三十三話「昼休みの再現」


 シュートは早速、教室の中心でへたり込んでいる中里の髪を無造作に掴んで立ち上がらせる。


 「い、痛……!?お、おい三ツ木!?あれでもう終わりなはずじゃあ……!?」

 「“屋上では”、だろ?お前への復讐があれで終わりって、誰が言ったよ?」

 「ふ、ふざけんな……あれだけやれば、もう良いだろうがよぉ。俺たちは今までお前をあそこまで痛めつけたことあったか―――い、いだぁ……!?」


 中里の髪を掴む手に力が入る。毛根ごと引き千切られそうなくらいの握力がはたらいている。


 「お前らの暴行の程度とか頻度とかどうでもいいんだよ。復讐って、自分がされたことと同じ分だけしかやり返せないとか聞くけど、俺はそうは思わないんだよね。復讐ってのはさぁ、やられた程度とか関係無く、自分の気が済むまでやり返せば良いって、思ってるんだよね。

 というか、どうしてわざわざお前らの傷を治したと思ってんの?またこうして復讐をする為に決まってんだろ」

 「な……あ!?おいこれ以上はもう止めろよぉ!これ以上俺を痛めつけるってんなら、親父が黙ってねぇぞ!?暴力以外でお前を潰すことだってできるんだぞ……!?」

 「出たよ七光り!お前はそうやって自分の親父の名を出して脅したりもしてたんだよな?

 で、それが何?」

 「は……?」

 「いや“は?”とかじゃなくて。俺はお前に満足いく復讐ができればそれで良いから。後のことなんか今考えなくていいし。そんな安い脅しちっとも効かねぇよ」


 今のシュートは若干、「無敵」の思考に陥っている。後のことは後で考えればいいと本気でそう思っているのだった。


 「な、なぁもう止めてくれよぉ……!金ならいっぱい出すから!先生たちには俺が悪かったってちゃんと言うからさぁ!お前の拳と蹴りはシャレにならないんだよぉ……!」


 父親を使った脅しも全く効かないと悟った中里は必死に許しを乞いはじめる。その目には涙が溜まっており決壊寸前だ。そんな中里の見たことも無い醜態を目にして、クラスメイトたちは皆衝撃を受けている。


 「………あーそうだ。お前らさ、昼休みの時のこと再現してみろよ」

 「………え?さい、げん……?」


 シュートの唐突な提案に中里たちは呆けた顔をする。


 「そ。あの時俺が雑魚だと思ってたお前らはクソムカつく言葉を浴びせながら俺をぶん殴ったじゃん?あれをもう一度ここでやれっつってんだよ。みんなにも俺が今どれくらい強くなったのか見せてあげたいからさ」


 シュートにとっては面白い余興、中里たちにとっては悪魔の提案だった。シュートをまた殴る・蹴るといった暴行が、しかも合意の上で出来るにもかかわらず彼らは全く乗り気にはならなかった。


 「い、いや……俺はそんなこと、したくは……」「俺も、どうせそんなことしたって……」「あ、ああ。結局俺たちが酷いことに……」


 三人の反応を見たシュートはつまらなそうにため息をつく。


 「何だよ今まで散々、嬉々として俺を甚振ってたくせに。ああもしかして、殴ってまた自分の手足が折れるのが嫌ってわけ。

 じゃああの鋼みたいに硬くなるやつ、あれ止めてやるよ。殴っても蹴ってもお前らが怪我することなくなると思うし」


 シュートのさらなる提案を聞いた中里たちは顔を上げて本当か?と確認する。


 「お前らが順に殴ったり蹴ったりして俺を一度でも床に手をつかせでもしたら、見逃してやるよ。だからほら、早く再現しろよ」


 くいくいと挑発するように手招きするシュートに、中里たちは顔を見合わせたのちに嗜虐的な笑みを浮かべ始める。自分たちを襲ったシュートの力は何らかの方法で借りただけのもの。それが無くなれば以前と同じ、存分に嬲れると思い込んでいる。


 「言ったのはそっちだからな……!」

 「さっさとやれよ。余興とはいえ必要なことなんだから」

 

 机に携帯電話を置いてそこから離れたシュートがそう言うと、中里がまず掴みにかかり、シュートの腹に容赦の無い蹴りを入れた。ドゴッと鈍い音がしてそれを聞いた紅実があっと声を上げる。目の前で暴力行為を目にするのを、彼女は何よりも嫌っている。それが仲の良かったクラスメイトがその被害に遭っていたらなおさらだった。

 しかしいつまで経ってもシュートが痛みに屈して倒れる時は訪れなかった。かつて虐めの現場を見たことがあるクラスメイトたちはとっくに倒れているシュートを思い浮かべていたのだが、現実は全く異なる結果となっている。


 (……嘘だろ!?あのふざけた硬さが無くても、ビクともしやがらねぇ!)


 シュートの腹を蹴りつけた中里は心の中でひどく狼狽する。昼休みの時と違って足に激痛が走ることはないものの、シュートの体の素の頑丈さに、足に痺れが走るくらいの反動をくらっていた。


 「そう。最初はそうやって俺にマジの蹴りを入れたんだったな。で、次は何したんだっけ?」


 全員に聞こえるような声で昼休みのことを楽しそうに実況するシュートに、中里は続いて固く握りしめた拳でシュートの顔面を殴りつける。ボゴッと殴打する音が響き、紅実はまたも嫌そうに顔を背ける。

 先程と同じビクともしないシュートに、クラスメイトたちはどうなってるんだ、と戸惑いの反応をする。中里は自分は本気で殴ってるんだぞ、とアピールせんとばかりにそのまま拳を何度も振るおうとする。


 「おい。あの時は一度しか殴らなかっただろ?何余計に増やしてんだよ」

 「………っっ」


 拳を振るう手首を強く掴まれてシュートに凄まれた中里は顔を青くさせて後ずさる。謎の力が無くても今のシュートがあり得ないくらい強くなってることに気付き始める。


 「おい。次はお前らが来るんだろ」


 シュートはニヤニヤしながら谷本と大東に目を向ける。次はお前たちだと暗に言われた二人は中里の様子を見て上手くいかないと分かってビクビクしている。しかしシュートの睨みを見て、やらなければもっと酷い目に遭うと腹を括り、谷本がまずシュートの頬めがけて拳をぶつける。

 飛んでくる拳にシュートは昼休みの時と同じく、頭を振るって自分の額で谷本の拳をぶつけてみせる。谷本の拳はひしゃげることはなかったものの、ドアを指に挟めてしまったかのような痛みに襲われて彼は痛みに呻き出す。

 そして大東がバットでシュートに近づき、その脛部分を殴りつけにかかる。その動作を見た紅実が止めろ!と叫ぶが遅い。ガンッとバットによる殴打の音が響く。誰もがそれに対する激痛を想像して顔をしかめたり目を背けたりしたが、シュートは依然として平然と立ったままでいる。


 (さすがにバットで脛殴られたら痛みがくるなぁ。でも大した痛みじゃない。使い手がチビで非力なクソ雑魚だからだろうな。プロの野球選手に同じことされたら、スキル無しだとさすがにヤバいだろうな)


 シュートはバットを掴んで教室の前ドアにある土砂のところへ投げ捨てると、再び中里に目を向ける。シュートの言いたいことを察した中里は躊躇する。この後の攻撃もどうせ通用しない。やるだけ無駄だと悟っている。


 「早くしろよ。このままだと

 「そ、そんな……!?三ツ木もあの時と同じことする気なのか!?」

 「当たり前じゃん。言ったろ、再現するって」


 シュートの思考を少しは理解した中里は取り出したメリケンサックを落として後ずさる。昼休みで受けた制裁を思い出して足が竦み出す。


 「も、もういいだろ、なぁ!?みんなも分かったはずだろ、三ツ木がどんだけヤバいってことがさぁ!」


 中里がクラスメイトたちを見回して問いかけると全員頷いて応じる。


 「はぁ?それじゃつまんないっつってんだよ。俺が楽しくねーんだよ。いいからそれ拾ってさっさと俺を殴りにこいよ。じゃないと、あの時以上のことしちゃうよ?」

 「う……うああああああ!!」


 シュートの脅しに屈した中里はメリケンサックを嵌めて殴りにかかる。ブンと振るわれたメリケン付きの拳を、シュートは笑いながらそれを掴んで止める。そして握る力を強めてメリケンだけを砕いてみせた。そんな異常な光景の連続に、理解が追いつけなくなったクラスメイトが続出する。

 紅実もあまりにも変わってしまったシュートを見て半ば放心状態となっている。


 「――はいご苦労さん!ここまでがこいつらが昼休みで俺にしてきた暴行の全てだ。実際は他の仲間も数人俺を囲ってリンチしてきたけどな。それにそれ以前の日々なんかもっと酷かったぞ?執拗に腹とか背中を殴るわ蹴るわで、服も土とか泥とかで汚されもしたし。こいつらがしてきたことはこれでも本の一部だからな?」


 教室を見回しながらシュートはそう説明する。そしてニイィと今度は彼が悪辣な笑みを浮かべる。


 「じゃあ今度は俺が再現する番!俺がこいつらにどうしてやったか、お前ら見とけよ」


 そう言って中里にその拳を掴んだまま笑んでみる。


 「ちょ、まっ、待て―――(ゴッッッ)――ぉぼ、えぇ……っ」


 制止の言葉をかける途中で、腹にシュートのつま先蹴りをくらった中里は、後方の土砂へ吹っ飛ばされる。ただの蹴りで身長170㎝台・体重60kg以上ある中里が宙を舞って吹っ飛ぶところを目にしたクラスメイトたちは、その事実を受け入れがたく思うのだった。


 「さ、もう一度お前に復讐してやるよ」

 「や……止めてくれえぇええええええぇ!!」


 シュートの悪魔の発言を聞いた中里は、情けない叫びをクラスメイトたちの前であるにも関わらず上げるのだった。








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