二十一話「シュートの歪んだ誓い」


 このような事態になることなど、誰も予測出来していなかった。サニィにも盗賊たちにも捕らえられた子どもたちにも、そしてシュート本人にも。


 (あ、つい殺しちゃった。異世界でとはいえ、初めて人を殺しちゃった)


 しかしシュートだけは違うことに驚いていた。初めての殺人を彼は犯してしまったのだ。しかしそれでもシュートは大して動揺していなかった。盗賊たちをモンスターと同列で見ていたからである。

 血の泡を吹いて絶命したリーダーを目にした二人の盗賊は完全に浮足立ってしまう。そこにシュートは容赦無く追い討ちにかかった。


 ズバン、ザンッ 「「ぎゃああ!!(ぐぉおああ!?)」」


 同じナイフで二人の脚の腱を切断して動けなくする。続いてその両手をも断ち斬ったのだった。


 「いぎゃああああ……!」

 「いでぇ、いでえよぉおおお!」


 物を掴む手と逃げる足を失った盗賊二人はみっともなく泣き喚き出す。馬車に閉じ込められている子どもたちはシュートの惨い行いを見て完全に引いている。


 「両足と両手をぶった切って…何だっけ?その後何て言ってたっけ……まぁ良いか。このままみんな放置しておこう」


 ナイフに付いた血を払ってから鞘にしまうと、馬車の方に歩く。シュートが近づくのを見た子どもたちは怖がって泣き出してしまう。うるさいなぁと愚痴りながらシュートは檻を炎の魔術で焼き切ったのだった。

 檻が破られて自由になったものの、子どもたちはそこから出ようとはしなかった。シュートが怖いのと傍には犠牲となった男の子の死体があるからである。


 「み、みんなもう大丈夫だから!怖い盗賊はみんなやっつけたから!お家に帰してあげるから!」


 我に返ったサニィが代わりに子どもたちに声をかけて安心させようとする。シュートは後ろへ退いて、子どもたちが落ち着くのを黙って見てるだけに徹するのだった。


 子どもが人質にとられていたのにも関わらず、シュートは何故躊躇うことなく盗賊たちに向かって行ったのか。それは中学校での虐めが、彼を大きく変えてしまったからだ。

 中学校でシュートが虐められても誰も彼を助けようとはしなかった(紅実だけはどうにかしようとしていたが結局何も出来なかった)。誰もがシュートが虐められているのを見て見ぬふりをする。中にはそれを面白そうに見てる者、笑う者すらいた。自分たちには関係の無いこと、関わりたくないからと、そうやってシュートに救いの手を差し伸べようとしなかった。

 そのことがシュートの心…精神に甚大な歪み・悪影響を与えてしまった。


 (自分を虐めから…誰も助けてくれなかった、しようとしなかった。見世物として楽しむ奴もいた。そんな世の中だ……っ 人助けなんて馬鹿らしいじゃねーか。

 だったら、進んで誰かを助けるようなことはもうしない。自分と無関係な人間が死にそうになってようが知ったことか。人助けをするメリットなんて全く無いってことが分かった)

 (だから俺は、自分の知らない誰かを進んで助けるようなことは、しない。自分が助けたいって思わない限り、どうでもいい人間なんか助けるかよ。

 自分は傍観者なんかじゃない。あいつらの同類なんかじゃない…)


 故にシュートは、知らない子どもが人質にされようと自分には無関係、であることを決め込んだ。自分から助けようとする気が起きない限り、誰かを助けることを止めた。

 かつて虐められていたクラスメイトの後原健の時と同じ轍を踏むまい、と心に強く誓うのだった。

 その誓いは酷く歪んだものであり、シュートがそれを本当に理解するのはだいぶ先のことになる―――



 「―――。――君。シュート君!」

 「あ………サニィさん」


 サニィの呼びかけに現実へ意識を戻したシュートは、馬車にいた子どもたちがどうなったのか見てみる。彼らは全員泣き止んでるもののまだ落ち着いてはおらず、びくびくしている。


 「もう出発できそうですか?というか、その子たちはどうするんですか?」

 「……できればすぐにこの子たちの村へ帰してあげたかったんだけど、この子たちが言うには村はもう……。

 だからね、この子をトッド村に連れて保護してあげようと思ってるの。その方がこの子たちにとってはまだマシだと思うから」

 「分かりました。その馬車に乗せたまま連れて帰りますか」

 「うん。でもその前に………あの子をここでちゃんと、供養してあげないと。馬車にの中があのままだと、あの子たちがあまりにもかわいそうだから…」


 サニィが目を向けた先の馬車の中には殺された子どもの遺体やその血が残っており、衛星的にも精神的にも悪影響を及ぼすのは明らかだ。


 「あ、確かにそうですね。じゃあ早く済ませましょう」

 「………っ。うん、お願い」


 シュートの何事もなかったかのような様子にサニィは少し言葉を詰まらせる。彼の先程からの態度が普通の人とは違うことに気付き始めていたのだった。淡々と遺体を外に出してそれに炎の魔術を放って焼却供養しているシュートを、サニィは複雑な気持ちで見つめる。


 (人質をとられてもお構いなしに攻撃するなんて……しかも子どもだったのに。かといって盗賊たちの言葉に従っていたら、私はもちろん、シュート君だって命は無かったかもしれなかった。犠牲が一人で済んだのも不幸中の幸いって考えれば、確かにそうだけど……)


 遺体を供養した次は血が飛び散っている馬車の清掃にかかるシュート。子どもたちは彼から距離をかなり置いている。


 (でもやっぱり、シュート君がしたことは正しいとは言えない……。かといってそれを、何も出来なかった私が強く指摘することも出来ないよね………)


 結局サニィはシュートの行いについて何か言うことが出来ずに終わった。シュートたちが馬車に乗ろうとした時、負傷して身動きがとれない盗賊たちが助けを乞うた叫び声を上げる。


 「お、お願いだ!森に放置しないでくれぇ!」

 「夜になったら強いモンスターがここに現れるようになる!そうなったら俺たち殺されちまう!」

 「もう悪さなんてしないから!俺たちも乗せてくれぇ!!」


 前腕部分から先が無い腕を必死に振りながら助けを乞う盗賊たちに、シュートはやはり冷たい目で一瞥するだけだった。


 (助けてやる価値なんて全く無い。それにああいう奴らの“もう悪さはしない”なんて言葉、この世で一番信じちゃダメなやつだろ)


 盗賊たちの言葉に何一つ耳を貸すことなく、シュートは馬車を出発させる。盗賊たちの叫び声は謝罪や命乞いの言葉からやがて怒り恨みの言葉に変わり、それらが完全に聞こえなくなるまでシュートは無視し続けたのだった。


 馬車を動かすのは当然初めてであるシュートは最初のうちは運転に苦労していたが、スキル「乗馬」を体得したことで安定で快適な運転が出来るようになった。


 「あ、あの……!!」


 馬車で進むこと十数分、一人の女の子が意を決してシュートに話しかける。自分に話しかけられたことに気付いたシュートは少し後ろを向く。


 「何?」

 「ど、どうしてケリーを助けてあげられなかったの!?一人で盗賊全員やっつけられるくらいに強かったのに!」


 女の子は目に涙を溜めながらそう問い詰める。シュート無言のまま何も答えない。ケリーとは盗賊のリーダーに殺された男の子だ。


 「お兄さんはどうして、人質にとられたケリーを見ても平気で突っ込んで行ったの!?あんなことしなかったらケリーが、殺されることなんて……」

 「じゃあお前は、あのまま俺が何もしないまま突っ立っていれば良かったっていうのか?俺が殺されることになるかもしれなかったのに」

 「そ、それは……お兄さんが殺されていいわけじゃ、ない……。でもお兄さんなら、強いお兄さんなら何とかできたんじゃないの!?」


 ややヒステリックを起こしながらシュートを糾弾する女の子を、他の子どもたちが慌てて諫めようとする。皆シュートの機嫌を損ねることを恐れている。サニィはシュートと女の子を交互に見てどう言葉をかけて良いのか困っていた。


 「……………」


 シュートは涙目で自分を睨んでいる女の子を見てどう言ってやろうか考える。まだ幼い少女にシュート自身の考えをそのまま伝えてあげても、彼女がそれを理解するとは思えなかった。当然納得もしないだろうな、とも思った。


 「お前が俺と同じくらいの年になったら、俺がどうしてあの子を助けなかったか分かるんじゃないかな。たぶんだけど」

 「………?」


 女の子がシュートの返答の意味が分かるはずもなくさらに問い詰めようとするが、シュートがそれきり無言を貫いた為、彼女は仲間を一人失ったことの悲しみに再び泣いたのだった。


 (どうせ言ったところで誰も分かってくれないだろうな。だから今みたいに聞かれない限り何も言わないようにしておこう)

 


 日が暮れる頃にトッド村に帰還したシュート一行。出迎えにきたテムジが時間を破ったことにご立腹の態度を示したが、馬車にいる子どもたちの事情を知ると怒りをすぐに引っ込めて彼らの保護に尽力するのだった。

 テムジに子どもたちの世話を任せたシュートは家に帰ろうとしたが、さっきの女の子がまた声をかけてきた。


 「あの……ケリーを助けてくれなかったことはまだ許せないけど、私やみんなを助けてくれたことは良かったって思ってるから…。だから、ありがとう…ございました」


 そうして子どもたちはシュートとサニィにありがとうと言ったのだった。






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