳を礼遇の上平城へいじょうに迎え入れようとした。しかし燕鳳、この召喚を拒む。すると拓跋什翼犍、今度は軍隊を送り、代を包囲させた。そして住民に向け、言う。

「燕鳳が来ないのであれば、この城のものが皆殺しになると思え!」

こんな脅しをされてはたまったものではない。代人は燕鳳を送り出した。拓跋什翼犍は燕鳳と議論を交わすと、大いに喜び、賓客としての礼遇を尽くした。のちに代王左長史となり、代の国政に参与した。また経学を拓跋寔たくばつしょくに授ける役目も請け負った。


苻堅ふけん牛恬ぎゅうてんを使者として代に遣わせてくる。拓跋什翼犍は燕鳳に返礼の使者として苻堅のもとに赴くよう命じた。


長安ちょうあんに到着すると、苻堅から議論をふっかけられる。


「代王はいかなる人物か?」

「寬和仁愛にして、その經略は高遠。一時の雄主にして、常に天下を并吞せんと志しておられます」

「そなたら北人には鋼甲も鋭き刃もなく、敵が弱けば侵攻し、強ければ逃げ出すような戦い方をする。これで天下を取れると思っているのか?」

「北人は頑強で、猛々しくございます。馬の上で三種の武器を持ちながらも、その機動力は飛び回るが如し。主上の雄雋なること、斯様な勇士を見事に従えております。騎射をこととなす百万もの勇士らが、その号令のもと一つの生き物がごとく動くのです。軍には輜重を運搬する労苦も、いちいちかまどを持ち歩く労苦もございません。その機動力さえあれば、敵よりその資源を奪えば事足りるからです。かくて南人らが疲弊し、北人がつねに勝利するのです」

「卿らの国の人馬はいかほどか?」

「騎射の戦士が数十万、百万に及びます」

「ひとが多いのはまぁよかろう。しかし、馬をそれだけ抱えられるなぞありえまい」

雲中うんちゅうの川が東の山から西に流れ、黃河こうがにそそぐまで、およ二百里。また北の山から南の山に至るまでが、およそ百里あまり。毎年初秋に馬が集まれば、その数でほぼ川を埋め尽くします。あの様子を思い返せば、この使者めの言とて、なおも実態をあらわせているとは思えませぬ」


このやり取りに気を良くしたか、燕鳳が代に帰還するとき、苻堅は財物を下賜した。




燕鳳,字子章,代人也。好學,博綜經史,明習陰陽讖緯。昭成素聞其名,使人以禮迎致之。鳳不應聘。乃命諸軍圍代城,謂城人曰:「燕鳳不來,吾將屠汝。」代人懼,送鳳。昭成與語,大悅,待以賓禮。後拜代王左長史,參決國事。又以經授獻明帝。

苻堅遣使牛恬朝貢。令鳳報之。堅問鳳:「代王何如人?」鳳對曰:「寬和仁愛,經略高遠,一時之雄主,常有并吞天下之志。」堅曰:「卿輩北人,無鋼甲利器,敵弱則進,強即退走,安能并兼?」鳳曰:「北人壯悍,上馬持三仗,驅馳若飛。主上雄雋,率服北土,控弦百萬,號令若一。軍無輜重樵爨之苦,輕行速捷,因敵取資。此南方所以疲弊,而北方之所常勝也。」堅曰:「彼國人馬,實為多少?」鳳曰:「控弦之士數十萬,馬百萬匹。」堅曰:「卿言人眾可爾,說馬太多,是虛辭耳。」鳳曰:「雲中川自東山至西河二百里,北山至南山百有餘里,每歲孟秋,馬常大集,略為滿川。以此推之,使人之言,猶當未盡。」鳳還,堅厚加贈遺。


(魏書24-1)




こういうのって、いかに自分の国がすげえかをうまい言い回しで言えるかにかかってくるんでしょうね。内容というよりは、相手の国のコードを拾った上で語れるかどうか。寛和仁愛なんてそれっぽい言い回しの極みみたいな言葉なんか言うに及ばず、控弦も史記にはもう見えています。苻堅は苻堅でコーブテーヘーカラブだったし、これは燕鳳もほぼこのまんまで発言したんだろうなあ。


代人って書かれ方だから鮮卑か漢人かわからないのがやや痛いところ。まぁ代なんて普通に春秋時代には漢人勢力下だろうし、燕姓が春秋燕の支配層の子孫だとしても不思議ではないですね。この辺もうちょっと詳しい記述が残ってたらとも思うんですが、まぁ仕方ない。

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