第一部

一話「世の中の人間はクズばかりだ」


 世の中の人間はクズばかりだ―――


 三ツ木柊人みつきしゅうとという姓名の中学二年生の少年は、齢13にして世の中の人間の大半はそうであると決めつけた。無論、彼にそんな考えに至らせた理由はある。

 端的に言うと、三ツ木柊人…通称「シュート」(知り合いやクラスメイトからはそう呼ばれている。以降、シュートと記載)は、学校で虐められている。その虐めを誰もが見て見ぬふりをしている。シュートにとってはそれだけで世の中の人間が皆クズであると思うに足り得る事情だった。



 「おらぁ、シュートッ!なんてな!」

 ドガッ! 「っうあ……!」


 校舎の人気のない場所にて、シュートは腹に一人の男子生徒の蹴りをくらって地面にうずくまる。

 シュートを蹴りつけた男子生徒は中里優太なかざとゆうた。地毛が金髪でシュッとした体型の高身長だ。彼はシュートと同じクラスであり、そのクラスカーストのトップに位置している。成績が良く運動もサッカー部に所属していることもあって優れている。学校の先生たちからの信頼も厚く、まさに優等生と呼ぶに相応しい生徒と言える。

 しかしそんな優等生としての振る舞いは飾りであり、彼の本性はこうして弱い者・気に入らない者を甚振るのを好むといった性格だった。裏は不良グループのリーダーとして生徒たちに知られている。しかし先生など大人たちはそんなことは知らない。中里は大人たちには優等生の面しか見せていない。

 さらに中里の親は大企業の会長である。学校の先生たちはそれを理由に彼を贔屓している。それ故に中里優太はいわゆる七光り息子としても知られていた。


 「あー、お前をこうやって痛めつけることって飽きねーなぁ?何でだろうな?何でだと思う、三ツ木?」

 「………知る、かよ。そんな、こと―――(ドカッ)――ぐぁ…!」

 

 蹴り転がされて苦痛に呻くシュート。そんな彼を中里とその仲間たちは面白そうに笑っている。


 「ああそうだ、お前が気に入らないからだ。気に入らないお前をこうやって甚振るのが最高に気分良いから、飽きないのかもな!」


 中里はそう言って面白そうに笑う。仲間たちもつられて笑い出す。


 「じゃあ次、俺が殴っていいか?」

 「その次俺な」

 「お前ら分かってると思うけど、顔には何もするなよ?先生どもにバレたらめんどくせーことになるからよ」


 中里の命令に二人の男子生徒は軽い返事をして、順番にシュートを殴りつけた。

 先に殴っている坊主頭の生徒は谷本一純たにもとかずすみ。野球部に所属しているが中里と同じ不良グループにも属している。中里とは友人関係にあるが、その実は中里の金目当てに近づいているだけだった。

 谷本の後ろにいる同じく坊主頭で低身長の生徒は大東大介おおひがしだいすけ。谷本と同じ野球部であり、その腰巾着のような存在だ。谷本を笠に着てクラスで大きな態度でいる。

 二人ともシュートと中里と同じクラスであり、クラスカースト上位に位置している。


 「おい健ー。お前もこいつボコれよ。その為に俺たちと一緒に来たんじゃねーのか?」

 「え…お、おう!じゃあ遠慮なく」


 ボカッ 「づ、う……!」


 シュートの背中に容赦の無い拳が入る。


 「あっははは!お前も最近は遠慮しなくなったよな?最初はやらされてる感があったのによぉ」

 「そ、そうかな?へへへ」


 中里にそう言われてへらへと笑う四人目の男子生徒は後原健ごはらたける。彼もシュートたちと同じクラスだ。


 「……………」


 シュートはどうにか起き上がると後原をギロっとした目で睨みつける。


 「な、なんだよその目は……。黙って殴られてろや!」


 ボゴッ 「………!」


 頬を殴られてまた地面に倒れてしまうシュート。


 「おい馬鹿、顔は止めとけって言ってんだろーが!」

 「あ、ごめん……つい」

 「まぁお前もすっかり乗り気になってくれてるから良いけどよ。顔もそんなに腫れてねーみたいだし」


 シュートに近づいて見下しながら中里はニヤニヤとした目でそう言う。


 「どうだ、ムカつく奴をこうやってみんなでボコるのは面白いだろ?」

 「う、うん。面白いよな」


 ワックスで固めている髪を搔きながら後原はヘラっとした笑みを浮かべる。中里はそれを見て満足そうに笑うと、シュートを再び蹴り転がした。


 「おーし。そろそろ予鈴鳴る頃だろうし、教室へ戻るか。一限目何だったっけ?」


 中里の言葉に三人とも頷いて教室へ戻ろうとする。中里だけが倒れているシュートに悪辣な笑みを向けて話しかける。


 「このこと先生どもにチクるのは勝手だけどな、無駄だからな?おれは大企業の会長の息子なんだ。テメェがいくら被害を訴えたところで、物的証拠がない以上、社会的地位の高いおれの言葉の方が信用される!

 俺の言葉とお前の言葉、教師どもが信じるのは絶対に俺の方だ!何せ俺はあいつらに優等生として見られてるからなぁ!」


 そう言って笑いながら去って行くのだった。しばらくしてからシュートはよろよろと起き上がる。制服についた土やゴミを払って、取れかけていたボタンを留める。


 「………ちくしょう!」


 ガンと校舎の壁を殴りつける。ひりひり痛む拳に構わず再度殴りつける。シュートは惨めな気持ちに苛まれいていた。

 シュートは虐められている。その主な内容は先程のような不良生徒たちによる集団暴行だった。それも顔を傷つけることだけは避けられている。傷つけるのは胴体や脚、腕といった、首から下の部分だけだ。中里がそう指示しているのだ。彼をはじめとした不良生徒たちは狡猾でもあった。

 しかもそのことを先生たちにどれだけ伝えても、シュートの言葉はまともに聞いてすらもらえなかった。シュートは学校で酷い扱いを散々受けている。

 シュートがこんな虐めに遭うようになったのは、彼が一人の男子生徒が中里たちに虐められていたのを助けたからである。虐めを邪魔されて腹を立てた中里は標的をシュートに変えて、今に至る。


 しかも以前虐められていて、シュートがそこから助けた生徒とは、誰であろう先程までシュートを虐めていた後原健だったのだ。後原もかつて中里たちに虐められていた。シュートが標的になったことで虐めから解放された後、彼は中里たちのグループに入り、中里の命令でシュートへの虐めに加担させられた。

 はじめのうちは仕方なしといった様子でシュートを暴行していたが、今となっては中里たちと同じ、後原も面白がって暴行するようになった。以前は黒眼鏡をかけたひ弱な見た目だったが、中里たちの仲間になってからはコンタクトに変えて、服装も校則違反ギリギリなものにしている。クラスカーストも中里たちとつるむようになったことからカースト上位に位置している。


 そんな後原健を虐めから助けたことを、シュートはひどく後悔している。助けたはずのクラスメイトからにまで虐められるようになったのだからそうなるのは当然のことと言える。


 「………!ちくしょう、クソが……!!」


 以前のシュートは正義感にあふれる少年だった。よくないことはよくないと指摘し、ルールを破ることも良しとしない真面目な少年だった。当然虐めも見過ごすべきではないと判断したシュートは、かつて後原を虐めから助けてあげた。

 しかしその結果が今に至る。助けた人間からにも虐げられるという現実。自分がこんな目に遭っても誰も助けてはくれない現実。

 まだ中学生であるシュートがそんな残酷な現実によって心が荒むのは無理もなかった。小学生の頃から抱いていた正義感はすっかり冷めてしまい、やがて正義の意味も改めるようになった。


 「世の中の人間は、クズばっかりだ……!!」


 故にシュートは、世の人間を、世界をそうであると認識するようになった。

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