道武子4 皇子たち
ここからは
陽平王熙,天興六年封。聰達有雅操,為宗屬所欽重。太宗治兵於東部,詔熙督十二軍校閱,甚得軍儀,太宗嘉之,賞賜隆厚。後討西部越勤,有功。泰常六年薨,時年二十三。太宗哀慟不已,賜溫明祕器,禮物備焉。
河南王曜,天興六年封。五歲,嘗射雀於太祖前,中之,太祖驚歎焉。及長,武藝絕人,與陽平王熙等並督諸軍講武,眾咸服其勇。泰常七年薨,時年二十二。有七子。
河間王脩,天賜四年封。泰常元年薨,無子。
長樂王處文,天賜四年封。聰辯夙成。年十四,泰常元年薨,太宗悼傷之,自小斂至葬,常親臨哀慟。陪葬金陵。無子,爵除。
廣平王連,天賜四年封。始光四年薨,無子。
京兆王黎,天賜四年封,神䴥元年薨。
(魏書16-4)
拓跋珪の息子たちも、国史の難がなかったらもう少し伝記が残っていたんでしょうけどね。まぁ、残ってないのは大勢にかかわらなかったってことでもあるので、仕方ないのかな。
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