魏書巻16 拓跋珪の息子

道武子1 拓跋紹1

拓跋珪たくばつけいの子は10人である。

りゅう皇后の子の拓跋嗣たくばつし

夫人の子の拓跋紹たくばつしょう

王夫人(大)の子の拓跋熙たくばつき

王夫人(小)の子の拓跋曜たくばつよう

母親不明の拓跋脩たくばつしゅう拓跋処文たくばつしょぶん

だん夫人の子の拓跋連たくばつれん拓跋黎たくばつれい

拓跋渾たくばつこん拓跋聡たくばつそうの母もやはり不明だが、彼らは早くに死亡し、後継者はいない。



次男の拓跋紹は、403 年に清河せいが王に封じられた。凶暴極まりない性格であり、ひとの教えをまともに聞く気もなかった。市井に軽々に遊びに出、道行く人に襲いかかり、強盗働きをした。犬や豚を斬ったり射貫いたりして仲間と楽しんでいた。


かつて拓跋珪はそんな拓跋紹の無軌道に怒り、井戸の中に放り込んだ。間もなく死のうかというタイミングで引き上げた。兄の拓跋嗣もまた拓跋紹をしばしば責め立てた。このため兄弟の不和は極点にいたり、拓跋紹はいつ変事があったものかと怯える日々を過ごした。


こうした責めは母の賀氏にまで飛び火する。拓跋珪はついに賀氏を幽閉。日を置かずして処刑しようと考える。しかし日没に至っても、いまだ決行できずにいた。そこで賀氏は拓跋紹に密かに使者を遣わせる。


「そなたはいかにして妾を救ってくれるのかや?」


そこで拓跋紹は夜に宦官らと共に拓跋珪の眠る宮殿に忍び込む。侍御らが「賊が来た!」と叫んだため拓跋珪も驚き起きたのだが、弓を手に取ろうとして失敗、拓跋紹によって殺された。




道武皇帝十男。宣穆劉皇后生明元皇帝,賀夫人生清河王紹,大王夫人生陽平王熙,王夫人生河南王曜。河間王脩、長樂王處文二王母氏闕。段夫人生廣平王連、京兆王黎。皇子渾及聰母氏並闕,皆早薨,無後。

清河王紹,天興六年封。兇佷險悖,不遵教訓。好輕遊里巷,劫剝行人,斫射犬豕,以為戲樂。太祖嘗怒之,倒懸井中,垂死乃出。太宗常以義方責之,遂與不協,恒懼其為變。而紹母夫人賀氏有譴,太祖幽之於宮,將殺之。會日暮,未決。賀氏密告紹曰:「汝將何以救吾?」紹乃夜與帳下及宦者數人,踰宮犯禁。左右侍御呼曰:「賊至!」太祖驚起,求弓刀不獲,遂暴崩。


(魏書16-1)




この、何と言うか、都合良く拓跋紹が擁護不能の悪とされているのがですね。この辺を疑っても大勢に意味はないですけど、何せ北魏序盤が全開で悪の帝国だからなあ。拓跋珪の意に沿った拓跋嗣とか、それだけで悪の皇子ですわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る