二話「もしかして、告白されるのか!?」
予鈴が鳴る前に教室へ戻ったシュート。彼を目にしたクラスメイトたちは彼がまた中里たちに虐められたのだろうと察して、「いつものように」見て見ぬふりを通した。中には虐められたであろうシュートを笑う生徒もいた。
(傍観者どもが…!僕を見て笑う奴らも、知らないふり・見てないふりしてる奴らも、中里たちと同じクズだっ)
クラスメイトたちに対して心の中で毒づきながら、シュートは自分の机に向かう。その途中で彼に声をかける生徒がいた。
「おはよう、シュート君…」
声の方にシュートが目を向けると、肩に届くくらいの黒髪を二つ結びにした女子生徒が、どこか遠慮した様子でシュートに挨拶してきた。
彼女は
「その……何かあったのか?もしかしてまた、中里たちに何か……」
男っぽい口調が特徴の紅実は心配そうにシュートに話しかける。しかしそれが却ってシュートを苛つかせた。
「あいつらに何かされたって言えば、花宮はあいつらをどうにかしてくれるのかよ?」
「それは……。………………」
苛立ちを含んだ声に紅実は申し訳なさそうに押し黙ってしまう。シュートは心の中で舌打ちをして自分の席に座った。
「もう僕に話しかけるな。それと、その名で僕を呼ぶのももう止めろ」
「………何もしてあげられなくて、本当にすまない」
「………………」
悔しそうな顔で引き下がっていく紅実を見て、謝るくらいなら何も言うなよ…と、シュートは心の中で彼女に対してもそう毒づいた。
花宮紅実は以前のシュートと同じ、正義感が強い少女である。しかしそんな彼女にも強く出られない相手がいる。それがクラスメイトの中里優太である。
紅実の父親が勤めている会社は、中里の父親が会長として取り仕切っている大企業の傘下にある。彼女の父親は当然、中里の父親に対して頭が上がらない身分である。
たとえ子どもである紅実たちでも揉め事を起こそうものなら、彼女の父親の立場が危うくなる。実際中里が紅実にそう脅しかけていた。故に紅実は中里に対して強く出ることが出来ず、シュートへの虐めを止めることも出来ずにいた。
(どんな事情があろうと僕にとっては関係無いことだ。花宮も他の傍観者どもと同じだ…!)
虐められる前のシュートは紅実とはよく会話をする間柄だった。同じ正義感にあふれる者同士だったことが仲良くなるきっかけとなったのだろう。しかし今となってはシュートが花宮を避けるようになり、二人が以前のように会話することはもう無くなっている。
(先生どもも当てにならない、あいつらもこのクラスと同じ見て見ぬふりをするクズどもだし。はぁ……もう不登校してやろうかな。こんな学校……)
シュートが通っている中学校は私立制であり、偏差値が高く世の知名度も高い学校だ。知名度が高いが故に不祥事が明るみになると学校の名に傷がつき信用度も地に堕ちる。それらを恐れた学校側はたとえ虐めがあってもそれを検挙したりはしないことになっており、大事にしようとはしないことが、この学校の暗黙の了解となっていた。それを容認しているのが校長であると裏掲示板でも噂になっているとか。
優秀な生徒が集うとされているこの私立中学でさえ、人を平気で虐げるような人間や虐めを見て見ぬふりをする生徒や大人たちがたくさんいることに、シュートは失望して絶望もした。この学校でこれなのだから、偏差値がここ以下の学校なんてもっと酷いのだろうなと、シュートはそう考えるようにもなった。
この学校に自分の味方になってくれる人などいないと、シュートはそう決めつけようとしていた。
ならば外の大人たちに頼れば良いのでは……今のシュートの事情を知ればそう思う者も出てくるだろう。しかしシュートはそういうことをしないでいる。
否、正確には出来ないでいる。「自分がこんな虐めに遭っていることが馬鹿みたいで、みっともなくて、惨めに思ってしまう」「なんて恥ずかしいんだ」などといった想いに囚われてしまっている。
虐められて惨めな目に遭わされた事実を他人に話すこと自体が嫌だと思っている。話そうとするだけで精神的苦痛に苛まれてしまう。
故にシュートは虐めのことは家族にすら報告していない。
もっとも、シュートの家族に虐めのことを言ったところでどうにもならないだろうな、とシュートはとっくに諦めている。その理由は後に明らかとなる。
昼休み、昼食は誰もいないところで食べようと決めているシュートは今日も教室から出ようとしていた。そんな彼を呼び止める声が上がった。今朝と同じ紅実かと思ったシュートだったが、「三ツ木君」という呼び方に違うとすぐに判断し、顔を向けると案の定、紅実とは違う女子生徒がシュートに近づいてきた。
「え、と……何の用かな、板倉さん」
シュートは意外そうに女子生徒…
顔が整っておりスタイルも良いねねを前に、シュートは緊張してしまう。彼女が履いているスカートは他の女子と比べて丈が短く、制服からは香水の良い香りが漂ってもいる。
そんなねねにシュートも他の男子生徒たちと同じようにドキドキしてしまう。しかしその一方で、彼女がなぜ自分に話しかけてきたのか全く分からないと、若干警戒をしてもいた。
戸惑っているシュートの気持ちを知らずか、ねねはフレンドリーな調子で彼に近寄りながら話を続ける。
「今日の放課後、教室に残ってて欲しいの。三ツ木君に伝えたいことがあって……」
「伝えたいこと?」
「うん。大事な、ことなの……」
ねねは頬を微かに赤らめてもじもじした態度でそう告げる。そんな予想外の仕草を見せる彼女に、シュートは混乱してしまう。
(どういうこと!?僕と板倉さんに接点なんて全く無いのに。それにあの様子……本当に大事なことなのかも…)
「あの、そういうことだから!放課後よろしくね!」
ねねはそれだけ言い残すと照れた様子のまま友達の方へ早足で去って行った。その一部始終を見ていたクラスメイトたちはどういうことかとシュートとねねを交互に見ていた。紅実もやや焦った様子でシュートをちらちら見ていた。
(こ、これってもしかして、告白されるのか!?)
――いやありえない!と、シュートはすぐにその可能性を否定しようとする。今まで会話したことすら中々なかったというのに、いきなり告白されるというのは浮かれ過ぎだ、絶対別の何かだ…と自分にそう言い聞かせようとする。
では先程のねねのあれこれはいったい何だったのか…と、今度はもやもやしてしまうシュートである。
(~~~っ、何なんだ、いったい………)
―――
――――
―――――
あっという間に午後の授業もHRも終わって、放課後の時間が訪れる。教室の掃除当番ということもあり、シュートは今日の掃除はわざとゆっくりこなしていた。
「………」
時間が経つごとにシュートの鼓動が高鳴っていく。なぜ板倉ねねに放課後呼び出されたのかを疑問に思う一方で、シュートは微かな期待を抱いてもいた。
掃除を終えるて自分の席で待つこと10分、前方のドアがスライドされて、一人の生徒が中へ入ってきた。この時間にシュートを呼び出した板倉ねね本人である。
「――ごめんね、遅くなって」
シュートの目からして、ねねの頬は赤くなっているように見えた。シュートも緊張した面持ちで彼女に話しかける。
「板倉さん、大事な話って?」
「うん、えっとね…その…」
ねねはいじらしい態度で、少し躊躇うような素振りを見せる。
(もしかして、本当に……っ)
緊張と期待から、シュートのぎゅっと握った拳に汗が滲んだ。やがてねねは意を決した様子で口を開く。
「前から三ツ木君のこといいなーって思ってるの。だからね、今日は三ツ木君に告白する為に呼び出しました!」
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