3. 少女の言葉に癒されて

「キミは誰なの?」

「私はエリシュナ。『無の大賢者』エリシュナよ」


 少女は弱々しくそう語る。

『無の大賢者』……そんな言葉は聞いたことがない。


「……あの、お願い助けて。意識が戻って五十年。あなたがようやく感知できた魔力の持ち主なの」


 五十年なんて何の冗談ですか?

 それにそんなもの知ったことじゃない。

 僕には関係ない。

 この少女も僕のことを騙そうとしているに違いない。

 もう誰も……信じたくない。


「何か悲しいことがあったのね。あなたの魔力から悲しみを感じるもの。私で良ければ話を聞かせてよ」


 話を聞いてくれるだって?

 そう言えば、僕に優しく話しかけてくれる人なんて随分と久しぶりに感じる。

 顔を見られれば、睨まれるか、殴られるか、石を投げつけられていたから。


 どうせこのまま死ぬつもりだったんだ。

 最後の最後に悶々とした気持ちを全て吐き出すのも悪くないかもしれない。


 僕はこれまでの経緯を心の内に秘めた気持ちと共に吐露する。

 エリシュナは時々、うんうんと頷きながら静かに話を聞いてくれていた。


「それはとっても辛かったね。信じていた家族に切り捨てられる悲しい気持ち……すごく分かるよ」


 そう言ってくれる気持ちは嬉しい。

 でもそんな簡単に家族から見捨てられる気持ちが分かるはずがない。

 分かってたまるか。

 エリシュナの返事に僕は少し苛立つ。


「分かるよ。私も同じだから」

「……え?」

「私も信じていた人たちに裏切られたの。あなたのように本当の家族ではないけど、家族と同じくらい大切な人たちに」


 エリシュナも僕と同じ……?

 声からして僕と変わらないか少し歳上くらいだろうに。

 そう言えば彼女の声はずっとしているのに、姿が見当たらない。


「ふふ。やっと私に興味を持ってくれたのね。そのまま奥へ来てくれる?」


 騙されて……いや。

 彼女の、エリシュナの言うことなら信じれる気がする。

 人を信じず悲しませるのは、僕がされて嫌だったことだ。

 それを同じ悲しみを持つ彼女にするなんて、僕はどうかしている。

 信じよう、エリシュナのことを。


 重かった足取りが少し軽くなり、彼女に導かれるまま森の奥へ進む。

 次第に茂みが深くなり、霧が出て、やがて大きな洞窟に辿り着く。

 入り口に扉はなく、そこからは化け物が大きく口を開けているような真っ暗闇が広がっていた。

 危険はなさそうだが、薄気味悪さを感じる。


「私はこの洞窟の中にいるの。本当はあなたの近くに行きたいんだけど、身動きが取れない状態なの」


 一見怪しくも聞こえるが、疑う事はもうしない。

 僕は彼女を信じると決めたのだから。

 勇気を振り絞り、洞窟へと足を踏み入れる。


 洞窟内は薄暗いが、何故かほんのり明るさが保たれている。

 自然に出来た洞窟じゃない。

 これは人工物だ。

 緻密で繊細な術式センスのため、かなり高等な魔術のようだが土の魔術が使われているのは明白だ。

 恐らく、何か隠しておきたいものがある時に生成する『迷宮創造』の魔術に違いない。


 僕はそう予測しながら歩みを進めた。


 そして、たどり着いた先には――


 薄闇色の巨大なクリスタルの中で目を閉じている可憐な美少女がいた。

 金色の装飾が施された白いローブを着ている。

 白銀で前髪の揃った長い髪に、白くて美しい肌。

 まるで精巧に造られた人形のようで、僕は思わず見惚れてしまった。


「やっと……会えたね」

「えっと、エリシュナさん……ですか?」

「えぇ。《魔力感知》でやっとあなたの姿も見えたわ」


《魔力感知》……そんな魔術聞いたことがない。

 だって魔術には必ず属性があるわけだし。


「《魔力感知》は無属性の魔術なんだけど?」


 無属性?!

 炎・氷・雷・地・光の中心属性に加えて、水・草・風のように派生属性は他にも存在する。

 ただ無属性は初耳だ。

 そんな属性は帝国の検査項目にも入っていない。


「そっかぁ。あなたには魔力がある。そして検査項目に無属性がないなら、きっと無属性の適性があるのかもしれないね」


 無属性の適性が……つまり魔術の適性が僕にもある?

 一度完全に閉ざされた夢だったが、まだ立ち上がれるんだろうか。

 もしそうなら知りたい。

 まだ可能性があるなら学びたい。


「あの、エリシュナさん。お願いがあります」

「……うん。聞かせてくれる?」

「僕に無属性魔術を教えてください……お願いします」


 この時はただただ目の前の自分のことに必死で気が回っていなかった。

 本来なら困っているエリシュナの話をまず聞くべきだったのに。

 それでも彼女はにっこりと微笑んだ。


「えぇ、いいわよ。きちんと適性検査をした上で、あなたに合っている魔術を教えてあげるわ」

「ほ、ほんとうですか!?」

「うん。でもまずはこの《結界魔術》から出して欲しいかな。この結界、私が自分の身を守るために仕方なく使ったんだけど、かなり堅牢だから内側から壊せなくて」

「《結界魔術》……それも無属性の?」

「そうだよ。かなり年月は経過してるから、外側から強力な魔力を流し込めば、あとで解除できるかな」



 

 その言葉からエリシュナが想像もつかないほど長期間に渡り、この場に縛り付けられている事実が推測できる。

 五十年前に意識が戻ったという話も冗談ではなかったのだと、今ならはっきりと分かる。

 一体どんなことが起これば、身を守るためにこれほどの《結界魔術》を行使することになるのだろうか。

 すごく気になるが、今は彼女を助け出すことが先決だ。  


「僕に任せてください」

「ふふ。頼もしいわね」


 僕は結界に手を触れ、魔力を流し込む。

 力一杯出し切っても問題無さそうだし、全力で注ぎ込もう。


「ちょっと、最初からそんなに全力だとバテちゃうよ?」


 ——ピシッ。


「え? 今のピシッて……何の音?」


 ——ピシピシッ。

 注ぎ込む魔力量に耐えきれず結界に亀裂が走る。


「嘘……うそうそうそ!? こんな魔力量おかしいよ。あり得ないよ! 賢者……ううん、私以上の魔力量だよ?!」


 ——バキンッ!!!!


 数年かかると言われた結界を、たった数十秒で解いてしまった。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ?!?!」


 頭の中でエリシュナの驚く声が響く中、彼女の身体がふわりと落ちる。

 僕は彼女の身体を優しく受け止めた。

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