第2話「シスター・リーチェの欲望」
その少女の名は、リーチェ。
とある
今回、とある崇高な目的をもって故郷をあとにした。
特技は料理洗濯、家事全般……そして回復魔法。
傷を
「と、いう訳でっ! 全額なんて貰えま、せんっ!」
ドンッ! とリーチェは、テーブルに革袋を置いた。
ここは街道沿いの
怒鳴るように笑う男たちと、歌と踊りと。
真昼間から酒が行き交い、誰もが陽気に騒いでる。
そんな中で、向かいに座る女性からは通りの良い声が響いた。
「なんだよ、金がいるんじゃねえのかよ。いいから貰っとけって」
その声をよく聴けば、気付く者は気付くだろうか?
言葉も乱暴なものだが、不思議と誰の耳もとらえて離さないだろう。
自称女勇者のラスティは、金貨がパンパンに詰まった革袋を押し返した。
だが、リーチェだってハイソウデスカと
「あのね、キミ! あのケルベロスはキミが倒したんでしょ? アタシ、なにもしてないわ!」
「なるほど、そりゃそうだ。それじゃあよぉ、獲物ちゃん」
「リーチェ! アタシにはリーチェっていう立派な名前があるの!」
親からもらった名前じゃないけど。
リーチェは教会の前に捨てられていた赤ん坊だった。それを司祭が拾って、運営する孤児院で育てたのである。
でも、貧しくとも懸命に生きたし、
今ではシスター・リーチェとして孤児院を支える側になっている。
正確には、孤児院で働いていたと過去形で語るべき現状だが。
そんな訳で、むーっ! とリーチェが
そして、予想外な言動で身を正す。
「獲物ちゃん、いや、リーチェ。お前の言うことは一理ある。金が
頭を下げられた。
思わずリーチェは、目が点になる。
なんだか、急にラスティの気配が年相応の少年のものになったのだ。
「ちょちょ、ちょっとぉ! やめてよもう……ほら、顔をあげて! いいから!」
「わかった、謝罪を受け入れてくれるか?」
「はいはい、受け入れます! 受け入れますから!」
「なら、そうだな。この金は半分に分けようぜ。半分だけなら受け取ってもいい
無造作にラスティは、革袋の中身を机の上に出した。
小さな山になる
その額、60,000イェン……これは、リーチェの村なら一カ月は遊んで暮らせる額である。
思わずゴクリと
「じゃ、じゃあ、半分だけ貰うわね! は、半分、だけ」
両手でそっと、金貨の山をざっくり半分ほど手前に寄せる。
この時
しかも、あっさり欲望に負けていた。
「あ、あと、ん……さっきの回復魔法の分、ちょっとだけ色付けてね」
「色を付ける? 金に色があるのか? これは王国の発行する一番の
「そういう意味じゃないの! オマケしろってこと!」
「なるほど、いいぜ? 俺の目に狂いはねえ、立派な回復魔法だったからな」
このラスティと名乗る少年、妙だ。
女装の変態ということはさておき、見聞きした限りでは全く男と気付けない。あまりにも端正な美貌は
だが、それだけではない。
年頃の男児としては、
だから、女装で細身の女勇者になってしまうのである。
さっきなど、戦闘後にへばって立てなくなってしまったのだ
「キミさ、なんでそんなに体力ないの? 凄いパワーとスピードだったじゃない」
「ちょいと訳ありでな。だから、お前みたいな術師を探してたんだ」
「キミの物になんかなりません! まったく……あ、でも、そうね」
金貨の山は、まだそこにある。
そして、この大金を前にしてもラスティは興味がないようだ。
「ま、じゃあ……仮契約ってことでどう? 少し考えるとして、その間の……そ、そうね、滞在費として」
また少し、ラスティの前から金貨をズズズと手前に移動させる。
やはりラスティは、動じた様子がなかった。
「いいぜ、労働には対価が必要だ。それで、考えておいてくれや……俺様のパーティには、どうしても回復の術師が必要なんだ」
「まったく、そういう話ならそういえばいいんだわ。なによ、俺様の物になれなんて」
自分で口にしてみて、恥ずかしくなる。
なんだか
そして、
どこまでも純真なそのまなざしに、リーチェは顔から火が出そうだった。
そうこうしてると、先程注文した料理が運ばれてきた。二人にとっては少し遅い朝食である。そばかす顔のウェイトレスが
慌ててリーチェも、自分の取り分を財布にしまう。
テーブルに香ばしい匂いが満ちて、
「おっ、美味そうじゃねえか。よし、待ってろリーチェ」
「えっ、ちょっとなによ」
「なに、聖職者は刃物が持てねえからな。それでなくても、御婦人にゃあ親切にしてやるもんだぜ」
「……ね、ねえ、ちょっとさ……キミ、気持ち悪いんだけど」
ラスティはナイフとフォークを手に取ると、肉を切って取り分けてくれた。
どうやら不器用な上に不慣れらしく、見てて落ち着かない。
そして、リーチェは妙な違和感を抱く。
かつては教会の力が強く、聖職者の権力は絶対だった。そこでロゼリアル王国は、聖職者たちに刃物の所持と使用を禁じたのである。しかし、危機の
それが
その証拠に、リーチェは毎日台所に立っていたが、刃物の使用をためらったことがなかった。とっくに過去の遺物となった価値観なのである。
「ったく、いつの時代の人間かっての」
「よーしっ! ほらよ、食え!」
「はいはい、ありがとーございますー! ……割り勘でいいわよね?」
「ん? なんだそれは。いいから冷めないうちに食うぞ! いただきます!」
挨拶だけはしっかりしたもので、ラスティは行儀よく食事を始めた。
よく見れば随分と丁寧でマナーがよく、粗野な言動とのギャップがどうにも滑稽だ。しかも、よく見れば自分の皿には少ししか肉を取り分けてないのだ。
リーチェと同世代なら、食べ盛りのわんぱくな年頃の筈だが。
そのことを
不意にすぐ背後で声がした。
「やあやあ、殿下。これはお邪魔虫でしたかねえ」
振り返るとそこには、身なりのみすぼらしい男が立っていた。すりきれたローブは、どうやら魔術師のようである。リーチェたち聖職者の回復魔法とは、別系統の術を使う者たちだ。
髪はボサボサ、
その上、なんだか少し臭う。
年の頃は五十代ほどで、赤ら顔は酒を飲んでいる証だった。
だが、その男を見やってラスティは平然としている。
先ほど彼が言っていた、じいやとはこの男のことだろうか。
「アゼルか。お前の言った通り、回復魔法の使い手を見つけてきたぜ」
「それは
「ああ、俺様の獲物を横取りしようとした
「ははあ、なるほど。えー、でしたら、ええ、ええ。折り入って相談が」
どうやら二人は顔見知りのようだ。
だが、
「殿下、少し軍資金をお貸し頂けないでしょうか」
「おう、金か? いいぞ」
「では、遠慮なく」
「この間の金はどうした。財布ごと預けてあるだろうがよ」
「いえ、それがですね……酒と女で消えかけたので、
駄目だ、早くなんとかしないと。
このアゼルという男、仲間かもしれないがまともな人間じゃない。駄目人間の臭いがプンプンする。もしラスティのパーティに参加するとしても、こんな人間と一緒はいささか遠慮したい。
見かねてリーチェが口を挟もうとした、その時だった。
「たっ、たた、助けてくれーっ! モンスターだーっ!」
突然、酒場の入り口に怪我人が駆け込んできた。
その必死の形相は、もう一度店内の全ての音をかき消して叫ぶ。
モンスターが襲ってきた、と。
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