第16話 オルティシア
ゼオニカを発ち、一旦ペラシック海から離れ北西のジャルマリスに来た。ここもガリオスの直轄地だ。ペラシック海まで続く山脈の麓にあり、ゼオニカほどの規模はなく、田舎扱いされる土地らしい。近村では穀物の生産や馬の繁殖を行っているのでそれらが安く買えた。
交易品の買い付けで手持ちの資金が減ってきたのでジャルマリスの酒場でもタフルで稼いだ。これで次の街まで大丈夫だろう。
次の街までの移動は1日~2日ほどかかる。その間に部隊の賃金の支払いで資金をショートさせるとまずいので、ある程度資金に余裕を持っておきたいところなのだが、ジャルマリスの物価の安さに思わず買いすぎてしまったのだ。
多少兵への支払いが遅れたところでいきなりどうこうということはないが、兵の士気が下がってしまうから賃金未払いは避けたい。
ジャルマリスからさらに西へ向かう。道中、村で盗賊退治の依頼を受けた。複数グループを倒してほしいとのこと。こういう依頼は盗賊を見つけ出さないといけないので偵察能力が活きる。
「ムジョーの旦那、この先に賊が15人いるぜ。やるか?」
「気付かれずにいけそうだな」
「ああ、あいつら、自分が襲われる側だと思っていない」
村が依頼を出すほど盗賊がはびこっている状況では、盗賊たちは慢心していて警戒や逃走という選択肢を持っていないらしい。
十数人規模の盗賊など相手にならない。部下に任せて殲滅させる。
西帝国の都市オルティシアにやってきた。
オルティシアはカルラディア一栄えている都市と言っても過言ではない。ペラシック海沿岸、それもペラシック海から外海への出口――リシア海峡の近くに位置し、交易の一大拠点となっている大都市である。
この地を納めるのはヴァロスという裕福なクランである。ヴァロス家の紋章は天秤を主としたデザインだ。商業によって豊かさを得ることを是としているのだろう。
クランの長アピス・ヴァロスは軍才に秀でたガリオスといち早く同盟を結び、ガリウスを支援した。ガリオスは大衆主義を掲げ、民衆や下級軍人からの支持を基盤とし、裕福な貴族とは対決姿勢を示しているが、実際にガリオスが戦争に勝利し土地の再分配を行ったとしてもヴァロス家がさらに富むのは間違いないと言われている。
「ムジョーよ、なぜ南帝国の地を離れオルティシアに来たのだ? 交易のためか?」
「まあそれもあるが、アセライとは西からも通じているだろう?」
帝国領から対岸のペラシック海の南側沿岸はアセライの勢力地だ。彼の地は広大なナハサ砂漠が広がっているが、大河の流域やペラシック海沿岸は豊かな穀倉地帯となっている。
言ってしまえば、ペラシック海は地球における地中海、アセライは北アフリカのような地勢だ。
ペラシック海の東側では南帝国とアセライの領土が地続きで接している。今もそこを前線として戦っているはずだ。
ペラシック海の西側も外海に通じる海峡部を渡ることで陸上部隊でも容易にアセライを行き来することができるようになっている。
「なるほど、リシア海峡か……。ではそこからアセライの後背を突いて村々を襲撃するのか」
「いや、それはしないつもりだ。砂漠ではアセライの部隊から逃げられないからな」
村を襲撃して略奪するのは戦争の常だが、襲撃には防衛の部隊が差し向けられるものだ。襲撃を開始するとすぐには移動できなくなるし、アセライの砂漠の地では部隊の移動速度が鈍る。アセライの部隊は砂漠に適応しているので移動速度が早く、襲撃を行った場合に防衛部隊から逃げられなくなる危険性が高い。
「ではどうするのだ?」
「狙うのはキャラバンだ」
キャラバン――隊商の往来もリシア海峡では盛んで、アセライの隊商も南帝国以外の勢力との交易のため多く通る。そのアセライの隊商がターゲットだ。
隊商を襲撃したとしても防衛の部隊が差し向けられることはない。隊商は常に移動しているので、敵方はいつどこで襲われたかも把握できないだろう。もちろん、隊商の所属国の部隊が、隊商の襲撃を認識できるほど近くにいれば自国の隊商を守ろうとするだろうが。
大量の交易品を積んだ隊商の襲撃に成功すれば、その荷の収奪でいい稼ぎになるはずだ。
これは南帝国の傭兵としてアセライに対し通商破壊工作を行うということでもある。アセライにとってみれば、かなりのハラスメントとなる行為になるだろう。
こちらとしては戦利品を得られるだけでなく、傭兵としての戦果にもなり、傭兵契約の報酬も増えることになる。
気分は私掠免許を受けた海賊だ。アセライの隊商を狩りまくる。そのために、はるばるここオルティシアまでやって来たのだ。
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