魏書 列伝

魏書巻13 后妃伝

賀太后1 蒙塵の日々

拓跋珪たくばつけいの母氏、賀蘭がらん部を統率する賀野干がやかんの娘だ。その見目麗しさから拓跋氏に迎え入れられ、拓跋珪を産んだ。しかしまもなく前秦ぜんしん苻洛ふらくの襲撃を受け拓跋氏は瓦解、賀氏と拓跋珪は近臣を連れ北方に脱出しようとする。しかしそこで高車こうしゃよりの襲撃にあう。慌てて南方に進路を変えると、途中で車輪を固定する器具が破損してしまう。賀氏は恐怖しながらも天を仰ぎ、言う。

「お国の血筋、どうして絶やすことができましょう! どうか神靈よ、国の宝を助けたまえ!」

願いが通じたか、車輪は外れずにすみ、遂には七介山しちかいざんの南に抜け、追手より免れることが叶った。


匈奴きょうど独孤どっこ部、劉庫仁りゅうこじんのもとに身を寄せるも、間もなく劉庫仁が死亡。あとを継いだ劉顕りゅうけんは拓跋珪を殺害せんと企てる。ところで独孤部には拓跋珪の父方のおばが嫁入りしていた。夫は劉顕の弟、劉亢泥りゅうこうでい。彼女は計画を知ると、密かに賀氏に伝える。あわせて部民の梁眷りょうけんもこの計画を伝えてきた。


そこで賀氏は先に拓跋珪を脱出させ、自らは劉顕のもとに赴いて酌をし、したたかに酔わせた。そして翌朝には厩舎の馬たちを大いに驚かせ、混乱させる。いったい何事かと飛び起きて厩舎のもとに赴いた劉顕の前には、涙する賀氏がいた。


「わらわは子らとともにこちらを頼るも、いまやすべての子が失われてしまった。いったい貴様らのうちどやつが我が子らを殺したのじゃ?」


この言葉を聞き、劉顕も追手を飛ばすことは諦めた。




獻明皇后賀氏,父野干,東部大人。后少以容儀選入東宮,生太祖。苻洛之內侮也,后與太祖及故臣吏避難北徙。俄而,高車奄來抄掠,后乘車與太祖避賊而南。中路失轄,后懼,仰天而告曰:「國家胤胄,豈止爾絕滅也!惟神靈扶助。」遂馳,輪正不傾。行百餘里,至七介山南而得免難。後劉顯使人將害太祖,帝姑為顯弟亢埿妻,知之,密以告后,梁眷亦來告難。后乃令太祖去之。后夜飲顯使醉。向晨,故驚厩中羣馬,顯使起視馬。后泣而謂曰:「吾諸子始皆在此,今盡亡失。汝等誰殺之?」故顯不使急追。


(魏書13-1)




うぉお、いきなり烈女……これ「酔わせ」だし、たぶん身体も差し出してますよね賀氏。けどその動機は「すでに劉顕によって何人もの子が殺された、最後の望みである拓跋珪まで失うわけにはいかない」。もちろんこのふるまいで殺されることまでも織り込んでいたことでしょう。やべぇ、なんてひとだ。


そして拓跋珪、拓跋氏の嫡流として生まれたそばから父を失い、祖父を失い、国を失い、更にはここで「母を見捨てなければならなかった」。あまりにも背負ってるものがキツすぎます。こんなトラウマ級のダメージをすでに幼年期から喰らい続けてて、かつ立志すれば叔父や母の一族、妻の一族とも戦わにゃならなかったわけです。あかん、こんなんあかんですわ、まともな人間が背負いきれる限界の重さを遥かにぶっちぎってます。よくもまぁ乗り切ったとしか言いようがなく、いやその晩年見たらまるで乗り切れてねえやなと思わずにもおれず。


鬱展開はお客さんを手放しますよ? だいじょうぶこの立身物語?

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