昭成裔6 拓跋烈・觚
拓跋烈の弟、
やがて拓跋珪が中山制圧に乗り出すと、
改めて拓跋觚が弔われると、
儀弟烈,剛武有智略。元紹之逆,百僚莫敢有聲,惟烈行出外,詐附紹募執太宗。紹信之,自延秋門出,遂迎立太宗。以功進爵陰平王。薨,諡曰熹。子裘襲。
烈弟觚,勇略有膽氣,少與兄儀從太祖,侍衞左右。使於慕容垂,垂末年,政在羣下,遂止觚以求賂。太祖絕之。觚率左右數十騎,殺其衞將走歸。為慕容寶所執,歸中山,垂待之逾厚。觚因留心學業,誦讀經書數十萬言,垂之國人咸稱重之。太祖之討中山,慕容普驎既自立,遂害觚以固眾心,太祖聞之哀慟。及平中山,發普驎柩,斬其尸,收議害觚者高霸、程同等,皆夷五族,以大刃剉殺之。乃改葬觚,追諡秦愍王,封子夔為豫章王以紹觚。
(魏書15-6)
んー、いろいろふしぎ。
とりあえずこの二人は拓跋翰と賀氏との間の子、つまり拓跋珪にとっては弟にしていとこに当たります。この辺を分かりづらくしてるのは漢人にとってレヴィレートがクソ制度だから、「漢人皇帝として」書かれた拓跋珪の周りでレヴィレートの痕跡を可能な限り隠したい、と企図する。まぁこれは魏収さんの心理を思えば当然の配慮でしょうし、まぁいいです。
問題は拓跋觚まわりの記事。他所で慕容麟を慕容普驎扱いとしていたのでここでも従いました。ただ「中山が攻められた時に独立した」は確かに慕容麟の動きなんですが、慕容麟が死んだのって中山じゃないんですよね。慕容徳とともに南方に逃れ、慕容徳に殺されています。となると、慕容麟そっくりな誰かを慕容麟扱いして死体を辱めた、とかなのかなあ。
あと気になるのは「皆夷五族,以大刃剉殺之」。愛しの弟を殺されて復讐に燃えた、もまぁ、わかる。ただ分からないのが以大刃剉殺之。えっなにその具体的な描写? けど剉殺ってなに? はじめ膾切り的なやつ(つまり凌遅三千刀)かな、と思ったんですが、どちらかといえば腰斬ですかねえ。できるだけ惨たらしく殺したかった意図については、いやというほど伝わるんですが。
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