第14話 学者のダシュワル
オニカ村から少し西のオニカ城まで来たところでペラシック海を望むことができた。
次の目的地はペラシック海沿岸の都市ゼオニカだ。西帝国の港町であり皇帝ガリオスの本領である。
ペラシック海に沿って西へ向かうとゼオニカに着くことができた。港湾が整備されていて栄えている。
旅人が集まる酒場へ向かった。ペラシック海を通じ行き来が多いのだろう、浅黒な肌をアセライ人たちが目についた。
一応現在俺は南帝国所属なので、その戦争相手のアセライの人間は敵になるのだが、そうであっても他勢力の街の中ではもめごとはNGだ。
酒場でめぼしい人物がいないか探してみると、医術を専門とするアセライ人がいるということがわかった。
部隊を運営するうえで医術に長けた軍医の存在は重要である。
戦場で倒される者は多い。だが倒されたとしても必ずしも死亡してしまうわけではない。回復可能な負傷で済む場合もある。回復可能かどうかが軍医の腕によって変わるのである。
医術について素人しかいない場合、多少の傷でも化膿させてしまい助からないということも多い。能力の高い軍医がいれば腹に穴が開いていても助けられるかもしれない。軍医によって兵が戦死する可能性が減るということである。
また、負傷者の戦線復帰までの時間も軍医がいれば早くなる。
うちの部隊にも良い軍医が欲しい。というわけで件のアセライ人に接触する。
「話をしたいのだが、いいか」
「見知らぬ者よ。あなたに平穏があらんことを。名を何と言う?」
「私はムジョーという者だ」
「学者のダシュワルと呼ばれている」
「ダシュワル、よければ貴公のことを聞かせてくれないか?」
「ふむ。大抵の男たちは祖先を語るところから始める。私はそんなことはしない。人は自らの行いによって判断されるべきであり、長々と祖先の名前を挙げてもその者の手柄にはならない」
「そうだな。俺もそんなことは関係なしにこの身を立てるつもりだ」
「私は奴隷の息子だった。育ての父は裁判官で、彼の家に私を住まわせてくれた」
この辺りは奴隷制度なんて生き残っていないという話だったが、アセライではまた違うのかもしれない。
「彼は私の出世まで世話をしてくれる人ではなかったが、私は他の息子たちと共に教育され、若くして医学の道を進むことにした。将来医師になれるかもしれないと思っていた。
だが医者でやっていこうと思ったら、よほどの金持ちであるか、大勢の客を連れてきてくれる家とのつながりを持っている必要がある。私にはどちらもなかった。だから都ではなく、船の上で働くようになったのだ」
ほほう、船医なのか。だから港町にいるわけだ。
「学んだ医学を活かす職業としては最高だったのかもしれない。熱病、怪我、化膿……海の男にはたくさんの災難が降り注ぐ。だが船の上の生活に私は耐えられなかった。退屈だし、船長たちは独裁的だ。個人的な空間は皆無で、常に木材のこすれる音と汚水の悪臭が漂っている……」
「ああ、さぞ苦労したことだろう。では船医は辞めて今はフリーということか?」
「失業中かと聞かれれば、一応そういうことになる。なので雇ってくれるというなら……話し合いには喜んで応じるぞ」
船医として稼いだ金は多少あるが次の雇い主を探していたそうだ。
彼は船医としての経験もあり能力の高い医者だ。おそらく在野で探しうる医者として最高レベルの人物である。ぜひ雇いたい。
「うちの傭兵団で雇ってもいいな」
「何かと面倒を見てくれていた人たちがこの街にいる。出発する前にその人たちにお礼がしたい。前金として300デナルもらえるだろうか」
人に対して慈悲深い性格であるようだ。それにしても前金が安い。どうもケチくさそうな性格に感じるが、自分の価値にもケチをつけてしまうのか。こちらとしては安く済むのは都合がいいが。
「よし! さあ、300デナルだ」
きっちり銀貨を勘定してダシュワルに渡す。
「わかった。あとで合流する」
こうして学者のダシュワルが仲間になった。もちろんうちの部隊の軍医を務めてもらう予定だ。こんな優秀な軍医の加えられたのはかなりの幸運だな。
だがまだすぐには軍医の役職に就かせない。もう少し俺が軍医としての仕事を行い、医学スキルを鍛えたいからだ。
医学スキルを25レベルに上げると薬の知識を身に付けられる。そうすると戦闘後に自分で手当てできるようになり、少し回復できるようになる。戦闘で大きく傷ついた場合でもすぐに次の戦いに参加することが可能となって、継戦能力が上がるのだ。
医術の腕を上げるためには負傷者の治療を実践することが一番である。負傷者は随時戦いのたびに出るだろう。
そういうわけでしばらく俺が軍医のまねごとをして、その後ダシュワルに軍医に就いてもらった。
補給官にニアセン、斥候に丘野ネリック、軍医に学者のダシュワルと各担当が揃った。あと、専門職としては、攻城兵器の作製で活躍する技術者が欲しい。まだまだ攻城戦に参加する機会は先だろうから技術者の人材探しは急ぎはしないが。
妹か弟に工学の知識を教育させておくという手もあるな……。
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