拓跋嗣11 崔浩有寵

8 月、拓跋陋孫たくばつろうそん姚興ようこうのもとに使者として送った。また悅力延えつりきえん柔然じゅうぜんの慰撫の使者に、于什門うじゅうもん馮跋ふうばつをあざ笑うための使者として送った。また尉古真うっこしん東晋とうしんに送り、劉裕りゅうゆうと会談させた。また顧問として博士の王諒おうりょうをつけた。姚興より返答の使者があった。


11 月拓跋嗣は各州に使者を遣わせ、各州長官の財務状況を確認、不当な横領が判明したらのきなみ没収した。また郡守が法令に従わないようなことがあったら、民に直接平城にて奏上することを許した。


12 月、柔然が国境付近に攻め寄せてきた。拓跋嗣自らが迎撃に出た。司馬順宰しばじゅんさいが晉王を自称、決起した。討伐軍が編まれたが、捕まえられなかった。


この年、南涼なんりょう禿髮傉檀とくはつじょくだん西秦せいしん乞伏熾磐きっぷくしばんによって滅ぼされた。




秋八月戊子,詔馬邑侯元陋孫使於姚興。辛丑,遣謁者悅力延撫慰蠕蠕,于什門招諭馮跋。詔平南將軍、相州刺史尉古真與司馬德宗太尉劉裕相聞,使博士王諒假平南參軍將命焉。姚興遣使來聘。

冬十一月壬午,詔使者巡行諸州,校閱守宰資財,非自家所齎,悉簿為贓。詔守宰不如法,聽民詣闕告言之。十二月丙戌朔,蠕蠕犯塞。丙申,帝北伐蠕蠕。河內人司馬順宰自號晉王。太守討捕不獲。

是歲,禿髮傉檀為乞伏熾磐所滅。



※資治通鑑掲載分

この年、博士祭灑の崔浩さいこうが拓跋嗣に『易』や『洪範』を講義。その際拓跋嗣は崔浩に天文や術數について質問を寄せる。崔浩の占いは的中率がきわめて高かったため、以降拓跋嗣より寵愛されるようになり、多くの軍略に参与するようになった。  

(魏書3-11)




馮跋舐めプのシーンとかも面白いんですが、それにしたって資治通鑑にのる崔浩登場のシーンがわざとらしくて良きですの。おい拓跋嗣オメーとっくに崔浩と密会(語弊)してたろうがよ!


読んでてもう、ウキウキしちゃいましたよね。

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