女勇者は王子様!?
ながやん
第1話「シスター・リーチェの受難」
巨岩の
それでも彼女は、リーチェは震える脚で立っていた。
逃げなかったのは
「こっ、こここ、これが……本物のモンスター!?」
リーチェは
殺気も露わなモンスターに遭遇するなど、初めてであった。
だが、自分から挑んだのだ。
ケルベロスは最近、この街道に出没する危険度Aランクのモンスターである。三つ首の
今、リーチェは理解した。
ちょっと回復魔法が使える程度の子供には、全く歯が立たない強敵なのだ。
「とっ、とととと、とにかく、おおおお落ち着かないと。……スーッ、ハァ――!」
逃げるという選択肢は考えられなかった。
どうしてもまとまった金が必要だ。
それに、まだまだ全然、これっぽっちも絶望を感じない。
身体が
大きく深呼吸して、
そうしてリーチェは、迫る死を前に祈りを
「大いなる我らが父よ、
ケルベロスが絶叫の三重奏で吠え
荒野の一本道で、空気が戦慄に凍った。
同時にリーチェも、カッと目を見開く。
頭を覆うウィンブルの上で、ベールが激しくはためいた。
だが、奥の手を叫ぶ前に突然……高らかに笑い声が響く。
「アーッハッハッハ! フ、フフフ……獲物を見付けたぜぇ!」
振り返ると、逆光の朝日を背にマント姿が立っていた。
まだ若い女、それも同世代の少女に見えた。
突如として現れた少女は、背負った巨大な剣を抜き放つ。そのまま飛び降り、着地して少しよろけたが身構えた。
「よーしっ! 待ってろよ……まずはコイツを始末してやっからよぉ!」
やけに粗野で
それがまた、中性的な
どこか線の細い容姿を裏切る、とても頼もしく
彼女は大剣引き絞るや、身を屈める。
そして、引きずる切っ先で地面を削りながら走り出した。
思わずリーチェは叫んだ。
「ちょ、ちょっと! ねえキミ! アタシより前に出ない――」
「るせぇ、黙ってろ! 獲物は絶対にっ、渡さねえええええええっ!」
思わず止めようとしたが、遅かった。
否、リーチェが遅い訳ではない。
謎の女剣士が速過ぎたのだ。
あっという間に
瞬間、悲鳴が響き渡った。
「キャウン! クゥーン!」
「っしゃあ! やったぜ、ハァ、ハァ……ッグ! もぉいっちょーっ!」
ただの一撃で、巨大なケルベロスの首が一つ飛んだ。
それがまだ、
あっという間に、二つ目の首が切断された。
まるで貴族の
「な、なな……なんてことしてくれるの! アタシの賞金首! お金が!」
「ああ? なに言ってんだ、お前。貴重な獲物を簡単にくれてやるかよ!」
冒険者の中には、
それは昨日までは、神に仕える修道女には無縁の世界だった。
だが、今は目の前、そして今日から日常である。
女剣士はニヤリと、美貌を裏切る笑みを浮かべた。
「いいからそこで見てろっ! ……チィ、こいつ! まだ死なねえか」
左右二つの首を失い、そこから真っ赤な翼が
鮮血をまき散らし、ケルベロスは中央の首だけで怒りに
その口が天地に開かれ、喉奥から
「しぶてぇ野郎だぜ。さっさと逃げりゃいいのによ」
「それ、困るわ! 逃げられたら賞金がもらえないもの!」
「あ? なんだ、金かぁ?」
「そうよ、お金よ!」
「俺様はっ、金はいらねえ! 欲しいのは――」
ガン! と大剣を肩に
ケルベロスが放った業火が、周囲を薙ぎ払うように頭上を通過する。
「オイオイ! なにかと思いやぁ、火ぃ吹きやがったぞ!」
「当たり前でしょ! ケルベロスなんだから!」
「お、そういや聞いたことがあるな! じいやの話通りだぜ」
「もぉ、なんなのキミ!」
「ん? お前……俺様のことを知らないのか?」
地獄の
細腕が嘘のような、物凄い力だ。
そして、そのまま立ち上がった女剣士は片手で剣を振り上げた。
「っし、いくぜトドメェ! 喰らってぇ、寝てろぁぁぁぁぁぁ!」
力任せに、
その時にはもう、リーチェは風をはらんで
女剣士は、リーチェを抱えたままでケルベロスへと突進。
「うそ、信じられない……キミ、いったい」
リーチェは返り血から守られながら、優しく大地へ立たされた。
すぐ間近に、
だが、すぐに違和感を察知し、その正体に気付いた。
女剣士は軽装で、その胸に触れてみれば……酷く薄い上に、硬い。
「えっ……ちょ、ちょっと、キミ! お、男?」
「あぁ? だったらなんだよ、獲物ちゃん」
「ほへ? なにそれ……獲物ちゃん?」
思わず自分を指さし、リーチェは首を
たおやかな金髪を風に遊ばせ、女剣士はニヤリと不敵に笑う。
「俺様の名は、ラスティ! 見ての通りの勇者だ、獲物ちゃん」
「獲物、ちゃん。アタシが」
「おうよ! 危うくあの犬コロに横取りされるとこだったぜ」
彼女が……否、彼が獲物と称していたのが自分だとわかって、リーチェは思わず顔が熱くなった。怒りと
ラスティはそんなリーチェの両肩に、やや骨ばった手を乗せる。
「お前、俺様の物になれ! お前みたいなのを探してたんだよ!」
ド直球の要求だった。
これが、自称女勇者……女装勇者ラスティとの出会いだった。
時は、魔王の軍勢が人類を脅かしていた
リーチェは偶然にも、大賢者が予言した勇者と最悪な出会いを果たすのだった。
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