三話「ああそうか、僕は騙されたのか」


 ねねの言葉を聞いた瞬間、シュートの鼓動が少し速くなる。しかしすぐにどうして僕が?といった戸惑いの情が湧いた。


 「僕と板倉さんてあんまり接点が無くて話す機会もなかったけど、どうして僕なんかにこ、告白してくれたの?」

 「確かに、三ツ木君と話すことってあまり無かったよね、同じクラスなのに……。でもね、三ツ木君のこと前から気になってたの!話しかける勇気が無くて、今まで話せなかったけど…」


 あははと小さく笑うねね。シュートはさらにネガティブな言葉を発してしまう。


 「そうだったんだ。でも……板倉さんも分かってると思うけど、僕ってクラスで虐められてるような奴なんだよ?そんな僕と板倉さんが釣り合うなんて………」

 「釣り合うとかそんなこと私は気にしないで良いと思うよ!私は本当は中里君たちが三ツ木君を虐めるのを止めたいって思ってたんだけど、一人じゃ怖いし……それで今まで何も出来なくて……。

 というか、よりによって三ツ木君が虐めに遭ってるなんて、ひどい、ひど過ぎるよ…!」


 そんなねねの思いもよらない告白に、シュートは驚きのあまり目を見開いた。クラスだけでなく学校中の人気者の板倉ねねが、自分が虐められていることに心を痛めて、それを止めたがっていたなんて、想像もつかなかった。

 この学校に味方なんていない。虐められるようになってからずっとそう思い込んでいたシュートだったが、ねねの告白によって希望の光が見えようとしていた。


 「――やっぱり虐めは良くないと思うの!三ツ木君は自分で先生に報告してたんだよね?中里君たちに虐められてるって。でも…誰もそのことを信じてもらえてなかったんだよね?

 だったら、これからは私も三ツ木君と一緒に先生に直談判するよ!自分で言うのもなんだけど、私って学校ではけっこう有名だから、誰か一人くらいは私たちの言うことを信じてもらえると思うの」

 「……………!」

 「今までちゃんと力になれてあげられなくてごめんね?ずっと辛かったよね…っ

 これからは私も三ツ木君の虐めを何とかしてみせるから!

 だからね、まずは友達関係からでも良いから、私と付き合ってほしいです!!」


 謝罪の言葉と優しい言葉による声掛けによって、シュートのささくれ立っていた心に潤いが注入される。 

 さらにはねねの期待するような上目遣いによる交際の申し出によって、心が大きくときめいてもいた。


 (――ああ……。この学校には、まだ救いがあったんだな。まさかあの板倉さんが僕のことをこんなにも気にかけてくれてたなんて……)


 シュートはねねに対して疑いの心を向けることをもう止めようと決意した。ここまで言ってもらって彼女を疑うなんてあり得ないだろうと。そしてそんなねねに対して好意を抱き始めてもいた。

 シュートにとってねねからの告白は、天の神による恵みも同然だった。しかしながら自分はクラスで虐められている底辺。対する板倉ねねはクラス・学校中の人気生徒。二人が釣り合わないことは、シュート自身分かっていることだった。

 それでもねねの方から付き合って欲しいと言ってくれたのだ、この好機を逃してはいけない、とシュートは強く思った。

 こんなにも自分のことを心配して何とかしようと考えてくれている人がいたことにに、シュートは感極まり、そしてもう迷うこともなく――


 「――こちらこそ、是非よろこんで!!」


 ――嬉々とした声で、ねねとの交際を受け入れると返事したのだった。

 これで虐めを無くせるかもしれない、中里たちに一矢報いることができるかもしれない、学校が楽しくなりそうだ、とシュートの心が晴れようとしていた。


 期待していた返事をもらったことで嬉しそうに笑うねねの方へ歩み寄った―――その時だった。



 パシャ……ッ 「………え?」



 少し離れたところからシャッター音がしてシュートは歩を止める。音がした方に目を向けると、いつの間にか一人の女子生徒が携帯電話をシュートたちの方を向けて立っていた。



 「 ばっかみたい……! 」



 次にシュートが聞いたのは、侮蔑に満ちた声だった。

 

 「板倉さん………?」


 シュートは戸惑いの表情でねねの方に顔を向ける。彼女の表情は唐突に豹変していた。それは嘲笑うかのようなもの。実際にそんな表情をしていた。


 「あんな告白を本気にしてたんだ?馬鹿すぎるでしょ、ほんとに気持ち悪いんだけど」


 ねねの口から出てくる辛辣な言葉に、シュートは呆然と立ち尽くしていた。さっきまでの彼女とはまるで別人かのようで、困惑していた。加えて携帯電話で撮影していたと思われる女子生徒を見て、シュートは嫌な予感にかられる。

 その予感が的中したかのようなタイミングで、数人の生徒が教室に入ってきた。知らない生徒たちではない、シュートを虐めているクラスメイトたちだ。その全員がシュートに向かって下卑た笑みを浮かべている。


 「ぼや~~っとしちゃってどうしたんだよ?まさか、告白本気にしたのかよ?」


 中里が侮蔑を込めてそう言ってくる。

  

 「クラスの底辺のお前が、どうして告白されると思ったんだよ?」


 谷本と大東も同調して悪意含んだ顔でシュートに罵声を浴びせてくる。シュートはどういうことなのかようやく理解出来た。


 「ああそうか、僕は騙されたのか」

 「あははは!そうよ、嘘告ってやつ?あんたはまんまと私の嘘告に引っかかったってわけー!」


 板倉は悪意に満ちた笑みでそう言った。嘘の告白……それを行って、了承した相手を笑い物にする行為だ。今のシュートを嘲笑う今の状況がまさにそうだった。


 「あんたみたいな虐められっ子の底辺男に、ガチの告白なんてするわけないじゃん!」 


 彼女は見下し、ゴミを見るかのような目でシュートを罵った。


 「……………結局、こうなるのか。僕が、こんな理不尽な目に………」


 シュートの心はささくれ立ち、冷え切っていた。掴みかけていた光が消えてしまったような感覚。騙され裏切られたことへの絶望。


 「昼休みのお前はマジでウケたぜ!ねねの演技にまんまと騙されてたもんな。つーかねねは俺と付き合うことになるっての」 

 「えー?あんたとも付き合う気なんて無いんだけど?」 

 「っはー俺までフラれたってか?」


 未だ呆然としているシュートを無視してそんな雑談を始める中里たち。しばらくして再びシュートへの罵声がかけられる。板倉と付き合えると思って期待したことをただ嗤うものだった。


 「んで、こいつがねねに近寄ろうとしたところ撮れてるんだっけ?」

 「良い感じに撮れてるってよ」

 「これで三ツ木が板倉にストーカーしてたってことがホントって広まりそうだな」

 「……なんだって?」


 大東の言葉にシュートは聞き返さずにはいられなかった。


 「あんたにストーカーされてて、それで今日人がいない教室に呼び出されて、付き合えって脅されたってことにするのよ!明日が楽しみねー!」

 「何……言ってんだよ。そんな無茶苦茶なこと……!」

 「お前の言葉と学校の人気者のねねの言葉、みんなはどっちを信じると思う?俺の時と同じだよばーか!」


 中里は中指を突き立てて罵声を浴びせて笑う。つられて板倉たちも侮蔑がこもった笑い声を上げるのだった。

 悪意……この教室には純然たる悪意しか無かった。人の気持ちを食い物にして、自分たちが面白ければそれで良いとする人間しか、シュートの前にはいなかった。


 「何なんだよお前らは…僕ばっかり貶めやがって……!板倉までどうして僕を………」

 「ちょっと何急に呼び捨てにしてんのよ、キモいんだけど。別にー、中里たちに誘われて、面白そうだったから協力しただけだし。

 あと、あんたみたいな虫けらが同じ学校にいることが不快なのよねー」

 「そんな、ふざけた理由で、人の気持ちを弄びやがったのか…!?」


 シュートは次第に怒りを表情に出して、板倉を睨みつけた。


 「ち、ちょっと、何私にキレてんの?」

 「おい三ツ木てめぇ、ねねちゃんにガン飛ばしてんじゃねーぞ」


 ドカッ 「っ……!」


 逆切れした谷本に突き飛ばされて机を巻き込んで床に倒れるシュート。そんな彼を中里たちは見下して嗤うと教室から出て行くのだった。






 翌日、板倉による嘘告の出来事を中里たちだけの秘密にするはずもなく、クラスメイトたちにその出来事は知れ渡ったのだった。

 嘘告で騙されただけの内容ならまだ傷は浅かった。あろうことかシュートが板倉を以前からストーカーしていて、昨日人気の無いところに呼び出してシュートが脅しを含んだ告白をしたということになっていた。

 そんなシュートから中里たちが板倉を助けた……という作り話が教室に広まっていた。完全にシュートが悪者扱いである。クラスの中心的存在である中里と板倉が揃ってそのことを言い広めたことで、クラスメイトたちはすっかり信じてしまい、シュートを悪者として見るようになり、陰口があちこちで上がったり無視したりなどがしょっちゅうとなった。


 (やってられるかよ……っ)


 これ以上教室にいたくないと思ったシュートは、仮病で早退することにした。


 「お、おいシュートく……三ツ木君!まだ授業があるのだぞ、帰るつもりなのか?」


 午前の授業が終わったタイミングで通学鞄を持って後ろの教室ドアへ行こうとしたところで紅実に呼び止められる。


 「………気分がすごく悪いんだよ。一秒でもここから出て行かないと体調が悪化するくらいに、深刻なんだよ」


 体調が悪い素振りなど少しも見せないシュートに、紅実は昨日と同じ気まずそうに問いかける。


 「もしかして……今朝から立っている噂のことを、気にしているのか?君が……」

 「お前も、僕がストーカー野郎か何かだって思ってるんだろどうせ!あんなデタラメを、お前もどうせ……!」

 「ち、違う!私は君がそんなことをするような人じゃないってことくらい―――」

 「こんな学校もう辞めて、普通の学校に転校してやるよ!!」


 紅実に八つ当たりするように怒鳴りつけると、シュートはドアを乱暴にスライドさせて教室を出て、早退するのだった。


 「シュート、君………」


 紅実はシュートを追うことは出来ず、彼の名を悲しげに呟くことしか出来ずにいた。

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