三十六話「あんな裏切り絶対に許さない」


 今度は後原のところへ向かっていく。シュートが近づいてくる気配を察した後原は逃げようとするが、彼にすぐ捕まって教室の中心まで引きずられる。後原は怯え恐怖して、両目から涙を流し続けている。次は自分が中里たちと同じ目に遭わせられるのだと悟って、全身の震えが抑えられないでいる。


 後原健もかつては中里たち不良グループに目をつけられ虐められていた。彼のひ弱な見た目とおどおどした態度は、中里たちにとって虐めのカモとして映ったからだ。

 そんな後原をシュートは一度虐めから助けた。その時は彼はシュートに感謝をしていた。同時に今度はシュートが中里たちに虐められるようになって、自分を庇ったせいで標的にされたのだと、申し訳ない気持ちも抱いていた。

 ある日後原は谷里にこんな話を持ちかけられた。


 (お前も三ツ木の虐めに加われ。そうすればもうお前を虐めたりしない。それどころか俺たちの仲間に入れて、誰もお前を虐めたりしないよう守ってやるよ)


 やらなければあの酷い日々に逆戻りだ……そう思った後原は最初は仕方なく…といった想いでシュートに暴力を振るい始めたのだった。

 それと同時に後原は中里や谷本たちと同じ不良の仲間になったのだった。


 「ひ……えぐっ」


 これから起こるであろう暴力による報復に怯えて泣いてうずくまっている後原に、シュートは片膝をついて、頭を彼の頭と同じ位置に合わせる。いつまで経っても暴力がとんでこないことを不審に思った後原は顔を上げて、思わず驚きの声を上げた。

 理由はシュートがこれまでと違って優しい面持ちをしていたからである。


 「え……三ツ木、君…?」


 シュートは中里や谷本たちへの復讐で見せていた残虐さを孕んだ顔から一変、後原に対して穏やかな表情を浮かべたまま、後原の肩に手をポンと置く。殴られると身を縮こませる後原だったが、そうじゃないことを悟って体の強張りを解く。シュートの様子の変わり様を見た紅実や板倉たちは戸惑うばかりである。


 「後原……本当は辛かったんだよな?中里たちにさ、あいつらと一緒に俺に暴力を振るうよう命令されて…俺への虐めに加担しろって、言われてたんだよな?」


 後原は無言のまま肯定の意を示す。


 「命令されてたお前が俺に暴力振るう時、最初はすごく嫌そうな顔してたよな?小さな声で“ごめん”って謝ってたのも聞こえてたんだぜ?仕方なかったんだよな、中里の命令に従わなかったらまた自分が酷い虐めに遭うんだから」


 教室中からそうだったんだ…とクラスメイトたちの呟きが漏れる。後原が何故シュートを虐めるようになったのかは誰も今日まで知らなかったのだ。


 「でもさぁ…集団暴行の虐めの回数重ねていくうちにさ、なんかお前楽しそうに俺を殴ったり蹴ったりするようになったよな?暴言も吐くようになったし。先週だって顔を思い切り殴られたっけ」


 シュートがそうポツリと告げると後原が顔を盛大に引きつらせながら必死に言い訳を並べ始める。


 「あああの時の俺は、本当にどうかしてたんだ!中里…君たちの仲間になって、何だか自分が強くなったと勘違いしてたっていうか……!何か、魔が差してつい三ツ木君にあ、あんな酷いことを散々……。

 わ、悪気は無かったんだ!ご、ごめんなさい!!」


 目に少し涙を溜めながら言い訳して謝罪する後原。そんな彼をクラスメイトたちが最低…と罵る声が上がる。そんな中シュートだけは相変わらず穏やかな表情のままでいる。

 

 「でも…途中から楽しんでたあの態度も、嘘だったんだろ?そうするように中里たちに命令されてたんだろ?本当はやりたくないってずっと思ってたんだよな?」


 いったいどうしてしまったのか、と紅実たちが戸惑う程にシュートは態度を一変させる。彼の勝手な解釈に、後原は目に涙を溜めたまま、


 「そ、そうなんだよ!楽しんだ様子で三ツ木君をボコボコにしろって、中里君とか谷本君とかに言われてて!俺は……僕は!本当は、虐めから助けてくれた三ツ木君に酷いことしたくなかったんだよ……!先週だって、三ツ木君を殴ってもちっとも楽しくなんてなかったよ!」

 「……………」


 不良という張りぼての強い自分を脱ぎ捨てて、本心を吐露するのだった。これまでの行為に対する懺悔を述べて反省している様子の後原を見たシュートは、その言葉を待ってたんだと言わんばかりに微笑む。


 「……許すよ。それと、俺のことまたシュートって呼んでほしい。去年とか一学期の最初の頃とかは、俺のことそう呼んでくれてただろ?」

 「う、うん……ありがとう!だから昼休みの時、僕だけ何もしないでくれてたんだね!?あの時から気付いてくれてたんだ!?

 ありがとう……それと今まで本当にごめんよ、シュート君……!やっぱり僕が間違ってた!すごく反省してる!」


 思いもよらない急展開に戸惑うも、穏やかに終わりそうだと思った紅実たちも気を緩め始める。黒板にいる青野も助かりそうだと安堵し始める。


 (……保険として、私も後原みたいに泣きながら謝ってみようかな。今なら許してくれそう)


 そしてもう一人、この状況を利用しようと思っている生徒がいる……板倉ねねだ。今のシュート見て板倉はこう思った……今なら自分のことも許してくれる、と。泣いて反省している意思を伝えて、媚びればきっと落ちるだろう、と。そして今度は本当に付き合いたいと言って告白すれば完璧だ、と計算していた。


 「あ、あの三ツ木君―――」


 板倉が後原のように目に涙を(目薬で)溜めながらシュートに歩み寄ろうとした、その時―――


 ミシ……ッ


 後原の肩に置いているシュートの手に力が入る。筋肉が軋む程の力を入れられた後原は痛みに顔をしかめる。


 「え………?いたっ、痛いよシュートく―――」


 後原が痛みを訴えて顔を上げた先には―――







 「 なんて そんなわけねーだろ 」






 中里や谷本たちに復讐していた時と同じ、悪魔のような形相で笑うシュートがいたのだった。


 「………ひっ!?」


 そんなシュートの豹変を目にした板倉は思わず足を止める。紅実たちも同じく再び豹変したシュートを見て酷く戦慄する。


 「へ……え?え??」

 「いや、え?じゃなくて。さっきまでのあれは、う・そ ってこと。

 許すわけねーじゃんっ」


 ボゴォ「う……ごぉ!?」


 そう言い終えたと同時に、シュートは後原に思い切り腹パンをくらわせる。先程までの弛緩していた空気が再び険悪なものに戻る。


 「いやぁ~~見事に騙されてやんのお前ら。笑えるわ。昼休みお前を痛めつけなかったのは単に時間が足りなかっただけ。はじめからお前も中里たちと同じくらい壊す気なんだよ、クソ野郎」


 そう言ってからシュートは後原の胸倉を掴んで軽々と持ち上げる。シュートが自分に対して怒り狂っていることを理解した後原は泣き喚き出す。


 「うわあああ!?そんな、許してくれるって……う、嘘!?」

 「悪気はなかった?魔が差した?もう反省している?あれだけ楽しそうに俺を甚振っておいて、よくもまぁペラペラと嘘を言えたなぁ?」

 「ひぃええあああ!?ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい―――」

 「謝罪の言葉なんてもう要らねーんだよ。どうせその場逃れの為の、その場限りの空虚な謝罪なんだろうからさ。

 お前本気でごめんなさいなんて思ってねーんだろ?」


 ぎゅうう、と胸倉を掴む力が増して首が絞まりだして、後原は苦しそうに呻く。シュートが後原が心から謝っていないことを、スキル「看破」で見破っていたのだった。シュートを甚振っても楽しくなかった、が嘘だったのだ。


 「お……え”ぇ!ほ、本当です!本当に申し訳ないって、思ってます…ぉえ!お願い信じて――(ベキィ)――いぎゃあああああ!?」


 耳障りな言葉を黙らせるべく、シュートは必死に言い繕おうとする後原の前歯をつまんで、乱暴にへし折った。欠損箇所から血が噴き出てその痛みに絶叫する後原を見て、シュートは面白そうに笑い出す。

 しかしすぐに、その顔は憤怒の形相へと変わりだす。


「とりあえず言っておくか―――テメーよくも裏切りやがったな!善意で中里たちの虐めから助けてやったのにその見返りがその中里たちの仲間に入って俺を虐めだすとか何なのお前!?しかもたいそう面白そうにして俺を容赦なく痛めつけやがったな!楽しかったか!?虐めから助けてもらった恩を最悪の形で返したことは!なぁどうだったんだ!?楽しかったんだろーな!?この最低裏切りクソ野郎が!殺してやりたい気分だよこっちは!

 

 あんな最低な裏切り、絶対に許さねぇ!!」


 シュートは内に溜まっていた憎悪の言葉を出しながら後原の首から下の全身を殴り、殴って、殴りつけて、殴りまくった。一ミリの容赦も無い憎悪の拳が後原を壊していく。怒りに任せてはいるものの殺さないようスキルは発動しないでいる。

 それでも絶え間ない殴打を浴びた後原の肋骨は骨折および損傷、肩・腕・脚の複数の骨は複雑骨折・開放骨折、損傷あるいは剥離、内臓のいくつかは破裂あるいは損傷と、どの箇所も壊れてしまっていた。

 骨や内臓を砕き・壊す音が響き、後原の口から何度も吐き出される血に、紅実たちは再び目を閉じるあるいは逸らしたり耳を塞ぐのだった。


 「ひ……いぃ……っ」


 シュートの本性を目の当たりにした板倉は、さっきしようとしたその場凌ぎの謝罪と告白を諦めて、再び隅へ引っ込んだ。同時に恐れてもいた。次は自分かもしれない、と。

 やがて殴打の嵐が止んで、シュートはまたペンチを取り出して後原の爪や歯を剥がしにかかる。


 「俺は心底後悔してるよ、お前なんかを虐めから助けてしまったことを。以前からそれなりに喋ったり一緒にお昼食ったりして友達だと思ってたのに、恩を仇で返す最低のクソ野郎だとは思わなかったよ」


 お喋りしながら慣れた手つきで足の爪と手の爪を剥がすシュート。その間後原の絶叫が絶えることはない。


 「けど、お前のお陰で学んだことがあったわ。

 他人を善意で助けるという正義なんて、クソ喰らえだってことだ。他人を思いやっての正義を振りかざすことは何の為にもならない。むしろ損をすることばかりだ。この俺が良い例だ。お前が教えてくれたんだよな、他人を助けることがクソだってことをさぁ!」

「あ、あああああああ―――(ぐりっ、ぼちゅう…っ)――げあ”あ”あ”あ”あ”っ」


 シュートはそう述べて笑いながら、後原の奥歯を何本も引っこ抜いた。そんなシュートが叫んだ今の言葉を聞いた紅実は、胸を痛めていた。


 (あのシュート君が、そんなことを言うなんて……。進んで誰かを助ける、正しいことを率先して言ったり行動していたシュート君は、もう……。

 中里くんたち虐めの主犯グループが、彼をあんな風に変えてしまった。

 いや違う……何もしてあげられなかった私や、見て見ぬふりをしていたクラスのみんな、虐め問題を提示しなかった青野先生も、みんなが間違ったことをしたから、今のシュート君になってしまったんだ)


 紅実だけがひどく悔やんでいた。自分に出来たことがもっとあったはずなのに、と。


 「はははははは!自分を散々虐めてきた相手を存分に壊すのってやっぱ面白いなぁ!」

 「い、嫌だ……目は止め――(ぐりぃ、ぐぼ、ずちぃ……)~~~~~うbcべくえtりっっ」


 命乞いの言葉も空しく、ペンチで右目を抉り、潰されて地獄の痛みを味わいながら、後原は心底後悔していた。自分が中里たちに屈してシュートの虐めに加担してしまったことを。シュートがこうなってしまったのは自分のせいでもあると。自分がしでかしたことに今更ながら後悔して反省するのだった。


 「はぁ、後悔とか反省とかしたって、もう遅いんだよゴミクズ野郎」 


 全ての工程を終えたシュートは、壊し切った後原健を持ち上げて、黒板の方へ投げてそこへ叩きつける。近くにいた青野は情けない声を上げて、隣にある掃除ロッカーに入ってそこで震えるのだった。


 「次ぃ~~~」







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