十三話「素材は全部僕の物だ」


 村の入り口から粗野な声が上がった。その声を聞いた村長や村民たちはさっきまでの笑顔を引っ込めてしまう。サニィもどこか複雑そうな表情を見せている。村長は急ぎ足で村の入り口へ向かって行き、その後を若い男衆が続いた。


 「さすがにモンスター、じゃないですよね?誰が来たんですか?」

 「………村が雇っている傭兵よ。村の護衛任務として今日からまたこの村に滞在することになってるの」


 サニィはさっきまでの明るさを落としてそう説明する。


 (傭兵か……)


 どんな奴が来たのだろう、とシュートは好奇心から村長たちの後を追うことにした。


 「あ………」


 サニィはそんなシュートを止めようとしたが、やむなしといった様子でついて行った。


 村の入口近くにはガタイの大きい男と中背体型の男がいた。一人は大きな剣を背負った男、もう一人は水晶玉が嵌まった杖を持ったローブ装束の男だ。彼らがトッド村の定期的な用心棒を務めている傭兵である。

 二人の実力は傭兵ギルド内では中の上といったくらいで、シュートがさっき討伐したブラッドウルフの群れでも難無く対処する力はある。

 そんな実力ある二人だが、その素行に難があるとの評価がある故に、依頼人たちは毎回彼らに対して良くない印象を抱くことになる。トッド村の人々も同じく、この傭兵たちには良い感情を抱いていない。


 「今日は朝早くから来たからまだ人は見かけねぇと思ってたが、どいつもこいつも朝から元気そうじゃねーか?夜通し飲みでもしてたのか?」

 「………その割には皆、素面に見えるな。何があった?」

 「そ、それが実は今朝、ブラッドウルフの群れが村を襲ってきてまして……」


 静かな声で問いかけるローブ装束の男に、村長は畏まった態度でさっきまでの経緯を説明する。


 「ブラッドウルフが襲ってきてただぁ?来てたってことは今はもういねぇってことだよな?まさか村のお前らが、モンスターを討伐したってのかよ?」

 「いえ、我ら村民たちにそのような力はありません。昨夜からこの村に滞在していた新しい傭兵一人によって、モンスターの群れは退治されました」

 「………新しい傭兵だと?」


 ローブ装束の男は訝しげに目を細めて村の中を見回す。それから中に入って村のあちこちを見て回る。やがて傭兵二人はブラッドウルフたちの死骸を発見する。


 「こりゃ驚いた。あの狼どもを三匹と犬ども数匹、これをたった一人の傭兵がやったってのか!?」

 「その傭兵はどこにいる?もう村を発ったのか?」

 「それは………」


 村長が素直に話すかどうか返事に窮したところに、


 「そのモンスターの群れは僕が全滅させた」


 とりあえず名乗ってみたシュートだった。


 「あん?お前みたいなガキがやったってのか」

 「……………」


 大きな剣を持つ男は疑いの目でシュートに声をかけ、ローブ装束の男は無言でシュートを見つめている。


 「新しい傭兵と言ったな?俺もこの男も、そのガキなど知らない。ギルドにも登録されていないのも明らかだろう」

 「確かに、見ねぇ面だな?傭兵の真似事をしているただのガキじゃねーのかぁ?」


 二人の傭兵はシュートを完全に侮った様子で見ている。彼らの対面をサニィたちはハラハラした面持ちで見ている。


 「まぁこのガキがモンスターどもを討伐したかどうかはこの際どうでもいいや。それよりも、この村を管轄している傭兵は俺たちだ。だからこのモンスターどもから手に入る素材や“怪鉱石”は、俺たちの懐に入ることになってんだよ」


 大剣を持つ男は自分を指しながら、ブラッドウルフたちの素材の獲得権が自分たちにあると主張した。「怪鉱石」というのはシュートが魔石と呼んでいた鉱石のこと。モンスターの体内のどこかに必ずあるとされている換金用の鉱石だ。モンスターの強さに応じてサイズと価値も大きく変化する。

 一方のシュートは、村の用心棒であるこの傭兵たちが善人ではないと判断した。苦労こそはそれ程しなかったものの自分一人で挙げた成果を、村の管轄だという理由で横取りしようというのだから、面白くないのも当然である。


 「とはいえ、せっかくこれだけの数を討伐したってんなら、取り分の半分くらいは譲ってやるよ。俺たちにしては破格の譲歩だぜ?それでいいよな、カロナ」

 「ふん。好きに決めろ」


 大剣を持つ男は続いてそんな提案をする。話を振られたカロナという傭兵は我関せずといった反応だ。


 (なるほど。サニィさんたちがどうして渋っていたのかが分かった。こんな奴らが用心棒だなんて、嫌に思うよな。ものすごく感じ悪い奴らだし)


 トッド村がこの傭兵二人を雇うのは今日で三度目になる。彼らに良い感情を持たない村民たちがどうして彼らを何度も雇うのか。理由は一つがお金の問題。トッド村はこの世界の村の中ではやや貧しい方にあたる。傭兵を雇う金にも限度があるのだ。

 さらにもう一つの理由が、この二人の傭兵がトッド村をカモにしていることだ。彼らは村の用心棒の依頼金を割安で受けている。その代わりとして村に滞在する間は寝泊まりする家や贅沢な食事の提供はもちろん、若い女をあてがうことを絶対とさせているのだ。

 前回の任務の際に、サニィは傭兵たちの相手をしたことがあり、それ以来彼女も二人に対して忌避感を抱いている。本来傭兵ギルドの決まりでは護衛を理由に性的な奉仕などを要求することは禁止となっているのだが、経済が苦しいこの村を存続させる為には安い依頼金で請け負ってくれる二人の傭兵の要求を呑むしかなかった。


 「ブラッドウルフ三匹か、こりゃ思いがけない小遣いが出来たぜ!この任務が終わった後で、大都会で美味い酒たくさん飲んでやるぜ!」


 既に自分たちの手柄であると言わんばかりにブラッドウルフたちの剥ぎ取りにかかろうとする傭兵たちの前に、シュートが立ち塞がる。


 「このモンスターどもの素材は全部僕の物だ。僕が全部倒したんだから当たりまえだろ?」

 「ああ?何言ってやがる?お前が全部倒しただとぉ?ホラ吹きやがって!」

 「信じがたいな?ギルド内で名前すら知られていない傭兵如きが出来ることではない」

 「さっきも言ったが、仮にそうだったとしてもこの村の管轄じゃない傭兵が、ここでモンスターを討伐したところで、その利益は正式に管轄を持つ俺たちに譲ることになってんだよ!」

 「別に僕は傭兵でもないから、傭兵ギルドとかいうやつの決まりに縛られることもないはずだけど?」

 「傭兵じゃない、だと?」


 二人の傭兵を前に一歩も引かず怯むこともなく、シュートは利益を譲ろうとせず、強く主張する。そんなやりとりを見たサニィたちは顔を青くさせる。このままではシュートが危ない、と皆が思った。


 「ガキがデカい口叩きやがって……!本物の傭兵がどういうものかってのを、教えてやる必要があるみてぇだなぁ?」

 「ふん。殺すのだけは避けろよ」

 「はん!それはあのガキ次第だ…!」


 一触即発の空気。大剣を持つ男はいきり立った様子でその武器を抜剣してシュートを威嚇する。

 それを見たシュートは、現実世界での昨夜に遭遇した不良高校生のことを思い出してしまう。目の前にいる傭兵たちがあの不良たちとカブって見えるシュートにとって、不快感を抱くには十分だった。


 (こいつらは同じだ。現実世界のクズどもと……同じような人間だ!)


 モンスターたちを斬り裂きまくった剣を武器に、シュートは傭兵たちの喧嘩を買って出た。


 「シュート君、戦っちゃダメ!その二人はブラッドウルフの群れだって苦労することなく倒せるくらいに強いから!悔しいと思うけど、モンスターの素材を譲ってあげて……!」


 サニィがシュートに考え直すよう説得を試みる。その直後に大剣の傭兵が剣を構えたままシュートに突進するように駆け出した。


 「今さらごめんなさいを言っても遅ぇよ!痛い目あわさねーとこっちの気が収まんねーんだよ!!」


 怒鳴りながら傭兵は大剣を斜めに振り下ろした。村の誰もが最悪の事態を想像した。


 「最初の狼と同じ、考え無しの突っ込みとか。分かりやす」


 ボガァン 「ぐげべっ!?」


 大剣の一撃をぎりぎりまで引き付けて躱したシュートは、傭兵の顔面に拳一発をぶつけて、ぶっ飛ばした。






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