三十二話「復讐の 続きだよ」


 午後の授業が始まるギリギリの時間にシュートは教室に戻って席についた。チャイムが鳴って教師が教室に入ると同時に後原も後方のドアから入って着席する。その際彼が顔を真っ青にして体を微かに震えさせているのを、クラスメイトたちは不審に思った。


 (後原君、何かにすごく怯えている……どうしたんだ?それと、シュート君は……何事も無いように見えるけど、昼休みはどうだったんだろう?)


 昼休みに委員会の用事があった紅実はシュートの動向について一切知らない。昼休みに彼女も屋上へ訪れていたのだが、扉が固く閉ざされていたのを理由に、早々に諦めて教室に戻っていた。


 「ん?中里君は欠席か。体調不良で保健室にでもいるのかな」


 中里の席が空いているのを見た教師はそう判断して欠席扱いにする。同時に後原から大量の汗が流れ、シュートは面白そうに笑うのだった。


 (……?昼休みにいったい何が………)


 二人の様子を見た紅実はますます疑問に思うのだった。



 それから午後の授業が全て終わり、帰りのホームルームが始まった頃、2のAに衝撃の事態が訪れる。


 「え……?中里君?」


 クラス担任の青野が連絡事項を告げようとしたところに、後ろのスライドドアから後原に連れられた中里が入ってきた。クラスメイトたちが衝撃を受けた理由は単純、中里の姿がとんでもないことになっていたからである。顔だけは無事であるものの、首から下のあちこちに包帯が巻かれており、どう見ても重傷患者である。

 さらに何故か違うクラスであり中里と同じ不良グループとして知られている谷本と大東も同じ状態で教室に入ってきたのだ。


 「おい、中里の体、どうして包帯だらけなんだ?」「知らないよそんなの」「ていうか何で谷本と大東も来てるんだ?」「後原以外の全員が包帯巻いてるぞ?」「え?喧嘩してたの?」「何がどうなってるんだ?」


 クラスメイトたちは困惑の言葉を口々に出して戸惑っている。中里たちは無言のまま、そして怯えた様子で教室に入って後ろで佇んでいる。


 「な、中里君!いったいどうしたんだ!?それに谷本と大東がどうして入ってくるんだ?まだホームルームが終わって―――」


 ガタンッ


 青野が中里たちにいくつか問いかけようとしたその時、シュートが言葉を遮るようにして席を立ち、後原の方に目を向ける。


 「ちゃんと三人を連れて来たな。もし言いつけを破ってたら手足のどれか一本を千切ってやるとこだった」

 「……っ!ひ、ぃい……っ」


 シュートが笑いながらそう言うと後原はビクビクして震えだす。その異様なやり取りを見たクラスメイトたちはシュートが関係していることを知る。


 「し、シュート君?中里君たちをどうし――」


 紅実がシュートに問いかけようとしたその時、教卓にいる青野が苛立たしげに呼び掛ける。


 「三ツ木!中里君たちの大怪我について何か知ってるようだが、いったい何をしたんだ!?」


 青野はシュートが問題を起こしたと決めつけ、彼が全て悪いことにして職員会議に持ち出そうと決めている。シュートが何を言おうが彼が十割悪いということに済ませようとしている、いつものように。

 さらに今朝のシュートの自分への態度のことも許せないでいた。

 またいつものように中里たちが自分を暴行したんだ、と必死に弁解しようとするシュートを想像してどう言い潰してやろうか、と彼の言葉を待つ青野を、


 「 黙ってろよ クソ担任 」


 ―――――


 「「「「「~~~っっ!?!?」」」」」


 シュートはただのひと睨みと一言で黙らせ、青野含む全員をスキル「威嚇」でねじ伏せる。シュートの豹変に誰もが驚愕し、気圧されて身動きがとれなくなった。


 「………!し、シュート君……!?」


 皆と同じ縛り付けられたかのような感覚に襲われている紅実は困惑と恐怖が混じった目でシュートを凝視するが、当の本人は気にも留めていない。


 「このホームルームは今から、俺が取り仕切る。題材は…俺が今まで受けてきた虐めに対する復讐、ってことで」


 復讐という言葉を耳にした中里グループはビクリとさせて顔を恐怖で引きつらせる。


 「ね、ねぇ!さっきから何なの!?これ全部三ツ木の仕業なわけ?気持ち悪いからさっさと止めてほしいんだけど!」


 困惑や不安が飛び交う中、板倉ねねがそれらの感情を不快感に対する怒りで押さえながら、シュートに向かって叫ぶ。彼女の中ではシュートは今も格下の存在であり、自分が彼を貶めてやったとマウントを取り続けている。彼が妙なことをしているのは不気味だが自分が一喝すれば止めさせられるだろうと思い込んでいた。今までもこれからも自分が学校の中心的存在にある、と思っている故の傲慢な態度の表示である。

 そんな板倉に対しシュートは一瞥をくれるだけで、彼女を無視すると教室のスライドドアに土の魔術による土砂を積もらせて、教室を密室状態にする。突然の土砂の出現、それもシュートがそれを実行したことに全員さらなる衝撃を受ける。板倉もシュートへかける次の罵声を出すのも忘れて唖然としている。


 (どうなってるんだ!?シュート君の手から土砂がたくさん出てきたように見えたけど……っ)


 紅実たちは自分の目を疑わずにはいられなかった。2のAの生徒たちと担任教師は今、非日常の出来事の中にいるのだと自覚する。


 「これでよし。途中退出するのは絶対に許さない。全員、ここにいてもらう。連帯責任だ」


 ドアの封鎖を終えて自分の席へ戻るシュートに、今度は紅実が声をかける。


 「シュート君、色んな事が起き過ぎてどこから尋ねたらいいのか分からないけど、まずはこれだけ聞かせてほしい。教室を封鎖してみんなを閉じ込めて、君はいったい……何をするつもりなんだ?」


 冷や汗を流しながら尋ねてくる紅実の方を見るシュートは、ニヤァと笑う。その顔は今朝の休み時間に見せた時と同じ、口を三日月のような形に歪めて、悪だくみをしているようなもので、


 「 復讐の 続きだよ 」


 と楽しさを爆発させたようなテンションで答えるのだった。


 「ふ、復讐……?」

 「そう。委員長も他のクラスメイト連中も、そこのクソ担任もとっくに知ってると思うけど、俺は今までそこにいる最低でくそったれの不良グループ中里たちに虐められてた。学校の人がいないところでいつも、集団で俺を蹴ったり殴ったりして甚振ってた。先生たちに虐めがバレないよう顔だけは狙わず、目立たない腹とか背中とか脚とか、制服で隠れてるとこしか傷つけないんだ。最低な上に頭もよく回るんだぜ、こいつらは」


 中里たちを指差しながらシュートはこれまでの虐めのことを全員に聞こえるように説明していく。


 「やっぱり、君は今までそんな酷い虐めを受けていたんだな……中里君たちから」

 「そう。そのことをそこのクソ担任や生活指導の先生なんかに何度も通報しても、だーれも虐め事件として取り扱ってくれなかった。どうしてだと思う?

 単純な話、汚い大人たちは自分に責任が回るのが嫌だから、保身が大事だからって虐めのことを大事にするのを避けたんだよ……!この学校自体が、俺があいつらに虐められてることなんか無かったことにしようとしてるんだよ!」


 次第に感情的になって怒りがこもった声で告げるシュートに、紅実は手で口を覆う。虐められてることは薄々気付いてはいたがここまで酷いことになってるとは思いもしなかったのだ。一方の青野は自分のことを言われて肩身を狭くさせている。同時にシュートをどう言い負かせ、クラスの生徒たちをどう説き伏せてやろうかと言葉を考えてもいた。


 「俺は確信したんだ。この学校に任せてはダメだ。中里たちへの然るべき処罰を待ってるだけじゃ俺は報われない。だったら俺がこの手で直接、あいつらに然るべき罰を下すべきだ。そもそも自分が散々酷い目に遭わせられてきたんだから、その仕返しは自分自身でするべきだろ?

 だからまずは今日の昼休みに早速、虐めの主犯の中里たちに少しだけ、今までのことへの復讐を実行した!」


 紅実や他のクラスメイトたちは中里たちに目を向ける。三人とも包帯だらけで痛々しい様相である。これらを全て、あの三ツ木柊人がやったのか、と全員改めて衝撃を受けるのだった。


 「な……私は確かに聞いたぞ!?三ツ木、お前は今自分の口からはっきりと、中里君たちに暴力行為を行ったと言った!その件と、先程からの教師に対する態度と言動、この騒ぎを起こした事全てこの後校長に報告を―――」


 この状況で尚もシュートの問題行動を指摘して彼を停学もしくは退学処分にかけようとする青野。そんな男の言動にシュートは苛立ちに満ちた目を向けて、


 「 お前はもう黙ってろ 汚くて最低の大人野郎 」


 ゴオォ―――ッッ 「ぐは、、ぁ……」


 青野に向けて風の魔術による空気弾を飛ばして、青野を黒板に貼り付けるかのようにそこへ叩きつけた。青野は何が起きたのか分からず、見えない力に対する恐怖でパニックを起こす。

 空気弾の風圧で教室中が少々散らかる。クラスメイトたちが使っている机や椅子は乱雑に倒れており、ノートや教科書、文房具も床に散乱していた。


 「せ、先生が今、吹っ飛ばされてなかったか!?」「でも三ツ木は離れたところにいるぞ!?」「え、何?超能力!?」


 土砂の出現に続く常軌を逸する現象に教室内は再びパニックに陥ろうとしている。


 「ほんっっと、お前は自分のことしか考えられない汚い大人の模範野郎だよな?大企業の偉い会長の息子を庇うことで自分の地位を守ろうとする。何の地位も無い俺を排除することで解決しようとしやがって……」

 

 ギロリと、殺意がこもった目で、








 「  ぶち殺すよお前  」







 その一言と同時に再びスキル「威嚇」が発動。怒りがトリガーとなって発動されたそれは前よりも強力なもので、教室にいる全員がその威圧感に押しつぶされて、誰一人声を発することすら封じられる。


 (―――――)


 紅実も息を詰まらせて床にへたり込んでしまう。冷や汗を流して半泣きになった目でシュートを見つめる。彼女が知っている彼はもういなくなってしまった、と思うのだった。

 「威嚇」を解除して深呼吸するシュート。押しつぶされそうなプレッシャーから解放されたクラス全員のほとんどが床に座るように倒れていく。

 昼休みに散々甚振られた中里・谷本・大西は、教室の中心で床にへたり込んでいる。昼休みのことを思い出した彼らは目と鼻から体液を流し、恐怖で全身を震わせている。中里の同じカースト上位のクラスの男子も数人、同じようにへたり込んで怯えている。

 中心地にはさらに板倉も同じように床に倒れている。学年一の美少女ともてはやされている彼女の整っていたはずの顔は、豹変したシュートへの恐怖ですっかり歪めてしまっている。先程の強気な態度は完全に引っ込めている。

 そして青野は真っ青な顔を盛大に引きつらせて背中を黒板にへばりつけて震えている。

 2のAの教室の支配権は今、シュートの手に完全に握られている。


 「ふぅ………続きはどこからだっけ」


 この状況をつくりあげた本人のシュートは、教室にいるクラスメイトと担任教師全員にゴミを見るような目を向ける。


 「まぁいいや。じゃあ宣言通り、復讐の続きをしようか」






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